一、唐突と再生
どん底から。
それから7年後、明はリストラされた。
彼は彼なりに懸命に働き会社に貢献したという自負があった。が会社はそうは思ってくれなかった。恋愛で言えば性格の不一致、一方が相手の事を思えば一方はそうでもなく、しかし当事者のショックは殊のほかひどく、彼は3ヵ月も立ち直ることができなかった。
会社への恨みつらみ、なぜだという思い、頭の中をいくらかき消そうとしても、次から次に浮かびだすいらない思い。
会社をリストラになってから季節は冬から春へと移り変わった。
心地よい風に吹かれ、桜の花びらが舞うようになっても明の心は晴れない。
そんな彼を見かねた彼女の藤枝心は、献身的に尽くしながらも気を揉んでいた。
ある日の昼時、明の部屋で心は掃除をしていた。
けたたましい音を出しながら、掃除機を豪快に使い、うつろな目で寝そべって 尻をかく、明の耳元で、彼女はわざと容赦なく使用していた。
「ちょっと心ちゃんうるさいよ」
「だったらそこを立ち退きなさい」
「そんな傷心の僕ちゃんに···」
心は掃除機のスイッチを止めた。ブウィーンンと機械の止まる間の抜けた音がする。
腰に両手を当て呆れ顔で彼女は言う。
「いつまでそうなの」
「···何時までって···」
心は明の前に正座をした。
「いい加減にしなさい」
「だってしょうがないだろう」
「しょうがないじゃない!もう立ち直らないと」
「······」
「···じゃないと、私···もう」
明は心に次の言葉を言わせなかった。
唇を唇で塞ぎ、いっときの快楽という逃避行へと···。
彼女はそれを拒否した。
「ごまかされないわよ!」
「分かってる。今日から立ち直るよ」
「···本当?」
「ああ」
「私の目を見て」
明は一瞬、泳いでいた目を心の瞳に合わせた。
「本当よ」
コクリと頷き、明は人差し指で彼女の流れ出る涙を拭った。
開け放したベランダの窓を閉めカーテンを引くと心をベッドに誘った。
「約束よ」
彼女は彼をじっと見つめ念押した。
互いの右手を絡めながらの唇は重なってる。
明は左手で彼女の T シャツを脱がそうとする。心も彼が脱がしやすいように身体を動かした。
ぎこちなくも T シャツは脱げた。
明だけが知っている心の可愛らしい胸。
二人は深く深く快楽を求めあった。
古今東西の習わしにしたがって、危機を回避したのだった。
二人の営みが終わる頃、とっぷりと日が暮れていた。
立ち直り記念に奮発よと言いながら裸エプロンで夕食を作る、心のもろだしをお尻を見ながら明は堂々と宣言した。
「俺ちょっと旅に出る」
「えっなんで?」
「自分を見つめ直したいんだ」
「···ひとりで」
「ああ」
「一人じゃないと見つめ直せない?」
「······」
明はしばし沈思黙考した。
「そんなことはないと思うけど」
「じゃあ、私も行く」
心は振り返る。
ふわりエプロンが浮く。
正面もなかなかエロいなあ明はぼんやり思った。
「でも心ちゃん仕事だろ」
「私は明日からインフルエンザになるわ」
「ええええ〜」
「行くわよ明君、再生の旅!ねっ、いいでしょ」
「···うん」
明は勢いに押されて思わず、そう答えてしまった。
這いあがれ。