表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
這い寄る神の異世界転生観察  作者: がくひ
第一章 不可視の巨人
16/26

016 ハバラキの仕事

 モエハと別れたタイカはまだ冒険者協会の中にいた。今から宿をとっても時間的に食事はまだ出てこないだろう。なので報酬も出たことだし協会内の食事処で済ませてしまおうと考えていた。外で食べることも考えたがブンギの話ではここの方が安くて量が多いらしく、まだ手持ちに乏しい身なので食べ歩きは今後の楽しみに取っておくことにした。


『なに頼む?ねえ?』


『そうだなー。迷宮牛の串焼きと大根サラダでいいかな』


『おー!』


 まだ日が高い時間だからだろうか他の冒険者達は出払っていて閑散としており食堂も席は十分に空いている。その中の端っこの方へ陣取り料理を待つことにした。


『ねえ、ずっとこっちを見てる人いるけど大丈夫?』


『ん?反対側の端にいる人?』


『うむー。気付いてたのかー』


『たぶん赤森家からずっとつけられてたよ。でも殺気っていうよりかは観察してる感じだ。俺たちの周辺も気にしてたし動きが護衛っぽかったんだよな。……まぁモエと別れてからは観察する視線だけになったのは気になるけど、たぶん大丈夫だろ』


 ここ数日、<鳥瞰>(ちょうかん)を実戦で使う事が多かったせいだろうか、普段からの利用にも慣れてきて使いこなし始めていた。特に赤森家への出頭では気を張っていたからか自然と周囲に注意を払っていた為に気がついていた。


『ふーん。料理まだかなー』


 やはり人間事情にはあまり興味がないのか既に意識は料理へ移っていた。タイカも腹から催促の音を立てているので大分興味が料理にいっていた。疲労もあってか食事の後に宿取ったらたぶん寝ちゃうなと感じる。ならば打てる手がもう一つあった。


『ビール飲んじゃおうかな』


『おビール!!』


 任務中は食事も貧相だった事もありぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる。その内に御御御付け(おみおつけ)のようにビールの前に御が三つ位付きそうな勢いの敬称に思わず苦笑する。さっそく席を立ってビールを嬉しそうに注文しているタイカを赤森家の忍びは観察しながら苦笑していた。



 モエハは再度赤森家の前まで来ていた。既に頭巾は脱いで手に持っている。冒険者協会ではモエと偽名を使って冒険者登録を果たして黙って偵察任務に出かけてしまったからだ。家族に迷惑と心配をかけたという自覚があった為、この後に起こるだろうイベントを考えると自然と足が重くなっていた。


 しかし自分から始めた事なので最後までやり通そうと気持ちを切り替えて門に手をかける。


「やっと戻ってきたか」


「きゃっ!」


 門のすぐ内側で待機していたトドロキから声がかかる。まさかそこで待っているとは思わないモエハは驚きの声をあげてしまう。


「……随分と冒険してきたようだな」


 いかめしい顔をしている。そうしていないと娘の無事な姿に、そして数日ぶりの会話に自然と気が緩んでしまいそうだったからだ。


「は、はい……。ご心配おかけしました」


 珍しくシュンと落ち込んだ娘の姿に内心慌てながら一つ咳払いをしてフォローを出してしまう。


「今回お前は未熟な身ゆえ手順を間違えてしまった。だがそれほど赤森領を大切に思う気持ちを私は誇らしく思う。この経験を生かして次は間違えないようにしなさい。それから当分は蟄居を命ずる」


 父としての威厳を保ったまま語る。


「……はい。ですが、よろしいのですか?今回私の取った行動はもっとお叱りを受けると思っておりました」


「そう思っておったが、成長した姿を見せられてはな。任務ご苦労だった。母も心配しているゆえ、風呂を用意してあるからまずは汚れを落として顔を見せてきなさい」


「は、はい!お父様ありがとう御座います!」


 花が咲いたように笑いながら感謝を述べる。この頃にはトドロキの目じりは大分下がっていた。



 三日ぶりに中継地へ戻ってきたブンギとシオンは困惑の表情を浮かべていた。キャンプ内のテントや物資はそのまま残されていたがぬけの殻となっており誰もいない。争った形跡もなく馬車もない事から移動したのだろうとは予測できたが状況がまったくわからない二人である。


