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這い寄る神の異世界転生観察  作者: がくひ
第一章 不可視の巨人
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004 お稽古2

 タイカは翌日指定された部屋に向かったがドアには鍵がかかっており入れなかった。しかたなくその場でしばらく待っているとヒラノブと四名の子供達がやってくる。子供達は自分と同じような年齢から十才程度まで様々でヒラノブから符術を習っている子供達なのだろう。ヒラノブは箱を抱えておりその中には薬品のようなものが多数入っているのが見えた。どうやら必要な道具は別の部屋に保管されているらしく持ち出すのに時間を取られていたようだ。


 ヒラノブは箱を年長の少年に渡すと鍵を取り出し扉の鍵を開けた。部屋の中に入ると大きな作業机が二つとその周りを囲むように椅子が六個ずつ並んでいて作業机の上には定規や分度器にコンパスのような道具類が乱雑に置かれている。ヒラノブの連れてきた子供達は手前の作業机に陣取りはじめた。一番前の椅子二つには誰も座っていない。ひょっとしたら半ば固定した席が出来上がっているのかもしれないがタイカには判断つかなかったので奥の作業机の端に座った。


 少し遅れてリュウヤとアヤがやってくる。リュウヤはそのまま手前の作業机の先頭に座ったがアヤはその隣ではなくタイカの隣の席に座った。アヤも自分と同じく授業初日であるはずなので授業の進度を考えればもっともな配置だろう。ヒラノブやリュウヤも特に気にした様子はなかったが手前の作業机の一つ空いた席の隣に座っている少年がこちらを睨んでいた。


 どこかで見た事のある少年だなとタイカは思考をめぐらす。たしか先日の集まりでリュウヤの正面に正座して話していた少年じゃないかと気付く。たしかアキトといったはずだ。もしかしたらいきなりやってきた同年代の自分に対抗意識を持ったのかもしれない。


「今日から二人増えることになった。当然みんな顔を合わせたことはあるだろう。よろしくたのむ」


「せんせー!一人知らない人がいまーす!」


 クスクスと嗤いながら揶揄ってきたのは先ほどこちらを睨んでいたアキトである。


 タイカはそんな様子をどこか楽し気に眺めていた。今まではこんな風に構われる事はなかった人生だ。生前から無関心はあれども、こうして明確に興味の意識を向けられるのは新鮮だった。


 これを受けてヒラノブはつまらなそうにタイカの名前だけを伝えて終わりにした。どちらの反応にも肩透かしだったのかアキトはムッとする。


「しばらくは二人に基礎を教えるのでお前たちは先日の課題に各自で取り組むように」


 奥の作業机まできたヒラノブは早速基礎を教えていく。どうやら符術とは文字やら模様のようなものを特殊なインクで正確に紙や木片などの媒体に記述することで出来上がるらしい。出来上がった媒体にはこの世の理を捻じ曲げる強力な魔法が一つ込められており、一説には神の扱う魔法と同種のものであるらしい。普通の魔術士が使う属性魔法では再現できない魔法なども多くあるため重宝されているが、媒体を作成するには高度な技術の他に秘匿性の高い符術の原本が必要なので媒体を作成できる符術士の数は限られていた。


 符術の原本の多くは過去の遺跡から発掘されたもので新たに開発されることはない。そもそも原本に記載されている文字が読めなかった。いくつかの文字は複数の原本を見比べることで類推出来ているが全ては解明されていない。また、文字などの配置についてもパターンがありそうだと認識されているものの、あまり理解は進んでいなかった。その為、新しい巫術の原本が開発されたという話は数百年ほど聞いていない。


