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横島さんは気付かない  作者: スタイリッシュ土下座
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片山、恋するってよ

 僕の名前は片山重月かたやましげつ。周りの生徒から「シゲ」と呼ばれている何の変哲もない男子高校生だ。体格は高身長っぽい猫背で、成績も中の上、スポーツも程々にできる。

 しかし平穏なこの日常の中、僕の中で何かが込み上げていた。今日もまた前列のあの子の後ろ姿を眺めている。


 彼女の名前は横島陽向よこしまひなた。黒髪のポニテが光に反射して美しく、一度撫でると一瞬で解れてしまいそうなサラサラヘアーの女の子だ。

 低身長でスタイルも寸胴、成績もそこまで良くないアホの子だが、交友関係が広く、その笑顔に魅了される男子生徒も多い。気になる。今日も彼女の素性が気になる。


「はーい、授業始めるぞー」


 担任の一声で教室はシンと静かになった。彼女の担当科目は数学。別に得意教科という訳でも無いのだが塾で習った範囲内だ。僕にとってこれといって難しい問題があるという訳でもない。


「じゃあここの答えを横島。答えろ」


 よりにもよって横島が当てられた。まずい。彼女は勉強が苦手だ。この問題は捻りが入れられていて正攻法では解く事が難しい。どうにかして伝えなければならない。


「3xです」


 僕が伝える前に出した横島の答えに教室がザワついた。全然違う。そもそもこの問題、xを使わない。


「横島。ちゃんと私の話聞いてたか?」


「寝てました」


「素直でよろしい」


 担任が頭を抱えると続けた。


「そもそも何で3xなんだ?答えろ」


「昨日のCMで見ました。炭酸飲料の」


 教室が半笑いに包まれた。なんとも言えない地獄のような空気が漂っていた。


「.......もういい。座れ。」


「はい」


 横島さんは座った。彼女は思ったよりネタの守備範囲が広いらしい。そう。PK戦で確実にボールを守る守護神のようである。

 そうだ、横島さんにはサッカーをやらせた方がいいのかもしれない。洞察力も磨かれてきっと素晴らしい選手になるだろう。そうに違いない。


「片山。さっきから煩い。静かにしろ」


「すみません」


 僕とした事が声に出てしまっていたようだ。横島さんに聞こえてなければいいのだが。周りがクスクスと笑った。


 しばらく授業を聞いてると前の方から小さい紙が流れてきた。


「これ。横島さんから」


 嘘だろ、と思いその紙を受け取った。何も話してないどころか顔を合わせた事すらないのに、彼女は僕に何を伝えたいのだろうか。僕は恐る恐るその紙を開いた。


私はゴールキーパーしないよ by横島


 僕は恥ずかしさのあまり顔から火が出た。さっきの独り言を拾われてムッとしたので返信を書くことにした。


横島さんはどちらかというとミッドフィルダーだよね by片山


 僕はそっと紙を前の人に送るように頼んだ。すると数分も経たない内に返信が返ってきた。


受けより攻めの方がすき? by横島


 何言ってんだあの子。思わず仏頂面になった僕の肩を後ろから担任がぐいっと引っ張った。


「以後、授業中の文通禁止」


「はい……」


 その時、授業終了を告げるチャイムが鳴った。結局何一つ横島さんという女の子が掴めぬまま一日終わってしまうのだった。


 次の日の事だった。休憩時間中に横島さんが急に僕の机の前まで来て覗き込んできた。


「あの紙、まだ保管してある?」


「なんすかいきなり」


「回収しに来ました。恥ずかしいから」


 横島さんはもじもじしながら僕に話しかける。このままハイと渡してあげてもいいのだが、何か勿体ない気がした。


「僕にゲームで勝ったら譲ってあげよう」


「私が負けたらどうなるの?」


「掃除当番、代わってもらうよ」


「めんどくさい」


 横島さんは嫌々ながら承諾した。これは彼女の事を知れるチャンスだ。

 今回のゲームは「消しゴム飛ばし」。相手の消しゴムを弾いた衝撃で飛ばすというシンプルながら自分の消しゴムの軌道力、突進力が試される奥深いゲームだ。


「さぁ、始めようか」


「うん」


 片山のターン。僕はいきなり横島さんの消しゴムを一気に机の縁ギリギリまで追い込んだ。


「何……!?」


「今回の勝負、勝たせてもらうよ」


 僕も真剣だった。僕が担当している下駄箱の掃除は埃が舞って嫌いなのだ。だから彼女に任せっぱなしの方が気が楽になる.......のだが。


 次の瞬間、勝敗は決していた。横島さんのターンに弾いた消しゴムは教室の壁へと跳ね返り、その反動て僕の消しゴムを押し出してしまった。


「なんという強さだ。負けたよ。横島さん」


「勝ったから約束。恥ずかしい紙切れ返して」


「はいこれ」


 僕は彼女に昨日の紙切れを差し出した。彼女は心無しか持ち前の笑顔を見せ嬉しそうにしていた。


「ついでに私の分の掃除当番もしてくれる?」


「何でだよ」


「片山君なら任せられるかなと思って」


「どんな理屈だ」


「お願い!」


「わかったよ……やればいいんだろ?」


「ありがとう。優しいね。片山君」


 その言葉に僕はドキッとした。最初に込み上げていた謎の感情の正体がわかった。


「(これって……片想い……ってコト!?)」


 騒々しい教室の中、文通から消しゴムバトルまで完全敗北した片山のピンク色の感情が青い春の空へ浮かぶのだった。

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