013 偵察任務2
荒野を抜けて正午前にようやく岩山までたどり着いたタイカ達はその険しい地形に難を示す。遠目からもある程度困難が分かっていたものの目の前にするとより顕著に感じた。全体的にはゆったりとした傾斜の岩山なのだが、その中から50メートル以上はありそうなほぼ垂直の絶壁の岩の塊がいくつも飛び出している。また、そんな岩山の間も落石なのか大小さまざまな岩がゴロゴロと地面に転がっている。
赤森領を預かる赤森家の一員であるモエハも当然ここの岩山については知識があった。だが聞いてた話と実際にみる地形の差に圧倒されていた。
「すごい、地形ですね」
「なるほど。たしかに身軽な方が移動はしやすそうだけど……」
「……そう、ですね。私も来るのは初めてでしたのでこのような地形だったとは……」
「鳥の魔獣より落石の方が怖そうだな……なるべく崖から離れて移動しよう」
「ええ。そうしましょう!」
ハバラキからの助言を思い出し、上の方に意識を向ける。絶壁を誇る岩山と空ばかりが見えるだけで鳥魔獣がいるのかは分からない。
『なぁクンマー、上から偵察とか出来ないかな?』
『へへ。僕なら出来るよ!ちょっと見てくるね』
あっという間に高度を上げていき見えなくなったが直ぐに戻ってきた。
『岩ばっかりで全然見えなかった。鳥も全然みえねー!あとな地脈からの魔力が多くてモンスターいても近くじゃないとよくわかんねっ!」
『…………仕方ないか、何か気づいたら教えてくれな』
『はーい』
そのまま三時間ほど進むも一向に生物の気配すら感じられなかった。
「何もいないな……鳥の魔獣とか本当にいるのかな」
「ええ。いるはずなのですが、全く見ませんねぇ」
「まぁこんな岩だらけの場所じゃ獲物も少ないだろうし数は多くないのかな?」
「そうなのかもしれませんね……勉強不足が悔やまれます」
「気にするなよ。魔獣が少ない分には問題はないんだからさ」
そんな時に違和感を感じた。徐々に地脈からの魔力が薄くなっている気がするのだ。だが山を登っているので地脈から離れているせいだともいえる。だが、途中までは登っていても地脈からの魔力はむしろ増えているように感じていた。漠然とした根拠のない不安を感じた為もう一度クンマーに周囲の確認を頼んでみる。
『なぁ、魔力が薄くなってきていないか?少し気になるんだ。もう一度上から見てくれないか?』
『んー?ほんとだおかしいね。地脈の魔力溜りは山頂辺りにあったはずなんだ』
てっきり地下にあると思い込んでいたが違ったようだ。ぎょっとして反射的に山頂の方をみるとさっきまで薄かった魔力が急激に上がっていく感覚に襲われた。まずいと思い反射的にモエハの腕をつかみ岩陰に引っ張る。
「きゃっ!?ど、どうしたんですか!」
突然の事にあらゆる状況が頭の中に想起された。その中の一つにはタイカが邪な行為におよぼうとしている可能性も当然入っていた。反射的にタイカを押し退けようとする。だが--。
「しっ!見つかったかもしれない……モエ、ビーコンを用意しておいてくれないか」
タイカは山頂の方へ注意を払っており表情からも危機感が伺えたため、勘違いだったかと恥じいる。いや恥じ入っている場合ではないと考え直しビーコンを取り出して周囲への警戒を強めていく。
『た、たた、タイカ--!でたーっ!モンスターいたよこっち来るよ!!』
クンマーがはっきりと確認したらしく慌てて飛び込んでくる。急いで逃走ルートを頭の中に思い描く。入り組んでて岩山で細くなって巨体では通りずらいルートが理想だ。ある程度まとまり山頂を見るもまだインビジブルジャイアントは見えない。そうこうしているところ。
『ちがうよタイカ!上だよ!』
『えっ?』
ドスンッッ!!
