014 偵察任務3
モエハは自身のバッグを枕替わりにして気絶したタイカを横に寝かした。既に出来る処置はないため回復を待つばかりであったが出血量を考えると早急に治療できる場所へ運ぶ必要を感じていた。だがモエハの体格ではタイカを背負って行くのは無理があり目を覚ますのを祈る事しか出来なかった。
せめてビーコン頼りにこちらへ向かっていると思われる偵察本隊にいち早く引き継いで救出部隊を贈ってもらえるよう懇願するつもりでいた。そんな風に考えていた為かこちらへ近づいてくる獣の足音にいち早く気付いたモエハは緊張する。既に夜の帳が下りていて視認性が悪く何が近づいているのか確認出来ない。そっとタイカを庇うような位置取りをしていつでも刀を抜けるように身構える。
すると近づくにつれその全貌が見えてきた。それは恐鳥類のケレンケンに乗った冒険者だった。
ケレンケンは恐鳥類で飛ぶことが出来ないものの馬以上の健脚を誇る鳥の一種だ。体長は3メートル以上もあり、頭だけでも1メートル近くある。野生のケレンケンは雑食で狩りも積極的に行い、またかぎ爪や嘴は非常に大きく性格は獰猛だった。もしタイカが見ていたならば某究極ファンタジーゲームの鳥じゃんと思った事だろう。
そんな事からケレンケンは主に軍用として卵から専門の飼育員が育てる必要があり非常に高価で数も少ない。そんな軍馬であるケレンケンを持ち出している事からも本気具合が伺えた。
モエハはほっと胸をなでおろして両手を振りながら抑えた声で呼びかける。
「こちらです!」
それに気付いた男は近寄りながら通信機を取り出してどこかへ報告をする。目の前まで来るとケレンケンの威圧感に息をのんだ。
「こちら3番。発見した。これから確認する」
通信機をしまってモエハ達の前までくる。そのケレンケンは軍用に育てられた成獣で
「お前達がインビジブルジャイアントを発見した冒険者であっているな?報告をしろ」
「は、はい!この岩山の山頂でインビジブルジャイアントと思しき個体を発見しました。体高は30メートル程の白い巨人のようですが腕が鳥の羽のようになっていて空を飛びます!あとは足にかぎ爪を持っていて主にそれで攻撃をしていました」
あらかじめ整理していたのでスムーズに言葉が出てくる。はやく引き継いで救助をお願いしたいモエハだ。
「飛ぶのか!?……そうか、それでか」
「あ、あの連れがそのインビジブルジャイアントにやられて怪我が酷いんです。救助をお願い出来ないでしょうか?」
「ちょっと待て。3番だ。確認をしたどうやらインビジブルジャイアントで合ってるようだ。特徴も併せて報告するがどうやら--」
冒険者は通信機から本部へインビジブルジャイアントの情報を報告している。そこから本部の方で慌てている声が通信機から漏れ聞こえてくる。しばらくは本部から指示は出そうになかった。冒険者は倒れているタイカを見る。止血はされているが状態が良さそうに見えなかった。次にモエハの方に視線を移し……何かに気付くそぶりを見せた。
「お前、名前は……?」
「わ、私ですか?……モエです」
それを聞いて3番は得心した。
(おいおい、やっぱりモエハお嬢さんじゃねえか!たしかにお嬢さんの性格を考えれば無茶する可能性はあるか……!?チッ……どうすっかなあ)
3番と呼ばれている人物は黄海ヰ《きうい》マサルといい赤森家の寄り子の貴族に連なる人物だった。当然だがモエハの事も知っていたが、モエハは気が動転しているのか闇夜で顔を確認できない為かマサルに気付いた様子はなかった。
マサルの知るモエハという人物は少々お転婆な所はあるものの領内の事に興味を持って接する事が出来る人物だ。その為か領内の運営に関わる人物に対しても老若男女関わらずとりあえずは接してみる、といった行動を取っているように記憶していた。そんな事もあり周囲からの評価は高く、とりわけ同世代の少年達から人気を得ているように感じていた。この少年もそんなモエハに好意を抱く貴族の子弟の一人だろうかと考えるもまったく見覚えのない顔である。
二人の顔を交互に眺めながら思案する。このままモエハをここに残していく事は出来ない。だが自分がキャンプ地まで送ることも任務を放棄することになってしまう。
「おい、お前は騎乗できるか?」
当然モエハが騎乗出来る事も知っていたが知らないふりをして確認する。
「え、ええ。出来ますが」
突然の質問にモエハは驚く。
「ならその冒険者とコイツに乗って中継地キャンプへ戻れ。落ちないように俺が背中に括りつけてやる」
「よろしいんですか!?」
