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這い寄る神の異世界転生観察  作者: がくひ
第一章 不可視の巨人
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008 クンマー

 実家を追い出されたタイカは一先ず帝都に向かって馬車の上にいた。幸いに先日知り合った商人のシゲオが帝都へ出発しようとしていた為、相乗りさせて頂いた。


「いやー!ありがとう御座います!まさかこんなに早くまたご一緒できるとは!でもタダで乗せてもらってよかったんですか?」


 商人として金を取れるところで、とらずに良かったのだろうか心配してしまう。


「いいんですよ。タイカ君なら戦力としても期待できますからね。なにかあったら頼みますよ」


 そう笑っていうシゲオにまいったなと苦笑するタイカである。とはいえカヨからの刺客を考慮して動かなければいけないタイカだ。むしろ危険に巻き込んでしまうリスクも考えられた。その為このままずっとシゲオと移動するわけにも行かなかった。月模家からタイカ追放の確認をとるために監視者が近くにいる事も分かっていた為、馬車にのって帝都方面へ移動したことを報告してもらう事が目的である。


 そこからピジョン国を横断しているレアドゥリア山脈を挟んだ反対側にある赤森領の迷宮都市ラビリンスを目指そうとしていた。当然街道は使わずにレアドゥリア山脈越えを狙っている。険しい道なき道を進むことになるため馬での移動は出来ない。また、目撃情報なども得難くなるので追跡は困難になるだろう。魔獣やモンスターも出ることからもまさか子供が一人で無事に越えられるとも思わないだろう。


「ははは!そうはいっても今日限りですけどね」


「……本当に今日だけでいいんですか?よければ帝都までは一緒に来てもらってもいいんですよ?」


「いえ、それは出来ません。ご迷惑をかける可能性がありますので。自分はこのまま馬塚領の港に向かいます。昔剣のお師匠にさんざん世界の広さを自慢されたんですよ。だから自分で確かめてやろうって決めたんです」


 まさか本当は迷宮都市ラビリンスを目指していますとは言えないタイカである。オメガオの昔話をなぞる様なルートでの移動を示唆した。自分をよく知るものならばオメガオに倣って海外に行くことに不信は感じないだろうこと、また洋上に出てしまえば追手もギブアップ宣言をしてくれるのではないかと考えた。その事をそれとなくシゲオから追手へ伝わってくれればと期待してのやりとりである。


 宿場町に着くまでタイカは商人達の馬車を追い越す者がいないか注意していた。もし見かけたらそいつが追手の可能性が高いからだ。事前に街に潜伏している可能性についても考えたが、タイカの追放が決まったのは検査結果提出後でその翌日に実行されているので準備は間に合わなかったであろう事と、月模領都からは複数の移動先があり、すべての宿場町へ人員を配置しておくのは非効率なのでないだろうと判断している。


 幸いにも追跡者とおぼしき者は見当たらなかった。宿場町についたらシゲオから生活用魔導具や厚手のマント、薬や保存食の甘納豆やお酒などの商品を仕入れて直ぐに移動を開始した。宿場町に泊まってしまえばせっかく道中に監視していた事が無駄になってしまう。万全を期すためにもタイカは薄暗くなった街並みに溶け込むようにして街から抜け出していった。



 タイカが魔力検査から帰ってきた当日の夜、カヨは月模家に使える家臣の一人と密談をしていた。


「暗殺者を雇うのですか?既に追放が決まったんですよね?」


「それだけで済まして良しとするのですか?」


 魔力も持たない、外に伝手もない十五才の子供が一人外へほっぽり出されて生きていけるほど温い世界ではなかった。仮に生きられたとしてもスラム街などに身を寄せる以外にはないだろう。そこはひどく排他的で暴力や不潔が常に付きまとう。何も知らない身なりのいい子供が足を踏み込めばすぐに殺されるだろう。生き抜けたとしても直ぐに病気でなくなる確率も非常に高かった。ある意味では生きている方が辛いのではないかと思われたため良しとしていいんじゃないかと家臣は考えた。


