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這い寄る神の異世界転生観察  作者: がくひ
第一章 不可視の巨人
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015 帰還命令

「まずいですね。ケレンケンに騎乗してまっすぐこちらに向かっているなら二時間は掛からないでしょう。ですが、インビジブルジャイアントから逃げ切れると思いますか?」


「無理……だと思います。先ほどの3番の方にケレンケンをお借りした際に聞きましたがケレンケンでも逃げ切れないと……」


 三人ともそれぞれ悲痛な表情を浮かべる。何人が無事に戻ってこれるか、またケレンケンを貸してもらったタイカとモエハはどうか無事に帰還してほしいと願わずにいられない。


「上空からだとキャンプ地が見える可能性があります。モンスターって全般的に生物を襲う本能が強いですから。そのままここを襲う可能性は十分にあると思います」


「そうですね。我々は先に帰還しましょう」


 当然のように言うソウチョウにモエハが驚きの声を上げる。


「えっ!あの、他のメンバーはどうするんでしょうか?」


「他の調査地域にはインビジブルジャイアントは居りません。順当に調査して戻ってくるなら今日の夕方以降になるはずです。その時間なら鉢合わせする事はないでしょう。現在の状況と指示を書いたメモを残して行けば彼ら冒険者達ならうまくやるでしょう」


 今は朝食前の時間帯なので大分時間差がある。仮にインビジブルジャイアントがここに留まったとしても討伐隊を受け入れ可能な広いキャンプ地であるため見晴らしもよく遠目からもインビジブルジャイアントの巨体はすぐに見える事だろう。うっかり鉢合わせする冒険者達ではないはずだ。


「物資はそのまま残して医者などの人員だけでも先に避難させませんか?」


 冒険者が戻ってきた場合に怪我を負っている可能性は皆無ではない。実際に大けがして戻ってきたタイカである。同じように怪我をして戻ってきたら冒険者がいた場合、ようやくたどり着いたキャンプ地に物資が何も無くもぬけの殻だったらさぞ絶望する事だろう。せめて医療物資や食料などは残して欲しいと思う。


 ソウチョウのほうでも異論はないのですぐに実行に移される。


「では私はこの事を伝えてすぐに出発できる準備を整えます。あなた達も準備だけはしておいて下さい」


 そう言ってソウチョウはテントから出ていく。タイカは準備しようにも着の身着のまま参加した今回の任務なので特に準備するものはほとんど無い。刀と符術の媒体くらいだろうか。その頼みの符術の媒体は既に火波一枚を残すのみという寂しい状況となっている。これまで何度もタイカの命を救ってくれた符術であるからこいつも存分に役に立ってくれるだろうと大事にしまう。


 そんな準備をしているとモエハが刀を失っていた事に思い至る。


「そういえばモエは刀無くしただろう?医者達と一緒に先に避難した方がいいんじゃないか?」


「いえっ、そうはいきません!それに万象理合流は無手の技もあるのですから残りますよ!」


 握りしめた拳を上下させつつやる気をアピールしているモエハであるが素手でインビジブルジャイアントをどうにか出来るとは思えない。とはいえタイカ自身もインビジブルジャイアントと戦闘するような自殺行為をする気はなかった。仮に帰還しないと判断された場合は離れた場所にある雑木林などに隠れてやり過ごすだけだろうと思われたので無理に帰還しろとも言えなかった。


「戦闘になった時点でこっちの負けだよ。偵察なら少人数でも問題はないんだ」


「それならアイツが見えない赤色の装備をしている私の方が有利になりますね!」


 そう言われてしまうとインビジブルジャイアントの弱点を指摘した身としては上手い反論が出てこずにしょっぱい顔になってしまうタイカだった。


「……うん。でも危険な事はなしだぞ」


「ええ!」


 いつでも出発出来るように準備を整えると朝食の準備を始めていた。その位の時間はあったし帰還するにせよ残るにせよ腹が減っていては十分な力は出せないだろう。なので日持ちのしない食材をふんだんに使っての調理である。そんなささいな贅沢にウキウキしていると一台の馬車に医師達が慌てて乗り込んでく姿があった。看護婦や通信機の技師も併せて四名ほどだろうか意外と多くいたんだなと思っているとあっというまに出発していってしまった。