モエハとしては願ったり叶ったりな申し出ではあるが大丈夫なのだろうかと思わずにいられない。とはいえマサルとしてはその手しか残されてはいなかったしケレンケンなしでも任務をこなす自身はあった。
「かまわねえ。こちらはヤツが飛べる事を想定していなかった。飛んで襲われればいくら健脚なケレンケンでも逃げるのは不可能だろう。それに隠密行動するなら気性の荒いケレンケンは邪魔だ。ならお前達がコイツで中継地まで戻った方がいいだろう。既にこの岩山は我々で囲んでいるからヤツが出てきても他のメンバーで追えるしな」
「ありがとう御座います!」
ケレンケンから降りた冒険者はモエハの背中にタイカをロープで縛り付けていく。そのまま背中を持ち上げながらモエハをケレンケンに騎乗させた。
「それではこれより帰還します。ご健闘を!」
「ああ、いけ」
そのままモエハはケレンケンを走らせた。夜の移動なので時間がかかってしまい中継地のキャンプまでたどり着いた時には深夜になっていた。
キャンプに到着するとすぐさまソウチョウのいるテントに駆け込み事情を説明する。
キャンプ地には先行して到着していた医師や補給物資があったおかげでタイカの治療はスムーズに行われた。
今は造血剤を打ってテントの一つで静かに眠っている。そんな様子を見てモエハはようやく落ち着きを取り戻すと同時に、今度は疲労から急激に眠気に襲われた。
「ふぅ……もう、大丈夫ですね……」
そしてそのまま眠りに落ちていった。
◆
タイカは夢を見ていた。なぜ夢だと気付いたかといえば転生前に訪れた異次元の空間にいたからだ。相変わらず周りには何もなく闇に包まれている。その空間にあの巨大な肉の塊が居ないのは自分がそれを見たくないと強く思っていることが反映された結果なのだろうか。
体は相変わらずなくて魂のようなもので漂っている。移動することはおろか動く事さえ出来ない。
「はーーー。つまらん、つまらん!」
声が聞こえる方に意識を向けると黒い男が嘆いている。見るのではなかったと後悔するも既に遅く、その黒い男から溢れ出してくるような禍々しさに魂の底から震える。だが、こちらには気付いていないのか明後日の方向を見ながらブツブツ言っている。
「期待していたのに未だ初歩すら踏み出せていない……。これでは何時になるやら。途中で手を加えるのは癪ですし……。やはり同じ愚かな人間ならとびきり馬鹿な方が面白いですねぇ」
なぜかガッカリしている。自分の事だろうかと疑問に思うも声にはならない。
「副王の奴もなにやら怪しいし、そちらにちょっかいでも出してみますかねぇ」
そういうと転生時にも見た模様のついた渦巻が黒い男を包んで消えた。
そして今のタイカには今見た模様のついた渦巻になぜか親しみを感じていた。それがどこからくる感情なのか探しているうちに意識が薄れて消えた。
◆
目が覚めたタイカはぼんやりとした頭で何か夢を見ていたような気がして頭をひねる。恐ろしいような安心するようなそんな感情だけが残っているが朧げでどうにも思い出せない。次第に頭が覚醒してくると心地よい芳香に気が付く。その出所を探るとすぐに見つかった。タイカのすぐ横でモエハがスヤスヤと眠っており寝返りをうったのかタイカの肩の辺りで小さな顔を埋めるようにしている。まぁ相変わらず頭巾を被っているので顔は見えていないのだが。
テントが足りていなかったんだろうか、まさか同衾していると思わない。さすがに不用心だろと不安になって起こそうとするが--
「つッ……!」
激痛が走った。そういえば怪我してたなと思い出して胸の傷を確認するときちんとした治療を受けたのか包帯がしっかりと巻かれていた。逃げる時に無茶をして傷口が開いたのは憶えているが結構な重症だったりしたのだろうか。また視線を少し下げれば腹の上で居眠りしているクンマーを見つけてしまう--が特に気にすることなく体を起こしモエハの肩をゆすった。
「おおーい……。おきろ」
腹から転げ落ちたクンマーは兎も角、モエハは目を覚ます。
「……うぅん…………」
目を擦りながらゆっくりと起き上がりしばらくぼーとしていたが次第に状況を把握したのか慌て始める。
「……えっ、ああの!おはよう御座います!」
「あ、ああ、おはよう。目が覚めたら隣に寝てたからビックリしたよ」
「す、すいません。気が付いたら眠ってしまって……」
恐らくはあの後いろいろあって大変だったのだろう。自分が今ここにいる経緯もよくわかっていない。多分に迷惑をかけた結果こうなってしまったのだろう。
「いや、治療もされてたし世話になったみたいでありがとうな。……それで、あの後どうなったんだ?」