50メートル先の広い場所にそいつは空から降りてきた。人型をした巨人だが全体的にのっぺりとした白いフォルムをしていて足にはかぎ爪がついており、そして最も特徴的なのはその腕が鳥の翼になっていた。
「こいつ……飛べたのか」
「……通りで見つからないはずですね」
……最初にクンマーに空から見てもらった際にハバラキから注意するよう言われていた鳥魔獣の姿も見えないと言っていた。こいつが空から襲っていたかそれを恐れて逃げていた、その可能性を考えるべきだったと後悔するも遅いだろう。まずは生きて逃げ切らなければ次につながらない。
とっとと逃げるべき場面だったが一瞬頭が空っぽになるような恐怖に呆けていた。だが、一瞬早く立ち直ったタイカがモエハの手を引っ張り駆け出す。
「逃げるぞ!ビーコンを起動してくれ!!」
「は、ははいッ!」
全力で走りながらモエハはビーコン起動させて腰袋に戻す。あとは駆けつけてくる予定の部隊と合流すれば任務完了であるがインビジブルジャイアントを引き連れていくわけにもいかない。そんな事をすれば部隊は遠巻きに確認してこちらを見殺しにするだろう。自分達でどうにかしなければならなかった。だがそんな手は思い浮かばなかった。モエハも同じように考えているのだろう握った手が震えていた。
事前に想定していた逃走ルートはインビジブルジャイアントが飛べない前提だ。それが崩れた今そこを通る理由もなく、ひたすら全力で逃げるのが最善に思えた。ビーコンを持つモエハを先頭にしてタイカは少し後ろを走ることにした。何かあれば遠距離魔法の符術をもつタイカが殿を務めたほうがいいと思ったし、インビジブルジャイアントに通じるとは思えないが受け流しで盾役もこなすつもりでいる。
そこへ--<鳥瞰>から真後ろに迫りくるインビジブルジャイアントを見たタイカは走りながら刀に手を添える。5メートル、2メートル--今!
振り向きざまに刀を横薙ぎに振るう。巨大なかぎ爪が間一髪で逸れる流しきれなかった分がタイカの胸を切り裂いた。決して浅くはない傷を負ってタイカは吹っ飛んで地面に転がる。
「がっ……」
「タイカさんっ!」
自分一人で逃げるのを良しとしなかったモエハは刀を抜いてタイカの前に身を晒す。
「馬鹿ッ!逃げろ勝てない!ビーコン持ってるモエが逃げ切らずにどうする!!」
「タイカさんが死んだら私だって一人じゃ逃げ切れませんよ!」
急いで起き上がるもインビジブルジャイアントはまだその場に留まっていた。刀を向けられ警戒しているのか、あるいはどう仕留めようか考えているのか少し首を傾げた様子である。あのまま襲われていたら打つ手はなかっただろう。助かった……そう思った瞬間にインビジブルジャイアントは叫び声を上げて再度敵意を向けてくる。なんでと思うも先ほどかぎ爪をはじいた際にタイカの事を一際強く敵視したのだろう。
インビジブルジャイアントは足を折り曲げ前傾姿勢から勢いよくジャンプする。初速のある飛翔からの襲撃である。
高速で飛翔してくるインビジブルジャイアントにモエハは上段に構える。あの巨体にはダメージを与えられないと悟ってタイカと同じくかぎ爪に目標を定める。インビジブルジャイアントの腕は翼になっているので直接攻撃には使えないはず、ならばかぎ爪がなければ敵の攻撃力は半減するだろうとの目論見だ。
目の前までせまってきたかぎ爪に向かってモエハは上段から前のめりになりながら刀を振り下ろす。そのまま倒れるようにしてインビジブルジャイアントの足元へ潜った。
「きゃっ!」
しかし完全には避けきれずにモエハは吹き飛ばされた。
<鳥瞰>でつぶさにその様子を見ていたタイカは一瞬インビジブルジャイアントが怯んだように見えた。まるで突然襲われたかのように。だが、それも一瞬でモエハの刀をかぎ爪で弾いてそのままタイカに突っ込んできている。モエハの刀はひん曲がってすっ飛んでいくも、弾いた時の挙動で飛翔するインビジブルジャイアントの軌道が変わり左側面に隙間が出来ていた。タイカはそこ目掛けて思いきり飛び込んでいく。