 一段落したのだろうソウチョウがこちらへやってくる。意外と豪勢な朝食に軽く目を開くも特に何も言わなかった。


「私もご相伴に預かってもよろしいですか?」


「もちろんですよ。それで俺達はどうします?」


「食事をとったら馬やケレンケンを連れて何処かに潜みましょう。その後は本部からの指示次第ですね」


 タイカはおやっと頭を傾げる。そんなの居たかなと記憶を探るが出てこない。


「ケレンケン?」


「ああ、タイカさんは気絶していたので知らなかったですね。軍馬に使われている恐鳥類なのですが、岩山からの帰りに偵察本隊の方から借りてきたんですよ」


 鳥なのに軍馬なんだなとどうでもいい事を考えているのは意識が頭より腹にいっているからだろう。


「へえ、聞いたことはあるけど俺の居た所にはいなかったな」


「直ぐにお目見えできますよ」


「タイカさんは何処出身なのですか?」


 赤森領では魔獣被害が多いため領軍の軍馬にケレンケンはよく使われており周辺の村でも目にする機会は多くあった。タイカの会話からどうやらこの辺りの出身ではないのだろうと思っての何気ない問いだ。


 タイカは追放された実家を名乗る訳にもいかない。失敗したなと思いつつも表情には出さずに直ぐにバレそうな事から語る。


「ああ、日波領から来たんだ。ブンギともそこで会ったんだよ」


「へえ!」


「何でも青川家ご子息の魔力検査の為に御者をやってたって言ってたよ」


「……そうだったのですね」


 何やらテンションが落ちたご様子である。青川の名前が出た辺りだろうか。ブンギもかなりストレスを貯めていた様子の青川家ご子息なので、この辺りでも悪い評判が広まっているのだろうか。そう思ってソウチョウの顔を伺うも特に表情は読めなかった。タイカは心に留めつつもこの時にはどこか他人事のように聞いていた。


 食事が終わるとさっそく雑木林に隠れるために移動しようしたタイミングで本部から通信機に連絡が掛かってきた。


『そちらにインビジブルジャイアントを発見した冒険者達はいるかね』


「はい。今一緒におります」


『そうか。至急帰還して本部に出頭するように』


「は、はい。了解しました」


 どうやら我々も帰還する事になったが急ぎの様子であった。報告すべき事は全て伝えたはずだがなんだろうかと考えるが、伝言ゲームのような報告ではなく直接質問して聞きたい事があるのだろうと自分を納得させる。


「それではタイカさん達はケレンケンに騎乗して至急帰還して下さい。私は残りの馬車で後を追います」


 急ぎの帰還命令なのでタイカとモエハはケレンケンでの移動となった。


 また、他の合流していない偵察メンバーの事を考えれば馬車は置いていった方が良いのかもしれないがキャンプ地に放置してはインビジブルジャイアントに見つかる可能性があり襲われてしまうだろう。置いていく訳にはいかなかったのでソウチョウは一人で馬車となった。


「はい」


「は、はいっ!了解しました!」


 モエハが少し上ずった声で返事をした。


「馬は乗った事あるけどそのケレンケンって操作は同じ?」


「あ、はい!基本同じですね。軍用なので戦闘用の命令もいくつかありますが普通に走らせる分には無視して頂いて大丈夫です」


「そうか」


 それならば大丈夫だろうと安心して厩舎の方へ歩き出した。モエハが後ろからついてくる。そして厩舎の前までくるとタイカはテンションが上がった。


『これって某究極ファンタジーゲームの鳥じゃん!!』


『む?なんなんだそれ?』


『あ、ああ。なんでもないちょっと好きな創作物に出てきた鳥に似てたから』


 なんだかんだでやはり乗り物にはロマンがあるのだろう。転生前好きだったゲームの乗り物に似た生き物に騎乗出来ると分かって思わず顔がほころぶ。だがそんなタイカの様子にモエハは気付いていなかった。


