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這い寄る神の異世界転生観察  作者: がくひ
第一章 不可視の巨人
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002 誕生

 ビーッ!ビーッ!


 帝都にある国防局の一室で警報が鳴り響いている。その部屋の中で複数の男たちが必死の形相で動き回っている。対戦略級モンスター広域警報装置からのアラートがなるのは実に十年ぶりだった。その為、慌ただしく情報収集を行っている。


 国防局の局員の一人であるイコマが報告にやってくる。


「ヤジマ局長、場所を特定しました。ここから南東300キロ、月模領の位置です」


 帝都の周囲には領地を五つに分けて五家老がそれぞれの領地の防衛を任されている。方角からすると日波にちなみ家の担当地だったがそちらからの連絡はきていない。日波の防衛ラインが連絡をいれる暇もなく壊滅したとは考えずらかった。


「移動はしているか?」


「いえ、それが……発見したと思ったらすぐに反応が消えてしまいました」


 普通のモンスターなら兎も角、戦略級モンスターは魔領の奥深くで時間と共に成長するので人領から突然姿を現すことはない。だが五家老である日波が監視する魔領から監視をすり抜けて月模領まで来れる訳がない。また闇雲に街をおそっているなら事前にその報告も上がっているはずだ。ならば戦略級モンスターが現れたというのは無理があるだろう。だがヤジマにはもう一つ心当たりがあった。


「もしかしたら久々の転生者が現れたのかもしれんな」


「転生者ですか?」


 ヤジマ局長の言葉にイコマは眉を顰める。もう最後に転生者が現れてから三十年程はたつ。それまでは結構な数の転生者がいたらしい。また、問題行動の多さから専門の機関が出来て対処にあたっていたと聞く。犯罪者ならば時には討伐し、更生の余地があったり幼い子供の場合は保護して再教育を施していた。


「ああ、このパターンだと可能性は低いが……なくは無いだろう。一応日波には警報の確認しておけ。あとは問題があるとすれば既に対転生者機関がすでに解散している事だな」


 転生者は神から特上の魔力回路を授かるというが全てが最上級というわけでもなかった。その為、ギリギリ警報に引っかからない魔力量である可能性は排除しきれなかった。とはいえ最初に警報に引っかかったのが解せないヤジマである。目の前のイコマを見てコイツに確認しに行ってもらうかと考える。


「君は魔力測定器を準備しておいてくれ。命令があれば君に確認しに行ってもらう」


「うーん魔力測定器ですか。たしか二級のものしかここにはありませんよ」


 国防局は役割上、強力な魔獣やモンスターを相手にすることが多いので制度の低い魔力測定器でも十分だったため人間用の精度の高い魔力測定器は持っていなかった。


「転移者なら二級品で十分だ」


 魔力量に応じて四つのランクがあった。人間の場合は低級、中級、上級の三つだ。だが、転生者は神から魔力を与えられている為かもう一つ上の特級の魔力量を持っている。これは戦略級のモンスターと同様の魔力量であり人としては規格外であった。その為、二級品の魔力測定器さえあれば問題はなかった。


「南東300キロならば日波傘下にい月模つきも家の領地だな。そちらには俺から連絡をいれておこう」


「見つけたらどうするんです?」


 月模家は貴族だった。ただの局員でしかなイコマに月模家の直轄地から人間を攫ってくることは出来ない。


「何もしなくていい。見つけたら報告しろ」


「えっと大丈夫なんでしょうか?過去に問題が起きていたんですよね?」


 イコマにとっては転生者はおとぎ話の住民だった。生まれながらに生前の知識も持っており、高い魔力適正をもつ。中には神の加護(ギフト)まで与えられ奇跡のような現象を起こせるという。まるでモンスターに相対するような気分だった。それについてヤジマに確認する。


「幼少期ならば問題にならん。どんなに高い素質を持っていようともあくまで素質だ。きちんとした教育を与えて本人の努力がなければ脅威にならん。それにな、生前の知識も良し悪しだ。こことは異なる物理法則に支配されている世界の知識がこちらで通用する保証はない。むしろ足を引っ張ることすらある。なんの実績もない方法論で無駄な努力を続けてまったく能力が伸びなかった転生者もそれなりにいたさ。生まれたばかりの赤子ならば急ぐ必要はない」