「こりゃあどうなってるんだ?」


「さあね。何か残されてないか手分けして探そう」


 先日からいささか険悪な雰囲気は取れておらずブンギは頭を掻きながらため息をつく。


「……そうだな。俺はあっちのテントから見ていくよ……ん?」


 そんな時に奥のテントからハバラキが険しい表情を浮かべて歩いてくる。なにやら良くない状況が予想され二人は顔を見合わせてた。


「ハバラキさん何かあったんですか?」


「ああ、メモが残されていた。どうやらインビジブルジャイアントは二日前に発見されてたようだな。だが急行した偵察本隊は今朝方に壊滅したようだ……。どうやら飛べる個体らしい。逆に見つかってこっちに逃げ込もうとした奴がいたらしく念のために避難したんだと」


 実はインビジブルジャイアントは偵察本隊のキャンプ地へ逃げようとしていた一人を殺害した時にはキャンプ地を見つけていた。だが既に避難済みだったキャンプ地は一切の人はおらずモンスターは興味を示さなかった。おかげで無事にすんだキャンプ地だった。


「か、壊滅ですか!?それではまた偵察もやり直しですか?」


 一刻も早くインビジブルジャイアントを討伐して浅葱村を復興したいシオンはまた討伐が遅れてしまう事を一番に懸念していた。


「わからん。壊滅と言ったが、全滅したとは思えん。恐らく残った人員で体制を再構築しているだろう。俺は岩山方面にこのまま向かう。合流できるかもしれんし、最悪は倒された偵察隊のもっている通信機が手に入れば十分動けるはずだからな」


 そう言って細かい状況は勝手に確認しろとメモの書かれた紙をブンギに渡して立ち去ろうとする。


「ならアタシもいくよ!このまま黙ってる訳にはいかないからね!いいだろっ?」


 ハバラキは余り乗り気はではない。当然だが偵察本隊が壊滅したのはインビジブルジャイアントに見つかって逃げ切れなかったからだ。隠密性が最重要で余計に人を連れていくのは悪手だった。特に実力もわからない相手ならなおさらだろう。


「あー。あれだ、仮に通信機が手に入っても一個くらいだろう。人数連れて行っても見つかるリスクが上がるだけだ。今回は俺一人でいく」


「はあ!?黙って見てろっていうのかい!」


「いやいや、そうじゃあないだろう?お前に出来る事は偵察だけか?都市の方では討伐隊も組まれてるんだ。そっちに合流すりゃあいい」


 ブンギはメモに目を通していた。ハバラキが伝えていない情報があった事に気が付く。メモにはインビジブルジャイアントは赤い色が見えないという弱点を抱えているらしい。ただし検証が必要だとも但し書きがあり、だからこそハバラキは伝えなかったのだろう。またタイカが重症を負ったとも書かれており表情は険しくなる。


「いや、シオン。俺達は都市に戻ろう」


「なにいッ!」


 激昂するシオンを宥めながらメモを手渡して理由を説明する。


「赤い色が見えない可能性があるらしい。だとしたら討伐隊はそれを利用すんだろ。迷宮内で取れる辰砂が大量に必要になるかもしれねぇ。俺達はそっちを手伝った方がいい」


 メモを見ながらシオンは唸っており、そこへ情報を追加して畳かけに行く。


「それに偵察を引き継ぐ人員は追加で送ってるだろ。そいつらにはその対策を持たせてるはずだ。それで効果があるのか検証もするはずだ。だから戻って迷宮で辰砂を取りに行くか討伐隊に合流した方が力になれる!」