「そ、その、ケレンケンは一頭しかいないので相乗りになるんですがどうしましょう?」


「えっ?そうか。岩山から帰還する時はどうしたんだ?」


「ええと、……私の後ろにタイカさんを縛り付けてきました」


 俯きながら言いずらそうにしている。なるほど、モエハも年頃の女の子だ。騎乗中に同年代の男が背後からしがみ付いていたらそりゃ嫌だろう。だとしたら大分迷惑を掛けてしまっていたようだ。


「なら今度は俺が前で騎乗するからモエは後ろに捕まっててくれ」


「はいっ!よ、よろしくお願いします!」


 安堵からか快活な返事が帰ってくる。この提案はどうやら正解だったようだ。


 早速ケレンケンに跨りモエハを促すとひょいと慣れた様子で背後に乗り込んだのを確認する。軍馬として使われていて健脚でも有名なケレンケンであるらしく当然振り落とされない為だろう背後からギュッとしがみ付いてきた。



 ケレンケンを疾走させてすぐに前を走っていた医師達の乗った馬車が見えてくる。すごいスピードだ。始めはすこし怖かったが良く命令を聞き安定した走りをみせるケレンケンに安心感を覚え徐々にスピードを上げていく。とはいえ手綱を離すのは怖かったので医師達に挨拶はしないでそのまま追い越して走り続ける。


 おそらく乗り心地は最悪なのだろう。操縦している本人は操舵と軍馬の動きがシンクロしているので振動や慣性を最小限にいなせるが同乗者はそうはいかない。振動に耐えながら旋回や加減速で体が前後左右に翻弄される度に場当たり的な対処が要求されるのだ。その度に必死に耐えるようなか細い声と緊張が背中越しに伝わってきていた。


 しばらくすると迷宮都市ラビリンスが見えてくる。


「おおーーい!もうすぐ着くぞッ!!」


 後ろでしがみ付いているモエハに大声で伝えるも反応は帰ってこない。これだけのスピードなので風切り音や足音がかなり大きいし振動もある為か聞こえなかったのだろう。あるいはスピードを出し過ぎていたから恐怖を感じているのだろうか。操作の腕もおぼつかないヤツの騎乗に身を委ねるのはたしかに怖い思う。


 だが今は急ぎなのでそのまま駆け続け迷宮都市ラビリンスの城門に並ぶ人の列を追い越していく。すごい勢いで駆け付けた為か衛兵に緊張がはしり武器に手をかけて二人ほどが前に出てきた。タイカがその前方で静止させるためにケレンケンに急ブレーキを掛けた事で一際大きな加重が二人を襲った。


「偵察任務に出ていた冒険者のタイカとモエです。報告のために至急本部へ来るようにと命令を受けています!」


「聞いている!冒険者カードを見せてもらえるか?」


「えっ?ああ、任務前に登録したのでまだもらっていないのですが?」


「少し待て!」


 衛兵は直ぐに城門で待機していた冒険者協会の職員へ確認しにいく。どうやら問題ないようだった。


「ケレンケンはこちらで預かるから歩きで赤森家へ出頭するように」


「冒険者協会じゃないんですか?」


「そう聞いている」


 衛兵には細かい事情までは伝わっていないのだろう。


 下馬しようとモエハを伺うと最後の急ブレーキが特に辛かったようで大きく緊張したことは伝わっていた。未だ背後にしがみ付いて荒い呼吸を繰り返している。


「モエ。もう着いたよ。降りよう」


「…………えっ!?は、はいっ!」


 ずっとしがみ付いていた腕はプルプルと震えており消耗具合が伺える。モエハはゆっくりとタイカから手を放してケレンケンからよろけながら降りていく。タイカも下馬するも長時間の騎乗で普段使わない脚の筋肉を酷使したせいか着地した途端によろめいてしまう。騎乗中はアドレナリンが出ていた為かかなり消耗していた事に今更気付いた。