 そもそも家臣は魔力量が少ないだけの長男、タイカに対してさげすむことはあっても積極的に害意を抱くほどの感情は持っていなかった。これで性根まで曲がっていたならば賛同していたかもしれない。だが実際には家臣に対してもすれ違う際に会釈をするような礼儀正しい様子であったためどうにも乗り気ではないのだ。


「一人で生きていけるほどお強い子供ではないでしょう。直ぐに死ぬなら依頼するだけ無駄ではないですか?カヨ様も暗殺依頼を出したというリスクを負ってしまいます」


「それでもじゃッ!!」


 鬼気迫る表情で机を叩いた。


 すでに理屈ではないのだろう。どれほど正論で語って見せた所で理解を得られそうになかった。正論とはまっとうな相手を説得する為の理論である。今のカヨに必要なのは正論ではなく追従であった。


「……分かりました。ではこちらで内密に処理しておきましょう。ただですね、この街の暗殺ギルドに依頼をだせば我々の弱みを握られてしまいましょう。そうなるとカヨ様の立場もまずくなってしまいます。なので次の町まで部下に後を追わせますので、その後にチンピラなりを雇う事に致しましょう」


「よい。そのようにいたせ」


 気分を良くしてして部屋から出ていくカヨの背中を見ながらため息を吐いた。


 後日にタイカの追跡を命じた部下三名から行方を見失い、恐らくは港から国外へでただろうという報告を受けた家臣は頭を悩ませた。結局はどうせ野垂れ死んでいるだろうと結論をだす。仮に生きていたとしてもカヨに知られなければ問題はないと思いチンピラに金を握らせて襲わせたと嘘の報告をあげた。



 タイカは宿場町を出たあと森に入っていき仮眠をとった。日が昇ってからは遠くにレアドゥリア山脈が見える。その中でも比較的低い山が連なっている方向を目指して歩いていた。鬱蒼と繁る草木をオメガオから貰った名刀で斬り分けながら人の手が入っていない森はこんなにも歩きづらいのかと辟易する。


(予想より移動が遅れてるな)


 水や食料は準備していたもののある程度は現地調達する前提だったので手持ちは少し心もとない。しかしリュックなどはなく風呂敷を抱えての移動となるため多くは持てなかった。その分、商人から購入した魔導コンロがタイカの生命線だ。


 川の生水などは寄生虫が怖いのでそのまま飲む考えはない。一見きれいなようでも上流で鳥や動物が糞をたれていればそこから混入している可能性があるからだ。また、野生の動植物も食べる時にはそれらのリスクを考えないといけない。腹を下す程度のものなら商人から購入した薬で十分だろう。しかし生前の知識では寄生虫の場合、エキノコックスなど潜伏期間が十年単位と長いものがあり発症すれば非常にたかい致死率を叩き出すおそろしいものまであった。間違っても生では飲み食いしたくないタイカである。


(お、カエルかぁ。これなら俺でも捌いて食べられそうだな)


 ひょいと掴んで革袋につっこみ確保する。また食用になる山菜なども採取して進んでいくと小川が見えた。


(カエルがいっぱいいたってことはそれを食べる天敵が少ないんだろうな。ならこの辺りは割と安全なのかもしれない)


 そう思い暗くなってきていたのも相まってここでキャンプするかと荷物をおろす。タイカは袋からカエルを取り出すと足を握ってそのまま河原の石に叩きつけた。あとは内臓をとりだして頭を落とし、皮をはいでから川の水でよく洗う。あとは山菜と一緒に鍋にいれて塩をふって川の水で煮立たせればスープの完成である。生前に親しんでいたキャンプ動画の知識が生きた形である。


 鍋をコトコトと煮込んでいる間体育座りしてマントに包まる。季節は夏が終わり肌寒くなっていたが、川辺ということもあり一層寒く感じる。


「飲んじゃおうかな」


 スキットルに入ったウイスキーを取り出す。レアドゥリア山脈越えをするため荷物を絞っての移動だ。たいした量は持ち運べないし、もしも山頂付近でビバークする事態になった場合は必要になるだろうとの配慮から購入にいたった。