 シオンも頭では理解出来ているものの感情が今すぐに出来る事をしたいと訴えていた。そんな様子を察してハバラキは別方向からの説得に切り替えることにした。


「俺のランクは今三級でな。二級の試験を受けるために三国巡礼の義務をしてるとこなんだが、それでいろんな国を見て回った」


 突然なんだと胡乱な視線を向ける。三国巡礼は二級冒険者になるために必要な試練の一つだ。各国の冒険者協会支部に足を運んでいろんな国や文化にふれ、そこで問題なく任務を実行できる事を示す必要があった。だからそんな自分にとっては足手まといだとでも言いたいのだろうか。


「その中でも十年前の四帝会戦で敗れたロートリー帝国は酷かった。貧困は当たり前でどいつもこいつも死んだような目をしてたぜ。いま都市に押し寄せてる難民なんてまだほっといても大丈夫だ」


 なにもハバラキは避難民の現状だけを見て評したわけではなく、領内の蓄えや規律など環境まで含めての判断だ。ハバラキの見てきた中で特にひどい地域では民がその日食べるのにも苦労していた。そんな状況で生き抜くために民達は騙し奪い、あらゆる法の抜け道をついて糧を得ようとした。取り締まる側はそれらに対しての規制を強化して取り締まっていく。その結果、もっとも割を食ったのはまじめに働いていた民だった。生きていくために最低限必要な娯楽や仕事まで法律に触れるようになり、いよいよ貧しく生きる気力すら奪われていった。その結果、その土地には何もなくなった。


 赤森領の領主は幸い聡明だ。今のところ強い規制もなく支援も施しをするのでなく簡単な仕事に対価を支払う様にしており、ロートリー帝国の同じ轍を踏む可能性は低いだろう。それだけでも避難民達は恵まれていると感じるハバラキだ。


 だが、シオンにはそこまで分からない。頭に血が上って思わず殴りかかろうとするも直前に気付いたブンギが腕を押さえて止めに入った。


「待て待てっ!ちょっと待て!」


「おい!離せよっ!」


 シオンは振りほどこうとして暴れるが、ハバラキはそんな様子になんら構う事なく淡々と続けていく。


「けどよ、この状況が長引けばそんな事も言ってられねえ。だからここで絶対にヤツを仕留めなきゃならねえんだ。私情は抑えてお前達も歯車になれよ」


 ある意味では自己満足の為に偵察に付いて行こうとしている自覚があったシオンはそれを明確に指摘されて狼狽える。自分のやろうとしている事はやはり足を引っ張るだけの行為なのだろうかと頭をよぎってしまった。そのせいだろうか随分と気勢がそがれている。


 ハバラキはそんなシオンの様子をしっかりと確認し、これで一人で向かっても最悪付いて来ることはないだろうほくそ笑む。


「そういう訳だ。じゃあ俺はいくぜ。お前らは別の方法で貢献しろ」


 そのまま片手をあげて別れの挨拶をしながら振り返ることもなく岩山の方へ走っていった。取り残されたブンギはたまったものじゃなかった。これでは火山に無理やり蓋をしただけでいつ爆発するかも分からない、その上より盛大に爆発するのは目に見えていた。


「ほ、ほらっ!ここで突っ立ててもインビジブルジャイアントは倒せねえ。まずは都市に戻って出来る事をこなそう!」


 シオンは歯を食いしばっておりブンギに掴まれている腕も未だに怒りか自己嫌悪によって震えていた。



 岩山に向かったハバラキは身体強化をギリギリまで高めて高速移動をしている。道中に偵察本隊メンバーの死体があればそこから通信機を得られる可能性があったので明るいうち距離を稼ぎたかった。そんな狙い通りに一時間ほど移動した辺りで人とケレンケンの死体を発見した。


 軍馬にも利用されるケレンケンの健脚はハバラキも当然知っており、魔獣の特性を生かした身体強化で馬より遥かに高い機動力とスタミナを持っていた。


(随分と岩山に近いな。ケレンケンでもこの程度しか逃げられなかったのか。しかも進行方向に向かって潰されてやがるって事は確実にケレンケンより大分速い……)