「え、ええ、はい。偵察本隊が駆けつけてくれたので引継ぎを行った後に彼らが乗っていた軍馬を貸してもらえて、それで帰還出来たんです」
「そうか……。なら俺達の仕事は終わりって事になるのか?」
本調子ではなかった事に加えて起き抜けだったからか、あるいはモエハとの同衾に動揺したからかタイカは勘違いをしていた。インビジブルジャイアントの弱点を共有したと思い込んでいたが、それを伝えたのはクンマーでありモエハではなかった。当然ながらクンマーはタイカ以外と会話する事は出来ないので偵察本隊にもその情報は伝わっていなかった。もっとも偵察本隊に伝わっていた所ですぐに赤い羽織を用意出来るわけでもない為、この後に起こる惨事を回避することは出来なかっただろう……。
「はい。そうなりますね。ただ他の冒険者達には情報が伝わっていないので明日迄は戻ってこないと思いますので、それまではこちらで待機になると思います」
「そうか……。まぁまだ動けないからしばらく休むさ」
「ふふ、そうですね。医者からは安静にって言付かっておりますので寝ていて下さいね。……お食事はこれから貰ってきますね」
そういってテントから出ていく。
『……めし?』
代わりに朝食を察したクンマーがのそのそと起きだした。
『おまえ食べる必要ないのに食い意地はってるのは何でなんだ……』
『契約しないと食べられないからね、味を楽しんでるんだよー。妖精はみんなそんな感じで契約しちゃうんだー』
『……そう』
そんな妖精事情に特に違和感はなかったのでスルーする。そうしていたらモエハが朝食を運んで来てくれた。どうやら一緒に食べるつもりはないようでタイカの分だけである。
「どうぞ。あと今回の任務成功で特別に今夜一品おまけして頂けること事になりました!なにか食べたいものとかありますか?」
嬉しそうにモエハはそう報告する。
「お酒飲みたい」
即答であった。クンマーはうんうんと頷いているがモエハは頭巾の裏で笑顔を引き攣らせている。
「……えっ!?あ、ああ、まだ傷口が痛みますものね。分かりましたお伝えしてきます!」
「よろしくお願いします」
もちろん鎮痛作用を期待していた一面も多分にあったので否定はしなかった。
◆
赤森家は騒然としていた。
モエハが勉強のために冒険者協会へ視察しに行ったきり戻ってこない為だ。冒険者協会へ問い合わせても要領を得なかった。どうやら協会内へ来たらしい事までは判明しているがその後の足取りがどうにも分からない。少なくとも偵察任務の説明時にはすでに居なくなっていたらしい。協会側でも急ぎの対応であった為かモエハに対するケアが抜け落ちており把握できていなかった。
「どうなっておる!?何処に消えたというのだ!」
トドロキは協会への怒りを隠そうともしない。対応する職員は冷や汗を掻きながらしどろもどろに回答する。
「そ、それが……受付でその、何やら冒険者の推薦を行っていた様なのです。現在都市が実施している、あの浅葱村の雇用対策をと……その後からその、誰も見ていないのです……」
まさかと思って問いただす。
「その冒険者の名前は?」
「こ、こちらです。書類にはモエと記載されて居りました」
頭を押さえながら熟慮する。これはおそらく冒険者モエはモエハ自身なのだろう。そして偵察任務に参加したのではないかと。しかしそれをそのまま冒険者協会へ伝えるわけにはいかなかった。今後の交渉も考えれば協会へ弱みを見せるわけにはいかない。
「……そうか」
随分と怒りを鎮めた様子に職員は安堵した。
「たしかインビジブルジャイアントを発見した冒険者がおったな?」
昨夜の報告には目を通していた。たしかタイカとモエという冒険者がインビジブルジャイアントを発見して中継地キャンプへ戻ってきていたはずだ。ならばモエハは無事なのだろう。
「えっ?……あ、はい」
急な話の展開に一拍反応が遅れる。
「確認したい事があるので至急本部へ出頭するように命令をだしてくれ」
嘘は言っていない。間違いなく確認したい事はあるのだ。
「は、はい!了解しました!」
職員もこれ以上この空間に居たくはなかったので二つ返事で了解した。
◆
そのまま一日テントで安静にしていたタイカは夕食時に摂取した鎮痛作用のおかげもあり快眠することが出来た。偵察任務から三日目の朝にいつものテントで目を覚ます。当然昨夜はモエハとは別々のテントで就寝した為一人である。
高価な治療薬や造血剤のおかげかタイカは大分調子を取り戻していた。そうなってくると頭が働きだしてくる。何かやり残した事があるようなそんな引っかかりが湧いてきた。