 フタを開けて御猪口にそそぐとほんのわずかな蜜柑のような甘い香りが鼻孔をくすぐった。そのままキュッと呷ると蜂蜜のような甘さと穀物の香ばしい香味が口中に広がる。しばらくその余韻を楽しみながらやっぱり買って正解だったなと確信する。


 そんな時だった。


 目の前に薄く光る羽虫が目の前を飛び回っていた。羽虫にしては大きく手の平ほどの大きさがあった。一瞬蛾と勘違いし根源的な恐怖に支配される。


「ひッ……!!」


 だがよく見ればその羽虫には人間の頭がついており、また胴体や手足もついていた。それはまるで御伽噺に出てくる妖精のようであった。エーテル体と呼ばれる霊的な存在で稀に人間を助けたりするが大抵の場合はイタズラ好きで害悪である。と、そんなエピソードの多い存在だ。


 そんな目の前にいる妖精仮は中性的な顔立ちとショートヘアをしており体には突起も何もない。


(エーテル体であるなら交尾で繁殖はしないだろうし、おそらく性別なんていう概念もないのかもしれないな。とはいえ御伽噺を信じるなら基本は害虫……か)


「あっちいけっ!しっしっ!」


 タイカは追い払うように手をはたく。だがそんなタイカを嘲笑うかのようにクルクルと目の前を旋回している。


『おっ?おっ?ひょっとしてキミ視えてるの?ねえ!』


 御伽噺では人語を話すなんて書いていなかった。まさか人語まで解すとは思っていなかった為ぞんざいな扱いをしてしまう。失敗したなと思いフォローする。


「えっ?あ、ごめん……虫かとおもってビックリしたから……」


『へーーっ!本当に視えてるんだね。すごーい!』


 タイカは疑問に首を傾げる。普通は見えない存在だというのは察しがついた。だが、タイカには魔力回路がないので魔法的な素質は皆無である。一握りの天才が妖精の存在を見る事が出来るというならともかく、なぜ自分に見ることが出来ているか分からない。


「えっと、君は妖精……でいいんだよね?」


「そうさっ!僕はクンマーっていうんだ!よっろ!」


「あ、ああ、俺は……タイカです。よろしくお願いします」


 思わず月模姓を名乗ろうとしてしまい言い淀む。タイカにはもうそれを名乗る権利はなかった。


「ねぇこんな所でなにしてんの?」


 他者に見えない存在ならば目的を話しても仔細なかったであろうが逃避行中である為とっさに嘘をこいた。


「お酒を飲んでたんだ」


『さけーー!僕も飲みたい!!』


 予想外の返事に面食らう。まさか妖精が酒を欲しがるとは思わなかった。御伽噺ではエーテル的な存在なので物質面であれこれは出来ないようなニュアンスだったはずだ。


「えっ!だ、駄目だよっ!これは大切なお酒なんだ!」


『さけーーー!!』


 手元を隠すもクンマーは御猪口に突撃して来た。あまりの早さになすすべもなかく御猪口に顔面から侵入を果たしたクンマーはゴクゴクとウイスキーを飲み干す。そのまま御猪口をタイカから奪ってけらけら笑いながら飛び回っている。やはり害悪な存在だったと知識をアップデートする。


 しかしエーテル体であるはずの妖精が御猪口を持てているのはなぜなんだろうか。


「なっ?!エーテル体じゃなかったのか?」


『うへへーそれはねー!お神酒を分け合い契約が成されたからなんだー』


 なんらかの儀式が執り行われた結果、契約が成立してしまっていたらしい。契約によるメリット・デメリットが一切見えてこない。その結果が御猪口という物質を持つことに繋がっているのだろうが、それによって自分はどんなメリットを享受できるのだろうか。