 月模家でも貴族の立場を裏付ける独自の符術に関する原本は厳重に管理されており門外不出だ。だが基本的な符術の原本については既に一般的に認知されているらしく、それを使った課題を手前の作業机では与えられているようだ。タイカはその符術の原本をチラッとみた。中央付近には小さい文字や図形が詰められており、その周りはまばらに少し大きめな文字が書かれていた。規則性があるのかないのか判別付かない模様が見える。そして、それが階層構造になっていた。幾層もの図案を手順通りに媒体に記述していくようで完成した媒体からでは手順が見えないようで複製出来なさそうだ。


(なるほど、わからん)


 タイカは原本に理解が及ばない事に、また符術の教えを乞う事が正解であった事実にうなずいた。


 一通りの説明を受けた後は符術に使われる文字のいくつかを教わり正確に描けるように指示を出される。本来なら文字のようなものは筆、記号のようなものはスリットの入った金属製のペンを使い定規やコンパスなどの道具で書くらしい。だが、練習でそんなものを紙に書いていたら秘匿情報が漏洩する危険もあるので当然使わせてもらえない。代わりに額縁のようなものに砂が詰められたものを渡された。どうやらそれに書いて練習するらしい。


 筆の持ち方と懸腕法に似た腕の構えを教わった後はひたすら書いていく。


(うーん、砂だと書くときに抵抗あるし大雑把にしか書けないな)


 これで練習になるのかと思いつつも、自分から頼んだ稽古の初日からそんな文句が言えるわけもなくひたすら書いていく。


 これが結構辛かった。割とすぐに腕がプルプルと震えてきたタイカはこりゃあ大変だぞと隣を伺う。自分より年下のアヤはさぞ苦労しているだろうと思ったのだが、そこには自分よりキレイな文字をさらさらと書いているアヤの姿があり顔を引き攣らせた。


 思えば生前も学校に通った事がないタイカにとって文字とはペンで書くものではなくキーボードに打つものだった。文明の利器に慣れ親しんだタイカにとって符術の練習はなんのアドバンテージもなく、必死に食らいついていかなければ直ぐに置いて行かれてしまうだろう。そんな危機感もあってかプルプル震える腕でミミズのようなモノを必死に書きながら、証拠が残る紙じゃなくて砂でよかったとは本心からの寸感だ。


 カラーンカラーン


 昼の鐘の音が鳴ると手前の作業机ではガヤガヤと賑やかになっていく。休憩時間に入ったのだろうか。砂をならしながら周りの様子を眺める。どうやら昼食中はこの部屋から締め出され施錠されるようだ。促されるように部屋からでていき、皆と少し離れて歩いていたタイカは何時ものように離れで食事をとるために分岐路のところで別れようとした。だが、後ろから服を摘まれてタイカは足を止める。


「兄様、今日はこちらで昼食を用意しています」


 え?そうなの?と思いながらも誰かが口添えしてくれていたのだろうと思い感謝した。


「わかった。教えてくれてありがとな」



 符術を習った翌日、一日中文字を書いて筋肉痛になった腕を揉みほぐしながら柳水流の道場に向かって歩いていた。今日から道場通いとあって緊張した面持ちであったタイカであったが竹林を抜けて街並みが現れると態度が一変した。これまで離れと裏山程度しか行動範囲のなかったタイカはニコニコしながらキョロキョロと街を眺めながら歩いている。二階建ての木造建築が多いだろうか、しかしコンクリートなどもある様で道路や塀に使われていた。そんな様子を特に注意するような人はおらず我関せずといった風にヒラノブとアヤは前を歩いている。他に人はいない。リュウヤや他の少年達はみんな竜王流を学んでいたし、女子は剣術は必須でないこともあり別行動だ。


 大通りを抜けて閑散としてきた辺りに柳水流の道場はあった。いかにも古風な道場然としており中からは稽古が始まっているのだろう撃ち合う音や掛け声が聞こえてくる。中に入ると想像とは異なり体育着やジャージに似た服装で素振りをしている様子が目に入る。そんなゆるい見た目とは裏腹に大人達の持っている武器は木刀などではなく本物の刀や薙刀などでありかなりの実戦派であることが伺えた。ヒラノブはあたりを見渡すとある男の前まで移動する。


