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ある事件の最後。

作者: 氷村はるか

過去に書いたショートショート小説に手を加えたものです。

中途半端に感じるかもしれませんが、皆さんに想像しながら読んでいただきたいと強く感じこのようなスタイルになりました。


ほんのちょっとでもいいので世界観に浸ってくださると嬉しいです。


美術館で一番大きな展示コーナーに、たった一つだけとてつもなく大きな絵画が飾られている。

私は自分でも不思議なぐらい落ち着いた気持ちで、絵画の前までゆったりと足を運び立ち止まった。

視界に入りきらないくらいとてつもなく大きな絵画を隅々まで覚えるため、嘗め回すように見ていく。

思考を空にして見ていたいのに視線を動かすたびに邪魔をしてくる。

別に彼女を嫌いな訳ではなかった。彼女に非があった訳でもない。

むしろ愛していた。

なのに。

自らが犯してしまったこと。

彼女を失くしてしまったこと。

色々と込み上げてくる思いが胸を強く締め付け、自然とため息が出る。

コツコツとフロアに響く靴音は背後から近づいてくる。

気のせいだろうか。無機物の音なのにどこか同情めいて聞こえるのはなぜだろう。

「この絵がお好きなのですか。」

彼の中年男性は数々の事件を解決し、世間的に名を知られている人物だ。後ろにいるのはこれまた名の通っている助手だと思われる。

「いえ。」

声を掛けられたことにより、胸の中に溢れていた思いが突然空っぽになってしまった。

「ではなぜここに。」

自然と投げかけられるちょっとした疑問さえも、私から何かを探り取ろうとする問いに聞こえてならない。

彼と初めて接触した時は実に不愉快だった。

仕草、趣味、嗜好、癖など些細なことでも気になるようで、躊躇うことなく質問を投げかけてきていた。こちらの頭がおかしくなるのではないかと思うくらいに。

そんな質問攻めも何度か会っているうちに職業病だと理解することにした。

「彼女が好きだったのです。特に理由はないらしいのですが。」

振り向くと彼はゆっくりと首を縦に振り微笑んだ。

「この絵はすごく有名ですね。少し暗い色合いだが。」

一定の距離を取りながら私と横並びになる位置に来ると、絵をじっと見ながら言う。そんな仕草の中に私のことが気になってならない様子も伺えて、嫌なはずなのに微笑ましく感じ表情が緩くなる。

「きっと彼女も今見ていると思いますよ。」

後方にいた助手が不意に彼の名を呼んだ。

いつの間にか私の周りには人が増え、獲物を狙う動物の様に目をぎらつかせている。

私はもう逃げない。

楽な体勢になろうと体を少し動かした。それだけで近くにいた者に強く腕を引かれ、床に崩れたところを捕らえられる。

「もう彼の心の中は決まっているんだ。乱暴に扱わなくてもいいと思うのだがね。」

彼のその一言で私の体は自由になった。

「そろそろ行きませんか。ずっと見ていたいでしょうが、騒ぎを聞きつけた人が集まって来ました。それに、いくらここにいても彼女は戻ることはありません。」

私は頷くと展示コーナーの出入り口へ歩き出す。思っていたよりも軽い足取りが己の愚かさを笑っている様に思えた。

最後にもう一度見たくて絵画を振り返り見る。

「あの少女は」

「はい? 」

「あの、スポットライトを浴びているかのように描かれている。」

「それが何か? 」

彼は彼のトレードマークでもあるパイプを一吸いし、紫煙を吐き出す。

「もしかしたら彼女は私に、自分はここに存在していると見て欲しかったのかもと。あの少女を見ていると思うのです。」

今まで彼女と過ごした日々が思い出される。

彼女は特別美人でもなければ悪い容姿でもなかった。

仕事のコツを掴むのが上手くて優秀な人間だと周りから過度な期待を抱かれ、一人で何でも出来るだろうと気に掛ける人もいなければ、才を嫉んで嫌がらせをする者もいなかった。思い返してみればいつも一人のところしか目にしていない。

「そうでしょうか。あなたがいたではありませんか。この様な結末になってしまいましたが、あなたと過ごした時間は彼女にとって幸せだったと思いますよ。」

「だと、いいのですが。」

恥ずかしくも人前で涙を流す。

私は本当に愚か者だ。

彼女は私を信頼してくれていたのに。

存在が消えてから何よりも大切だったことに気付くなんて。

見られたくないと俯く私の瞳から、零れ落ちた数滴の涙がタイルの床ではじけた。

「さあ。これからゆっくりとお話をしましょう。」

優しさが含まれた言葉だと思った。

「はい。」

そう返事をした私の声は震えていた。

館内に響く足音は一層冷たく耳に冷え、これから自分の身に起こることへの不安を増幅させる。

「何も不安になることはありませんよ。ただ、罪を償うだけです。」

私を宥めようとしているのか、それとも職業病による洒落なのか、無邪気にそう簡単でもない私の前に用意された困難な道のりを示した。

美術館の外に出ると数台の警察車両が待機していた。

彼は一人の刑事に私を託すと警察車両ではない別の車両へと乗り込んだ。

「それでは向こうで会いましょう。行こうかワトソン君。」

まるで長い間親しくしていた友人と別れるかの様に、にこやかに手を振り去って行った。

再び笑いが込み上げてきてしまう。

「まったく、おちゃめな人だ。」

私の小声を聞いた刑事もにこやかな顔で小さく笑った。

「さ、彼がしびれを切らさないうちに着くようにしましょう。」

刑事に促され、私は素直に警察車両へ乗り込んだ。

こんなにも騒がしい事があったというのに、街はいつも通りに動いていた。



この後どうなるのかは皆様の頭の中で物語を繰り広げてみてください。

感想や評価をいただけると嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。



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