「……ちょっと、まずは契約内容を確認したいんだけど」


『いいよー。でもそのスープ食べながらにしよーよ』


 魔導コンロから鍋が噴きこぼれていた。水は多めにいれていたのでスープは無くなってはいないだろう。きっちり火を通しておきたかったし丁度いい感じではないだろうか。コンロから地面に鍋を移して蓋を開けた。見た目はカエルがまるまる浮かんでいたこともありイマイチであったが匂いは素晴らしいと思う。朝以降は何も食べていなかったからか食欲を刺激され腹から盛大に音が鳴る。すごくおいしそう。


 タイカの肩にとまったクンマーがまじまじとスープを覗いている。おそらくは自分と同じ思いであろう。この小さな体ならばスープを分け合っても十分な量は確保できるだろう。ならば異論はない。


『なにこれ!まずそー!!』


 キャハハと腹を抱えて笑いはじめたクンマーに青筋を立てる。だが空腹が勝ったおかげか特に文句は言わず食事を優先する。


「……それで契約って?」


『そうそう。さっきお神酒を分け合ったでしょ?あれで僕達は『一心同体』で『以心伝心』になったんだー』


 今しがたスープで意見が別れていた二人である。何言ってんだこいつとタイカからの視線は厳しい。


『本当なんだー。試しに僕に伝われって念じながら考えてみてー!』


『うさんくさい』


『こんにゃろー!』


 肩にとまったまま顎にシュッシュッとジャブを打ち込んでくる。痛くはない。


『……これ考えた事全部伝わんの?』


『伝われって念じないと無理な!』


 なるほどこれが『以心伝心』という事だろう。ならば『一心同体』はなんであろうか。


『『一心同体』ってなに?』


『お前のものは僕のもの!』


『…………どうゆう事??』


『タイカの持ち物なら触れるし食べる!』


 自慢気に胸を張っているが、そこに何のメリットも見出せないタイカとしては困惑の方が大きい。


『……そう。それだけだと契約するメリットなさそうなんだけど……そんなものなの?』


『な、なんだとー!僕たち妖精と契約したらすっごい魔法だって使えるんだぞ!!』


 魔術士に有用なバフを掛けてくれるありがたい存在という事だろうか。


『俺、魔力回路がないから一切魔法を使えないんだけど?』


『……ま?』


 ふーん。なるほどと言いながらタイカの周囲を回って確認していく。


『たしかに魔力がまったくないねー!タイカすごいよ!だから僕の事も視えてるし声もきけていたんだね』


『……すごい?』


 魔力がないことをすごい事だと言う。今までになかった価値観を提示したクンマーに動揺する。もしかしたら魔力回路がない事で得られる何かしら芽里とがあったりするのだろうか。


『そう!生き物ならみんな魔力を持ってるでしょー?自分の魔力が邪魔しちゃうからよその魔力を視る事ができないんだよ!』


 生前の現代知識でも明るい場所ではスマホの輝度を調整して明るくしないと見えなかった。それと同じ理屈なのだろう。


『なら他の人ってその、魔力って全然見えてないの?』


『そうだねー。今まで僕を視れた人って一人もいないよ』


『じゃあなんで御伽噺での妖精の姿は俺が見てるまんまで伝わってるんだ?』


 素朴な疑問だが別段気になるわけでもない。ただ魔力がなくても得られるメリットに浮かれそうになる自分を抑えるために少し時間をあけたくてそう訊ねた。


『ん?しらなーい誰か『以心伝心』でそう伝えたんじゃない?』


『そう……まあそれはいいか』


 そういえば過去にもそう思わせる経験が確かにあった。夜空に飛び交う光をアヤは見えていないようだったし、剣術稽古の初日にアヤがみせた身体強化のオーラも話が噛み合っていなかった気がする。……そうか、みんな魔力見えてなかったのか。


 魔力がない事は今までデメリットにしかならないと思い込んでいた。でもそれは間違いだった。わずかではあるがメリットがあると分かりかすかに希望が見えた気がした。


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