そのメイド服は恋をしない
僕、片山重月は急いでいる。最近のマイブームである"教室への一番乗り"だ。誰にも邪魔されず、早起きした後の清々しい気持ちで教室に向かうのは僕の中で一種の競技とも化していた。今日もまたいつもの通学路を走り、廊下を駆け抜けた。
「おはようございまーす!」
誰もいない教室に元気のいい挨拶が響いた。誰とも競っている訳でもないが、勝利の優越感に浸っていた僕は自分の席へと足を運んだ……のだが。
「片山君?何やってんの?」
そう。横島である。教室に誰もいないと思い込んでいたのは僕の方だった。きっと僕よりも早く教室へ滑り込んだに違いない。
「お前こそ何やってんだよ」
「日直だよ。早番しないと準備間に合わないから」
「全然間に合うだろ!今朝の6時だぞ?」
僕は横島に問いかけたが、彼女は生気の抜けたような顔で答えた。
「だって……間に合わなかった時が怖いし。隕石とか落ちてくるかもしれないし」
「酷い心配性じゃん。そもそも隕石なんて早々降ってこないぞ」
「そっか」
僕はやれやれと呆れた表情で横島に言った。
「もし不安なら僕も手伝うよ。2人でやればすぐ終わるし」
「いや別にいい」
「そうか。なんかごめんな」
簡単に一蹴された僕は酷くゲンナリとした。なんだろう。この気持ち。さっきまで圧勝していたのが急に負け犬のように弱気になった感じだ。
「……片山君?」
「な、なんだよ」
「気持ちは嬉しかったよ。でもぶっちゃけキモかった」
「フォローしているのか貶しているのかどっちかにしてくれ」
微妙な空気のまま、横島は前列の席へと戻って行った。それからというもの、僕が教室に一番乗りできる日は来なかった。
春。それは出会いと別れの季節。一学期が始まり周りと積極的に話し回る陽キャもいれば、対照に読書等をして消極的に独りで過ごす陰キャもいる。
もっとも僕はどちらかというと後者の方になるのだが。
「お前らー、授業始めるぞー」
科学の先生の一声で全員席に着いた。何の変哲もないこの教室の風景に一つだけ違和感を覚えていた。それも強大過ぎてツッコミに困るレベルのものだった。
「(横島さん、なんでメイド服着てんの)」
僕と横島の席は机4つ分ぐらい離れている。後ろの席である僕は横島の様子などすぐに観察できる立ち位置にいる。いや、そんな情報など無くても一目見て分かるものだった。
「(横島さん、なんでメイド服着てんの)」
僕は忘れていた。横島がアホの子だという事を。先生も服装を注意しろよと思ったが何故か普通に授業が進んでいる。誰も横島の格好に何も言わないのだ。
「駄目だ。これはすぐに伝えないと」
僕は担任から禁止されている禁断の手段、メモ帳文通を使った。恐ろしく早いスピードでペンを走らせ前の席に渡した。
横島よ。今日のお前何か変じゃないか? by片山
科学の先生はまだ横島の存在に気付いていないはずだ。体操服などに着替えればまだバレないだろう。ヒヤヒヤしたままでいると横島から紙が返ってきた。
制服洗っちゃったから予備の服これしかなかった by横島
「他の服無いんかい!!!」
思わず大声でツッコミを入れてしまった。一斉に周りの視線がこちらへと向かった。まずい。俺が大声を出したせいで横島のメイド服がバレてしまったら彼女は一発職員室行きだろう。終わった。
「……であるからにしてー」
科学の先生は何事も無かったかのように黒板にチョークを向けた。おかしい。いや本当に誰かツッコんでくれよ。学校に制服で来ないのは不良だけにしてくれ。
待てよ?もしかして横島は不良に憧れているのか。あんなフリフリな服を着ている不良なんてまず存在しないが、次第にやさぐれていって最終的には典型的な不良になってしまうのではないか?僕の中で不安が渦巻いた。
「片山君?授業終わったよ」
隣の席の栗原さんが僕を呼び戻した。既に授業は終わっていて、次は移動教室らしい。そういえば横島はどうなった。
「かわいー!その服、どこで買ったの?」
「覚えてない」
「横島!学校にそれ着てくるとか面白れーな!今度俺にも着せてくれよ」
「なんで君が着るの?」
横島はすっかりクラスの人気者になっていた。この高校の風紀は一体どうなっているんだ。やはり横島、無視できない存在である。
僕が悶々としていると横島の方からこちらへ近付いてきた。
「片山君」
「なんだよ」
「さっきは心配してくれたんだよね?」
「そうじゃない。お前が先生に見つかったら面倒な事になると思っただけだ」
僕が上辺だけで答えてると横島は笑った。
「それを心配って言うんだよ~」
「分かったから早く誰かから服借りて着ろ。次移動教室だぞ」
「ツンデレだなぁ」
「誰がツンデレだよ」
横島はまた笑った。後日、科学の先生に何故気付かなかったのか訊ねると、昨日の晩テストの採点をしていて寝不足だったので見えていなかったとの事だった。
尚、僕がその話をしたせいで横島が職員室に呼ばれたのは言うまでもない。