「それは初耳でした。脅威ばかり耳にしていましたのでしゃべるモンスターのように思っていました」


 ヤジマはそう思うのも無理はないなと苦笑した。ただでさえ異世界という外部からの異物という認識が強く仲間意識が芽生えづらい。そのうえ本人がこの世界に馴染むつもりがなく問題行動を起こす事が多かった。そのせいか物語に出てくる転移者は悪役として登場し、冒険者や騎士の英雄譚の添え物になるのだ。


彼等(転移者)も我々と同じ人間だ。そこまで変わらんよ」


 そういってヤジマは席を立ち部屋から出て行った。


 珍しく感情的になっていたヤジマの背中を見送りながら余り関わりたくないなぁと切実に思った。



 警報のあった日から一か月たってイコマは転生者の調査をするために月模家にやってきた。あの日に生まれたであろう赤ん坊の戸籍が登録されるまで調査の開始を見合わせたからだ。そして先日に戸籍を調べたところ月模家でも長男が誕生していたことを知った。貴族出身ではないイコマにとっては厄介ごとでしかなかったが、どのみち挨拶に行く必要もあったためまとめて消化してしまおうという魂胆だ。


 応接室に案内されてしばらく待つと当主の月模トウジがやってきた。


「すまないね。待たせたかな」


「いえ、お時間をいただき感謝しております」


 軽く挨拶を済ませた後、イコマは国防局からの手紙をトウジに差し出す。開封して一通り目を通したトウジの顔は曇っていた。


「我が領地に異世界転生者が現れたと書かれているが、もう何十年と出ていなかったのだろう。誤報の可能性はないのかね?」


「我々もまっさきにその可能性を考慮しましたが警報装置は正常に稼働していました。状況的にみても可能性は高いかと」


「そうか……」


 歯切れの悪い反応にイコマは首をかしげる。警報装置の異常に期待していたというよりは続く会話を嫌っての反応に思えた。とはいえイコマも仕事で来ているし、後回しにしても余計面倒になるだけなので続ける。


「それでですね。月模家にも先日お子様が生まれになったとか。その調査の許可を頂きたいのです」


「……うむ。だがなおそらく息子は違うと思うぞ」


 国防局からの正式な調査依頼なので貴族の当主といえど断ることは出来ない。領内での調査……というよりも息子が調査を受けることに消極的なのはあきらかだった。ひょっとして一発目にアタリを引いたかなとはイコマの素直な感想だ。これで仕事が早く終わる顔をほころばせるが直ぐに事後処理の面倒事が増えるだけだと気付いて微妙な顔になる。


 貴族が現在の地位を維持できているのはひとえに魔力に優れているからだ。意図的に優れた魔力量をもつ者と婚姻を結んで品種改良を続けてきた結果、庶民よりも明らかに優れた魔力量を持つ割合が高かった。その高い武力を背景に魔獣やモンスターからの被害から領地を守り、その対価とし徴税を許されていた。その為、貴族の嫡男になるには中級以上の魔力量を持たないと他家に軽んじられる傾向があった。一般的に中級の魔力量を持っていれば一流の魔術士になるには十分だろう。


 そんな貴族社会で特級の魔力量をもつ転生者が現れたら執着する可能性が高かった。


「それをはっきりさせるためにもぜひご協力おねがいします」


 軽く溜息を吐いてからトウジは使用人に声をかけると息子を応接室に連れてくるように言いつけた。しばらくするとベビーバスケットを抱えた妙齢のメイドがやってきた。中には赤ん坊が一人おさまっており、静かにこちらを見つめていた。そこには知性が宿っているようにも見えた。しかし事前情報に引きずられているだけの勘違いもありえた。


「おやおやおや!これは利発そうなお子様ですね。正直に言うと泣かれてしまうのではないかと心配していたのですよ!」


「ああ。夜泣きもせずに手がかからないと聞いている。名前はタイカだ」


 そう語るトウジの表情は実に誇らしげだ。


 イコマは上着のポケットから魔力測定器を取り出しす。


「それでは魔力検査をはじめますね。タイカ君、ちょっと失礼しますよー」


 そう断りを入れるとトウジはまたしても歯切れわるくうなずいた。半ば判定結果を予測していたイコマは測定値をみて驚きの声をもらした。


「えっ」


 そこには測定不能と表示がでていた。二級品の魔力測定器のため精度が悪く低級の魔力量には反応しない。測定不能とはすなわち低級の魔力量ということだ。


 イコマはチラリとトウジ様子を伺った。


「見ての通りだよ」


 苦虫を噛み潰したようにトウジは言う。それをみてイコマは自分の勘違いに気付いた。トウジは息子のタイカが転生者だからではなく低級の魔力量しか持たないから歯切れが悪かったのだと悟った。いくら品種改良を進めた貴族でも必ず中級以上の魔力量を持つわけではない。そして長男が低級だった場合、大抵は嫡子から外されるだけだ。だが状況次第ではお家騒動の火種になることを嫌い暗殺されることもある。