『なあクンマー。ここでやり残した事ってなかったかな?』
『あったかなー。忘れたなー』
あまり人間事情に興味のないクンマーはそう答えるもタイカとしては思い出せない気持ちの悪さが残っている。
「んーーーーっ」
「どうされたんですか?」
「っ!?」
考え事に集中していてまったく気付かなかったが目の前にモエハがいた。どうやら声をかけたのだが返事もなく唸り声が聞こえてくるので不思議に思って入ってきたらしい。
「ああ、モエか。いや何かやり忘れてなかったかなって……心当たりない?」
モエハは斜め前にちょこんと座って首を傾げて一緒に考えてくれる。
「……どうでしょう。心当たりはないですが」
やはり気のせいなのだろうかと諦めかけるが--
「ああっ!余り関係ははいのですが、気になっていた事があったのですよ」
「ん?」
「インビジブルジャイアントに襲われていた時って私、気を失っていたじゃないですか。どうやってあの状況から脱出できたんだろうって聞こうと思ってたんですよね!」
顔が引き攣る。今更ながらにクンマーとの会話でしか口に出していなかった事に気が付いた。
「あああ……それだ!やばいちょっと伝えてこないと!本部と連絡を取れるテントってどこだか分かるか!?」
「え?ええ、知っています。案内……いえ、呼んできましょう」
「た、頼む!」
怪我の具合を心配してくれたモエハの提案で偵察部隊の全てをまとめているソウチョウがタイカのテントまでやってきた。どうやら重要な報告があることを察していたのか通信機も持ってきていた。
「それで重要な話があると聞いたのですが?」
「ええ、すいません。伝え漏れていた事があるのを思い出したので。インビジブルジャイアントの弱点に関する事です」
それを聞いたモエハとソウチョウは驚く。かなり重要な情報だった。インビジブルジャイアントを発見したが飛べるという新情報を加味して準備を更新中だ。場合によっては間に合うだろう。
「ほう……!伺いましょう」
「はい。アイツとの戦闘中におかしな動きがあって気付いたんですが、どうも赤い色が見えていないようなんです。俺とモエの間に明らかに優先順位の差を感じたのが切っ掛けです」
ソウチョウはモエハにも確認する。
「そうなのですか?」
「…………たしかにそう取れるような状況はありました。明らかにインビジブルジャイアントはタイカさんを狙っていましたので。ですが、その時は最初に攻撃を受けていたのがタイカさんだったのでそれで敵意を向けているだけと考えていました」
「ふむ。その辺りタイカさんはどうお考えですか?」
その状況ならばあり得る話だった。ソウチョウも現役時代に似たような状況は経験しているのでそれだけでは弱点と断定する訳にはいかない。
「俺も最初はそう思っていました。ですがアイツはモエの攻撃が見えていないかのような態度を見せたんですよ。自分はその時後ろから見ていて気付いたんです。その攻撃の時に刀を弾いたアイツの巨体が掠めてモエは気絶してしまったんですが何故かモエを攻撃することはありませんでした。それ以降も自分に敵意を向けていたので賭けになってしまいますが、モエを背負って真っ直ぐに逃げたんですよ。そうしたらアイツは追ってきませんでした」
ソウチョウはモエハを見る。確かに赤い羽織に赤い頭巾なので本当に赤色が見えていないならば逃げ切れるのも理解できる。
「……なるほど」
「そんな事があったんですね……」
「すぐに報告しましょう」
通信機をその場で起動させて迷宮都市にある冒険者協会に連絡をいれる。すぐにつながり先ほどの話を報告した。討伐隊の作戦本部でも飛翔するインビジブルジャイアントをどうやって討伐するのかについて頭を悩ませていたようでその情報は歓迎された。だが。
『報告ご苦労。だが、その情報を前提に作成を立てるならば事実確認を行う必要があると考える。また、赤い布を準備するにも時間がかかるだろう。時間的にもこの二つは平行して実施しなければならん。もうしばらく中継地を確保するように』
「はい。了解しました。こちらの物資はあと二日分しかありませんので追加で送っておいてください--」
通信機に割り込みで連絡が入ってくる。ソウチョウは冒険者協会に断りを入れて接続先を切り替えるがそこへ悲痛な報告が入る。
『こちら3番ッ!応答してください!』
「ソウチョウです。どうしました?』
『上空からインビジブルジャイアントに襲われ偵察本隊は半壊ッ!ケレンケンに騎乗して一名が中継地のほうへ逃走しました!そいつを追ってヤツも中継地へ進行中!すぐにそこから逃げて下さいッ!」
突然の事体に三人は顔を見合わせた。