「おっと……、行こうか」


 ふらつく脚を押さえつけて一歩踏み出す。


「はあはあ、はい……」


 モエハも大分消耗しているようで呼吸を乱しながらもヨロヨロと後ろを付いてくる。


「……少し休んでから行こうか?」


「い、いえ!大丈夫ですから!いきましょう!」


 あまりの様子に気遣うも先に行ってしまう。赤森家の場所はモエハが知っているようで案内してもらうと一際大きな屋敷の前にたどり着いた。月模家の屋敷もそれなりに大きいが、これは比較にならない。高さはそれほどではないが横や奥行きが相当ありそうだった。さすがは五家老の一つだなと関心する。


 しかし赤森家に近づくにつれてモエハは困ったような顔をして大人しくなっていく。今はもう一言もしゃべっていない。元は貴族だったタイカはあまり気にしていないが普通の人だとやはり貴族……それも五家老の屋敷は緊張するのだろう。タイカの目から見てもモエハの普段の振る舞いは貴族相手にも失礼になるようなものではなかった。だから大丈夫だと声をかけたいがそれをすると何で分かるのだと聞かれてしまうと困ってしまう為ぐっと堪えて飲み込んだ。


 呼び鈴を鳴らすと直ぐに執事がやってきて案内をしてくれた。応接室に入るとタイカの感覚としては和洋折衷の様に映る。月模家や外の街並みでも感じていたのだがやはり日本に似てはいるが別物な文化なのだろう。ダークウォルナットのフローリングに黒の落ち着いた革張りのソファが置かれており、また飾られているインテリアは派手さはないが統一されたデザインで高い上質感を感じる部屋になっていた。


 そんな部屋の様子に関心しながら出されたお茶をすすると飲みやすい温度にされており、つい一気に飲み干してしまう。ほっと一息ついて湯呑みをそっと戻すと、同時にトドロキが入室してきた。トドロキはタイカとその横に座るモエハに目を向けると安堵の表情を浮かべた。


 タイカは急いで立ち上がり一礼した。


(あれ?あまりピリピリしていないな。急ぎで呼び出されたからもっと切羽詰まってるとおもってたけど……)


「では早速報告を聞こう」


 モエハは視線が定まっておらずいよいよもって様子がおかしかったのでタイカから説明を始める。


「はい。それでは俺から説明します。----」


 これまでの経緯を説明していくが、途中で質問などは一切入ってこなかったのですぐに顛末を語り終えてしまった。


「よくわかった。ご苦労だったな。それから弱点の発見についてはよくやってくれた!」


 トドロキは本心から労いの言葉をかける。その情報がなければ非常に厳しい戦いに臨まなければならなかった。だが弱点をつければ勝率は随分と上がるだろう。


「いえ、ありがとう御座います」


「うむ。では君達も疲れているだろう。協会へ帰還した事を伝えたら本日は自宅・・に帰ってよく休むように」


 少し大仰にそういうトドロキだ。


「えっ?」


 目を丸くして驚く。質疑などもなく拍子抜けするほどあっさりと終わった報告会に本当にこれでよかったのかと疑問に思うがまさかトドロキに確認することも出来ない。直ぐにトドロキは退室していったのでタイカ達もお暇しようと腰を上げた。


「協会に報告して帰ろうぜ」


「……そうですね」


 その後は協会へ出向いて同様の報告をしたら報酬を手渡されて本日は解散となった。その際に協会からはこの数日間は毎日協会へ足を運ぶように言われた。


「なぁ、本当に大丈夫か?都市についてからずっと調子悪そうだけど」


「ええ、すみません。ちょっと、疲れているだけですので大丈夫です!」


 空元気なのは明らかだったが疲労具合を慮ればおかしくは無かった。気になる気配はあったものの、まさか都市内で大事にはならないだろうとモエハとはそこで分かれることにしたが、帰宅するその足取りは非常に重くみえた。


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