 死体を漁っていると直ぐに通信機が見つかったのですぐさま連絡をいれる。


「こちら偵察隊のハバラキだ。中継地から岩山に向かっている途中で偵察本隊の死体を発見した。状況を教えてくれ」


 どうやら直前までメンバー間で通信していたらしく応答を返したのは本部ではなく同じ偵察本隊のメンバーだった。


『こちら3番だ。インビジブルジャイアントは今岩山の山頂に戻ってきている。どうやらそこがお気に入りのようだ。こっちに来れるか?』


「大丈夫だが見つかったりしないか?安全な距離を知りたい」


『山頂に登っていかなければ大丈夫だ。他の奴らはそれで見つかった』


 3番はケレンケンをモエハに貸してしまった為、山頂付近での調査から外されていた。七合辺りまで登った辺りでインビジブルジャイアントに発見された偵察本隊は直ぐに倒されてしまった。また山頂への偵察から外された他のメンバーもモンスターが暴れている気配を敏感に感じ取ったケレンケンが暴れだし次々と発見され襲われて行ってしまった。結果的に隠れてやり過ごすことが出来てたのは3番だけだった。


「……そうか。すぐに向かう」


 通信を切って小さな声でつぶやく。


「はぁー。安請け合いするんじゃなかったぜ。こんなきつい仕事になるなんてよお。……まぁやるか」


 実はハバラキは密かに異常事態が発生した際の予備兵力として動く依頼を請け負っていた。調査隊メンバーの中で頭一つどころかそれ以上に飛び抜けている実力とランクを持っていたのはその為だ。だが対象モンスターの脅威度が予想以上に高く割に合わないと嘆いた。



 ブンギ達はハバラキに手渡されたメモ紙をまだ未帰還のメンバーの為にキャンプ地に去った。二人は急いで帰還するも迷宮都市ラビリンスに到着したのは翌日の日が沈んだ頃になってしまった。そのまま報告の為に冒険者協会へ行くと既に帰還していたソウチョウが受付にいた。


「おかえりなさい。まずはご無事で何よりです」


 心底安堵した表情でソウチョウはブンギ達の無事を喜んだ。状況的に仕方なかったとはいえ彼ら偵察隊メンバーを置いて中継地のキャンプから帰還していた為ずっと気がかりでいた。


「ああ、そっちもな。……で、状況はどうなってんだ?」


「メモはご覧になられていますか?」


「ああ」


「今は赤い布で姿を隠せるか確認するために調査隊を送っています。並行して迷宮内の赤壁地区から辰砂の確保を緊急依頼にしています。お二人にも明日からは緊急依頼をお願いしたいです」


「任せときな!どの程度の量が必要なんだ?」


 任務から帰還したばかりで二人はひどく疲れていたがシオンの方はまだやる気に満ちているようで直ぐにでも採掘しに行きそうな勢いを見せている。迷宮内は異次元になっているようで外の時間とは連動していない。その為、日が暮れてからも迷宮に入る冒険者はそれなりにいるのだが疲労困憊の二人をそのまま向かわせるのは危険だろう。


「ははは。今日でかなりの量が集まっていますので今日は休んでください。先ほどタイカさんも採掘から帰ってきて今は迷宮ギルドの方にいってますよ」


「お?そうなのか。意外と元気そうだな!」


 メモには重症と書かれていたがどうやら迷宮に入れる位に回復しているようで随分と大げさに書いたものだとソウチョウに向かってイタズラに引っかかった子供の様な顔を向ける。


「……幸いモエさんが治療薬を持っていたので何とか……。あとは中継地で造血薬を打ったので何とか持ち直しました」


 実際には瀕死の状態であったらしくそれを聞いてシオンも驚く。ソウチョウに詳しく聞くとかなりの大立ち回りをしていたらしくその過程で弱点の発見に至ったようだ。この任務に声をかけた時にはそこまでの期待はしていなかったシオンだが想像以上の成果とまた怪我に複雑な表情を浮かべる。


「そんな酷かったのか……」


「ですからお二人も--」


 ソウチョウが言いかけるも何かを発見したようで視線を他所へ向ける。それに気付いて視線を追うとこちらへ向かって歩いてくるタイカがいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=oncont_access.php?citi_cont_id=660555480&size=88
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