ゴアァァアッッ--
ものすごい風圧に吹き飛ばされそうになるのをぐっ堪える。
「ぐぅう……」
すぐ様起き上がりインビジブルジャイアントに対して刀を中段に構える。
なんとか凌いだタイカだったが、モエハの方はすれ違いざまに吹き飛ばされた時だろう、頭をぶつけたのか気を失っていた。直接攻撃を受けたわけではなかった様なので怪我の程は大丈夫だろうが今狙われたらどうしようも無い。それでもタイカがモエハに駈け寄らないでいるのはインビジブルジャイアントがタイカだけを標的にするように睨みを利かせていたからだ。
『やっぱりコイツおかしくないか!?俺しか見えてないみたいに執拗だぞ!』
『な、なんでなんだ?タイカ何かしたのか?!』
『し、してない!いやっ反撃はしたけど!!』
何度も違和感を感じていた。ほんの些細なものだがタイカと同じようにかぎ爪を狙ったモエハはまったく敵視されていないように見える。何が違うのか分からず、だが動けないモエハが狙われるよりかは好都合であった為戦闘に集中しようとする。だが、やはり疑問が頭に残り集中しきれないタイカはこの状況を打破する糸口をこのインビジブルジャイアントの挙動に求めた。
飛翔して突っ込んできた場合にモエハを巻き込まない位置にずれていく。<鳥瞰>で動きを伺っていると、モエハの体が一瞬ピクリと動くのを感じる。おそらくはなんらかの生体反射だったのだろう今だ起き上がる気配は感じられない。一瞬そちらに意識が割かれてしまうが……インビジブルジャイアントには一切その様子が見えなかった。倒れているとはいえ目の前で敵対しているタイカ達の動きに注意も払わないなんてあるだろうか。そんな疑問から一つの回答にたどり着く。
『ま、まさかコイツっ!モエが見えていないのか!?』
『えっ?えっ?なんで??』
生き物によって視覚から得られる情報量は大きく異なる。見える色の数もその一つだ。
『そうとなれば……やりようはあるのか?』
クンマーに説明している時間はなかった。急いで遠距離魔法の符術媒体を取り出す。じりじりと後ずさるようにしてモエハの方に近づいていく。危険な賭けであったがこのままでは二人とも死ぬのは避けられない。やるしかないと覚悟する。
一歩、二歩……あと少しでモエハに手が届く所まで来たが--インビジブルジャイアントが足を折り曲げた。
(今だっ!!)
インビジブルジャイアントが攻撃に移るその意識の切り替え時の一瞬を狙って符術媒体を向ける。
--火波
月模家固有の符術の一つである。寄り親である日波家になぞらえて媚びるように名付けたその符術は、確かに日波家を満足させるだけの威力を秘めていた。目の前から大きな波のようにうねりながら炎が出現して前方を飲み込んでいく。
ギャッギャギャウッ
飛翔の事前動作だった足を折り曲げて前のめりに構えた所を狙われた為に火波を頭からまともに被弾するはめになったインビジブルジャイアントは悲鳴をあげて炎から逃れようとする。だが世界の理をまげて出現したその炎はインビジブルジャイアントの体にネットリと絡みついて離さなかった。
ギャギャゥガァアアガッッ--ー
だが……広範囲への魔法攻撃を主眼に置いた火波では強固な一個体に対してはそこまで効果的ではなく、多少ダメージは通っているのだろうが致命傷にはなっていない。地面に炎を擦り付けて消そうとしているインビジブルジャイアントの姿があったがそれは嫌がっているだけなのだろう。
だがタイカはそんな様子には目もくれずにモエハを背負い始めた。意識のない相手を背負うのは時間も掛かりもたついている。また背負って走るも安定感に掛けるのは目に見えていた。それなのに抱えずに背負ったのである。
『えっ?逃げるなら早く逃げようよ!』
そこからは更にクンマーにとっては意味が分からなかった。背負った後はモエハが落ちないように気を付けながらモタモタと無策に背を向けてまっすぐと走り出したのだ。
『た、タイカー!大丈夫なのー?!』
