雪どけ~遺されたカセットテープ~
なろうラジオ大賞応募作品です。
「ママ、雪だるま作りたい」
「いいけど、お祖母ちゃんの部屋の片付けがあるの。一緒には無理よ?」
「大丈夫」
空と庭を覆う冷たい白に、はしゃいで飛び出していく背を小さな窓から見送る。
実家の、映画に出てきそうなほど凝った建物は、父が退職金を注ぎ込んだものだ。
古い家ばかりの田舎で、まるでオーパーツのようなサイコロ型のコンクリ。
だが、父がこの家に住んだのはわずか5年だった。
父が亡くなった後、残された母からは不満が噴出した。
『お金の無駄。窓が小さくて密室みたい。ここに一生住むなんて』
私は最初は家を売るよう勧め、母にその気がないと悟ってからは、愚痴の聞き役を務めた。
その密室に母と一緒に住まずに済んだことに、ホッとしながら。
母と私は合わない親子だった。
人生に交差点があるとするなら、母と私のそれは、生んでもらったその1点だけだ。
『母さんの子にできるはずないでしょ』
これが母の口癖だった。望んだことは、全て潰された。
学校でいじめられても 『あなたが悪い』 で済まされた。
親子の関係は常に、母がハットトリックを決める勝者であり、私は打ちのめされる敗者だった。
私はそれほど無価値なのか……
否定され続けたことは、いつまでも私を傷つけた。母に内緒で始めた趣味で、サーファーの夫と出会ってからも。
娘を生んだ後には、さらに。
母にとって私は、鏡に映る影、単なる付属物に過ぎなかった、と気づいたからだ。
親なら誰しも、子が人生をより良く歩むための助手になろうとするだろう。だが母は終生、私を支配し、搾取しようとしただけだった。
私は改めて母を憎み、それを隠したまま最期を看取った ――
時計が、11時を知らせた。
「早く片付けよ」
母の遺品に興味はない。
読書録も料理本も捨てよう。買い置きのお菓子も。
デッキの中のカセットテープも……
何気なく再生ボタンを押すと、母の声が、私の名を呼んだ。
『……ちゃんのお味噌汁、辛いよ。もっと薄くして』
あの人らしい小言の連発。
晩年、字が書けなくなった母が余命宣告された後に録音したものだった。
うるさい、けれど止められない。
視界が、ぼやけていく。
母が亡くなって初めて、私は泣いた。
その夜、母が訪ねてきた。
―― 玄関に佇んだ母は、そこだけ光が差し込んだように明るかった。
「お母さん、最近、きれいになったね」
目が覚めた。
隣で眠る娘に布団をかけながら私は、夢の余韻を噛みしめる。
今朝の空は青。
雪は、少しずつとけはじめていた。