到着
10年前に書いた長編の一部を記憶の底からサルベージ
原っぱを超えて、賑やかな2人がやってきた。
「ほおれ!ここじゃここじゃあ!太陽が東から登って西に沈んでおる、太陽を追いかけるように小川が原っぱを渡って、ホレ!」。
おじいさんは、さもホレ見たことかと言いたそうに川沿いの柏ノ木を叩いた。
「川沿いに柏ノ木が立っておる、夢で見たとおりじゃ!」
「けれどおじいさん、あたしは生まれてこのかた、西から日が登る場所など見たことが無いけどねえ。」
「またお前はそんな賢そうな事を言って!」
「この木の節を見てみい!」
おじいさんは木の節をドンと叩いた。
節は外れてゴロンゴロンと中に落ちて行った。
「入口になっとる!夢で見た通りじゃ。」
現れた暗い木の洞は、木の下へ向かって下りになっていた。
「あー、あーおじいさん足元に気をつけて下さいよ」
「だぁいじょうぶじゃ、あ、あぁああぁ」
おじいさんは足を踏み外して、暗い洞の中を落ちて行った。
「おじいさんコロリンすっとんとーん。」
どこからともなく小さな女の子の声がした。
転がり落ちたおじいさんは、水溜まりにボチャンと落ちて止まった。
「あ、危ないぞ~い!」
危ないのはおじいさんだった。
「危ないよ~」
小さな声も重ねて答えた。
「おじいさん、大丈夫かい?怪我してない?」
おばあさんが声をかけると、
「なんて事ないわい、ここは夢で見て知っとるからのう。」
と、洞にこもった声が響いた。
「そしたら、転ぶのも事前に夢で終らせておいて下さいね。」
(ばあさんめムチャを言いよるわ。)
深めの水溜まりで立ち泳ぎをしていると、(デロリンッ)という湿った音と、
「危ないってば~」
という声がして何かネットリしたものが正面からくっついた
「んが!何じゃこりゃ」
そのまま飛ぶように引っ張られた
「だから危ないよーっ。」
小さな声が警告して、おじいさんの目の前には蛙の大口が開いていた。
「なんじゃオンシはぁぁあ。」
しかし、おじいさんは既に蛙の口に引っ掛かった爪楊枝のようになっていた。
「ワシを食たべたら腹を壊すぞい!」
「そりゃ!」
(ぷう~う!)
おじいさんはものすごい臭いオナラを蛙の口に吹き込んだ、
「あー!」
非難するような小さな声がした。
「お家じゅう臭くなるーもう~!」
「ワシを食べようなぞするからじゃ」
「でもこれで蛙が大人しくなるかも…」
「そうじゃろそうじゃろ。」
「してオンシは誰で何処に居るんじゃ?」
「あたしはね、タナゴの人魚のタナコ。少し前の大水の時からこの暗い洞の中に居るよ。今も目の前に居る。」
目を凝らすと、暗い中おじいさんの顔の前に小指ほどの人魚が泳いでいた
「ほほ~う、チビな人魚じゃな」
「チビって言うな!」
「ばあさんや、ばあさんや何か変なのが居るぞい!」
「変じゃない!いいからこの暗い洞から出して!昔はキラキラした小川に居たはずなんだよ。」
「見返りは?」
「なんだよそれ、助けてくれないのかよ」
「お前さんの言う小川には思い当たる節があるが、連れていくのは大変でな」
「すぐそこにどんぐりが浮いてるから、アタシを掬ってつれてって」
「金のドングリとか銀のドングリとか無いんかの?」
「何をぶつぶつ言ってるのさ」
「おじいさーん生きとるかえー?早く洞から出てきておくれー」
「今行くぞーい。」
おじいさんはドングリにチビ人魚を掬うと、洞を出てきた。入口は木の根で階段のようになっている。洞の中から出てくると、外は小川の水が反射してキラキラと明るく眩しかった。洞の天井を光の粒が踊った。
「戻ったぞい!」
「あ、おじいさんどこで見つけたの?そのお酒!」
「んや、これは酒じゃないぞい?」
「ウソばっかり、そんなオシャレなドングリのコップにいれちゃって」
説明が面倒なので、黙って中で泳いでいるチビ人魚を見せた。何故かぐったり具合が悪そうだったが生きていた。
「お水を替えて~」
「アラアラ可愛い人魚だね」
おばあさんは足元の小川から水を入れ換えた。
「あ!あ!この水だよ!アタシが生まれた川の水だ!」
きっと雨の日に洞の中に流されてしまったのだろう。
チビ人魚は嬉しそうだ。
「おばあさんは命の恩人だ!」
「ワシじゃないんかい!」
おじいさんはつまらなそうにしていたが、
「お!そうじゃカエルも紹介しよう。」
急に元気になって洞の中に戻って行った。
「やめてぇカエルはいいよう。」
「オーイかえるー出てこーい」
「出てこないとここからお見舞いするぞ~い」
(ドタドタバチャ)大慌ての音がして、洞の中からドチャ、ペタ、ドチャペタとカエルが顔を出した、
洞いっぱいでプーさんのように嵌まってしまった。
それでも無理に出て来ようと頑張って体をひねったので、仰向けになって洞に嵌まっている。
洞の入口は蛙の仰向けの頭でイッパイイッパイだった。
「おんし、呼ばれたとはいえ頑張りすぎじゃぞい。」
小さい手をジタバタしている。
「ばあさんや、このこは蛙じゃな」
「見ればわかりますよ。あんまり賢くないのもね。」「嵌まってしまったのう」
「おじいさん、アタシはカエルの嵌まった洞に住むのは嫌ですよ。」
「そうじゃな」
「ホレ、戻れカエル」
しかし、嵌まったカエルは戻れない。
「気を付けて、カエルは急に戻れない」
チビ人魚が得意そうに何か言っている。カエルが動けなくなって楽しくて仕方ないようだ。
と、(デロリン)カエルが舌を出して、お婆さんとドングリコップとチビ人魚をまとめてパックンした。
「あ、こりゃ、婆さんは食べるな」
おじいさんは慌ててカエルの口を開いて、お布団に入るように口の中に入った。(ぷーっ)おじいさんのオナラが炸裂した。
「ゲホゲホ、もっと臭くない方法は無いんですか?」「臭いのしか出ないんじゃ」
一緒に出てきたチビ人魚はドングリコップの中でぐったりしていた。
おじいさんは慌ててコップをお婆さんから奪い、小川の水で中をゆすいだら、チビ人魚は気がついた。
「ハッ!…おじいさんは命の恩人だ!」
チビ人魚の言葉に、
「そうじゃろう、そうじゃろう。」
と頷くおじいさん。
満足そうだ。
カエルもお婆さんを吐き出したせいで、何とか抜け出して洞の底に戻っていた。
「お前さんは、今日から子分じゃ、プーさんカエルじゃ、よいな!」
おじいさんは勝ち誇ったように洞の底を指差して宣言した。