『はぁはぁ……ああ、これでいいんだ……』
タイカは傷口も開いてきて辛そうであるが、それでも足を止めずに逃げ続ける。背後からは怒りの咆哮を上げているインビジブルジャイアントがいた。しかし、なぜかタイカ達を見失ったようでキョロキョロとしながら喚くばかりだった。
そんな様子をクンマーは信じられない様子で眺めている。
『ま?ま?なんでー??』
目を丸くして不思議がるもタイカは答えられない。山降りのためモエハを背負っていても自然と速度が上がってしまい体力がゴリゴリと削られていく。しばらくしたらインビジブルジャイアントは諦めたのか山頂の方へと飛び立っていった。
体力の限界まで背負って走り続けたタイカは適当な岩陰を見つけて駆け込んだ。そして背中のモエハを傷つけないように壁にそっと押し付けながらゆっくりと下ろしていく。そこが限界だったのか倒れ込んだ。
『だ、だめだ……もう限界無理歩けない』
『おつー!それで何でモンスターに襲われなかったんだ?』
『……ちょっと待って、はあはぁ』
胸の傷口も開いて出血しており、止血しながらしばらく息を整えていた。ようやく体を起こしモエハの隣に腰かけてゆっくりと答える。
『言っただろ。アイツにはモエが見えてなかったんだ。正確には赤い色かな。モエの着ている赤い羽織と頭巾がアイツには見えないんだ。だからモエを背負って俺の姿ごと見失ってもらったんだよ……まぁ半分は賭けだったけどな』
『赤?赤が見えないの??』
生前の知識でタイカは生物ごとに見える色の範囲が違う事をしっていた。色とは光であり、光は電磁波だ。電磁波は波長の長さで呼び名が異なっていた。波長の短い方からガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、電波……といった感じだ。その中で人間に見える光を可視光線と呼んでいた。そして人間にはその可視光線は波長毎に色が異なって見える。可視光線のなかで波長の短い色が紫、波長の長い色が赤だ。だからこそその波長の範囲外の電磁波をひねりもなくまんま紫外線や赤外線と読んでいた。
もしもあのインビジブルジャイアントが人とは目に見える電磁波の波長が異なっていれば……そう思ったのだ。そう説明するも--
『ふ、ふーん。なるほどねッ?!』
『まぁ分からなくても仕方ないさ』
『わわわかってるんだっ』
『……別に理解できなくても馬鹿にしたりしないぞ?俺だって魔法とかはさっぱりだしさ』
妙なところでバレバレの嘘をついて強がって見せるクンマーを宥めていると横からモエハがタイカの肩に体を預けるように倒れてきてそのまま腕に抱きついた。そんな様子にドキマギするもどうやら意識が戻ったようだ。
「んっ……んん」
まだ意識がはっきりとしていないのかキョロキョロとしながら--そしてタイカと目が合った。
「……えっ!きゃっ!?」
反射的にギュっとタイカの腕に抱きつく力がきつくなる。残念な事にまだ成長しきっていないのであろうその感触に柔らかさは感じなかった。……あるいは出血によりその感覚を失っていたのかもしれない。
「よかった、気が付いたか。怪我は、大丈夫か……?」
「……えっと、ちょっと待ってくださいね」
顔を赤らめながらタイカに抱きついていた腕を離して体を確認していく。
「だ、大丈夫なようです……」
俯きながら答えるもチラリチラリとタイカの方に視線を向けていた。そして--腕はだらりと力なく下がり、胸からは開い傷口から出血して辛そうにしているタイカにようやく気付いた。
「た、タイカさんの方こそひどい怪我じゃないですか!」
恐らくは気を失っていた自分を連れて逃げるのにだいぶ無茶をしたのだろう。そう思い慌てて薬を取り出して傷口に振りかける。迷宮産の素材から作られた割と貴重な治療薬だ。符術による治療には及ばないもののその効果は高く、タイカの胸の傷口からは既に出血は止まっていた。だが流した血は戻らない。朦朧とする中でタイカは意識を手放した。