「くくっ。お前が子供の御守とはなぁ」


「ふん。こちらの二人が今日から世話になる。後は頼んだぞ」


 そう言われた男は立ち上がってタイカ達に向きあう。


「話は聞いている。オメガオだ。強くなるつもりがあるならちゃんと教えてやるよ」


 その男はやたら眼力の強い三十才前後の男だった。異人の血が混じっているのか赤い髪をしているが、そんな目立つ特徴よりも目の前の自分たちに目を向けているのに千里の先を見ているような不思議な視線に圧倒される。また背もそこそこ高く185センチ程だろうかガッチリとしているのにしなやかさも感じさる体はネコ科の巨獣を思わせる。所作にも体幹がブレることがなく一切の無駄がない。明らかに周囲にいる人達よりも飛び抜けた実力を思わせた。


「よ、よろしくお願いしますっ!」


「あー、この程度で緊張すんなよ。そんなんじゃまともに体動かねぇぞ」


 ヒラノブとオメガオは幼馴染らしかった。もっともオメガオは世界を見るぞといって若い時期に家を飛び出していったのでそんな長い付き合いではないらしい。それでも信頼しているのかヒラノブは二人を紹介してさっさと帰っていった。


 オメガオは傘立てのようなものから木刀を二本取り出しタイカとアヤに投げ渡す。意外とキャッチしやすかったそれはオメガオの力量ゆえだろう。


「まずは基本の型だ。必要な動きは全部詰まってる。よーく見ていろよ」


 他の者達からも一斉に注目が集まる。どうやらオメガオは柳水流の道場の中でもかなりの実力者であるらしかった。正眼に構える。そのまま一連の動きを澱みなく行った。袈裟切り、突き、脛切りや飛び違うような斬撃など多彩な技をいくつも繋いでいく。力強いオーラと見惚れる位に美しい動きにゾッとするのと同時に割と普通の動きなんだなと安心もした。なにしろ魔力があって身体強化も可能な世界だ。それを前提にしたファンタジー剣術が飛び出るのではないかと直前まで戦々恐々としていたタイカだった。これなら努力次第ではものに出来るのはないかと安堵の笑みを浮かべた。


(こいつ笑いやがったな!俺の剣をみて笑いやがるのはよっぽど素質があるか、もしくは何も理解してねえ馬鹿のどっちかだ。どっちだろうなあ。……嬢ちゃんのほうはよくわかんねえな。見えてはいるようだが)


「よーし。しっかり視たな?んじゃあ、まずは坊主にやってもらうか」


「えっ?今ので全部だったんですか?柳水流って受け流しが得りだと聞いてたんですけど……」


「かーーっこれだからっ!今のは攻撃の型なの!後でそっちもやるからまずはこっちをやれい!」


「はいっ!」


 タイカは木刀を正眼に構えて一呼吸する。先ほどの一連の動きを思い出しながら頭の中でシミュレートする。頭の中では腕だけではなく足の運びも含めてトレース出来ている。頭の中では……だが。しかしイメージの中で剣を振るタイカは先程のオメガオに比べて同じ動きであるものの何かが欠けていると感じていたがその正体が分からない。今生では剣術は書物で読んだだけで実戦した事はない。前世でも同様に書物(漫画や小説)を読んだだけである。


(なんか足りないんだよなー。なんだろう?……相手が、いないからか?)