 一般的に魔力検査は十五才の誕生日以降に行われ、それまでは魔力を使った訓練などは全て禁止されていた。というのも魔力量は基本的・・・に成長することはなく、その性質は不安定で幼少期に魔法の訓練を積むと成長後に偏りが生まてしまう。その結果、自然魔法の各種属性への適正値が総合的にみると著しく低くなる傾向にあった。その為、性質が安定する成長期が過ぎる年齢になるまでは魔力を使用した訓練はもとより魔力検査をすることも国が禁じていた。


 今回のように国防局からの要請があれば合法的に魔力検査をすることは可能だ。だが、貴族ならば魔力検査器を用意することは可能だし、そしておそらくは隠れて魔力検査をしていたのだろう。大抵の貴族ならばその程度のことはやっているしお目こぼしも受けている。歯切れが悪かったのはそのことに対する罪悪感かあるいは長男が低級の魔力量しか持たないことが公になるのを嫌ったからだろう。もしいずれ長男を排斥することを考えていた場合、今回の魔力検査結果が記録に残ってしまうことを不都合だと考えている可能性まであった。


 イコマはそこまで考えてタイカが転生者である可能性は著しく低いと認識しなおした。


「だー!」


 無邪気に笑いながらこちらに手を伸ばす赤ん坊をみて、この子がこの先どのような人生を歩むことになるのかを考え憂鬱になった。


 イコマはその後に一か月ほど領地内の新生児を調査したが結局何の成果も挙がらなかった。それをヤジマに報告しなければならない事を考えると気が滅入るのだった。



 タイカに前世の意識が戻り始めたのは生後半年ほどたってからだった。成長とともに脳のニューロンが形成されていき、それに伴い急速に記憶を取り戻し始めた。とはいえまだ自由に動けるほど体は発達していないし、眼も薄ぼんやりとしか見えていなかった。その為、ベッドの上で寝っ転がりながら情報収集する毎日だ。


 ここまでは前世とたいして変わらない寝たきりの生活ぶりだ。とはいえ新しい生活への希望と魔力回路を持たない事への不安から精力的に見聞きすることに務めた。


 その結果どうやら文化レベルは産業革命前あたりなのではないかと判断した。とはいっても部分的には進んでいるところもあり、照明などは広く普及されているようで屋敷のあちこちに設置されている。燃料には採掘された魔石を利用しているらしく、一度魔石交換しているところを見たが米粒ほどの魔石で数年利用できていたので燃料効率はかなり良さそうに感じた。


 またここピジャン国では封建制度がしかれている。というのも自分の家が貴族だったからだ。そして最悪なことに貴族にとって魔法が使えるかどうかは非常に重要であるらしい。さらに悪いことにメイド達の噂話から自分が低級の魔力量しか持っていないと認識されている事が判明した。実際には魔力回路をもっていないのでより悪いのだが……。


 そのせいなのだろうか。タイカはまだ両親の姿を見た事がない。


 いやいやと否定する。魔力回路がないとバレているわけじゃないはずだ。今後の伸びしろを考えれば見限るには早すぎるだろう!だからきっと貴族だし忙しくて時間が取れないんだ、と。もしかしたら寝ている間に会いに来ていた可能性だってある。そう都合よく考えて目をそらした。


 だが、タイカは知らなかった。生まれ持った魔力量は決まっており生涯成長しないという事実を。すでに何千年とゆう時間のなかで様々な手段で何度も検証されてきた。時には非人道的な人体実験まで行われ唯一見出された例外が、モンスター化だった。モンスターとは魔力回路にあるバグが暴走した結果起きるもので異形の姿かたちに変化すると供に、稀にだが魔力量が増加することが知られていた。それを人為的に起こすことで魔力量は増やせる。だが、人為的にモンスター化させると自我はなくなり凶暴性が増して無差別に人間を襲うようになってしまったため世界中で禁忌とされ千年前にその手法は失伝している。


 その為、トウジが既にタイカに見切りをつけている可能性は十分に高かった。タイカがその事を知るのは数か月後、弟が誕生した事を知った時だった。


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