 とりあえず生前の自分でも正面に置いておくかと考え想像する。何となくで構えていたのを身長百七十センチの敵を想定して目線や構えを修正する。どうせ初めてなのだから上手くいくとは思っていない。恥をかくほどの面子もないと割り切りやってみる。


(ふーん?なかなか思い切りはいいじゃねえか。多少のセンスも感じられるが、それよりもちゃんと敵を想定してるのがいい。それなりにはなるかもなあ)


 オメガオはそう評価した。オメガオは柳水流でもトップレベルの実力者だった。戦闘に関するセンスは抜群にあり、世界各地を転々としながら実践も積んでいる猛者だった。今も定住などしておらず、たまたま地元に立ち寄ったこの道場に客として世話になっていた。そのオメガオがそれだけの評価をする事は異例であった。端的にいって有望である。


「まあまあだな。次は嬢ちゃんの番だ」


「はい」


 なんの気負いもなくおもむろに剣を振る。そこに殺気は感じられないが、それでも剣筋には凄みが感じられた。なんとなくオーラを纏っているようにさえ見える。タイカは自分の動きは客観的にみれていないものの、それでも自分との差をはっきりと認識出来た。あるいは自分が年齢相応だったなら嫉妬に燃えたかもしれない。だが剣や魔法で成り上がるなんて事は魔力回路を持ってない時点で諦めている。だからだろうか素直に称賛の気持ちも湧いてくる。


「すごかったぞ!俺よりもずっとセンスがいい気がするぞ!」


「ありがとう御座います。兄様の型をみて色々と工夫する時間がとれたおかげです」


「そんなことない!なんかこう……!すごいオーラとか出てたしな!」


(……こっちはやべえな。あのちっこい体で大人用の木刀に振り負けてねえ。まだ教わってないだろうに身体強化が出来てやがるのか?稀にだが自然と出来る奴はいる。そういった天才の類かもなあ。たしか……竜王流を習ってるってえ兄弟もそんな天才だって話だったなあ)


「たしかに雰囲気はあったなあ。あと嬢ちゃんは自然と身体強化が出来てるみてえだな。でもガキの頃に多用してると体の成長が止まるからやめておけ」


「はい」


 当主のトウジはそれほどの傑物だとは聞いていなかった。だが息子達はかなりの才を持って生まれたようだ。これだけの才があるなら教えがいもある。しばらくは付き合うかと考えた。


「よーし。いいぞ。んじゃあ次は守りの型いくぞお!」


 それから夕方になるまでいくつもの型を覚えさせられ繰り返し体に覚えさせていった。剣を振るって思い通りの剣筋を出せた時の快感は何物にも得難く時間を忘れて練習をつづけた。


 訓練が終わるころには既に暗くなっていた。今日一日でアヤに才能の差をまざまざと見せつけられ若干気落ちしながら夜空を見上げた。少し見た目が異なるが月があり、天の川がはっきりと見える。同じような渦巻銀河の中にこの星はいるのだろう地球で見た夜空とあまり変わらない。そこにいくつもの光が流れていくのが見えた。最初は流星かと思ったがそれにしては遅すぎるし動きが生物っぽい気もした。


「どうしたのですか?」


「ああ、夜空を見てたらさ蛍みたいなのが空を飛んでたから気になって」


 アヤは夜空を見る。


「……蛍ですか?」


 蛍が分からなかったのか、あるいは見つけられなかったからかアヤは首をかしげていた。もう一度タイカが夜空を見たら既に飛んで行って見えなくなっていた。流星とまではいわないがかなり早かったので仕方ない。


 おそらく月模家の兄弟のなかで剣、符術、魔法など戦闘面において最も才能がないのはタイカだろう。本来は才能の因子のようなものはあったのだろうが、異世界転生するにあたりタイカの体に異世界からの魂が乗っ取る形で入り込んだ。その為、この世界に根差すあらゆるものに対して才能の因子が魂のレベルで欠けていた。


 それでもタイカには他の誰よりも強い思いがあった。生前の後悔から一際大きな、生きることに対する飢えだった。これほど夢中になって取り組む事が初めての経験だった。今のタイカには符術でも剣術でもなんでも楽しかった。ミスをしては原因を探って修正し、それでも上手くいかなければ夢にまで出てきて夜中に目を覚まして唸る。


 そんな生活をしてあっという間に八年が過ぎていった。


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