012 偵察任務1
良家のお嬢様然としたお隣さんを見てお金に困っているわけではないだろう、なんでこんな小さな子まで任務に参加するのかと訝しんでいたら目が合ってしまった。決して不躾な視線を浴びせていたわけではないが気まずくなり曖昧な笑顔を浮かべる。
「あ、ごめんね。ジロジロと」
「いえ」
特に気にした様子もない事からも人から見られることに慣れているのだろうか。まぁ気にしてもしょうがないと思いタイカは正面に視線を戻した。反対側から肘をつつかれて振り向くととブンギがニヤついていた。
イラッとして何か言おうとするもソウチョウが書類を抱えて入室してきた。タイミングを逃したタイカは目で男を追っていると壮年の男性の前までくる。
「ダヴー支部長。そろそろご説明をお願いします」
どうやら壮年の男性はここの支部長であるらしい。全員揃っていたのかは分からないがこれ以上待って時間を潰すつもりはないのだろう。総勢九名集まったところでダヴーは席から立ち上がり冒険者達に向き合った。
「まずは街の危機に立ち上がり偵察任務に志願してくれて感謝する。まずは現状を説明しよう。一週間ほど前に突如あらわれたモンスターにより浅葱村が壊滅した。該当モンスターは30メートルほどの人型モンスターでその巨体にも関わらず姿をくらまし見つかっておらん。その為、討伐隊は出撃できずにおる。そこで君達に該当モンスター、これよりインビジブルジャイアントと呼称するがその捜索をお願いしたい。一刻を争う事態のためこの後すぐに協会が用意した馬車にのって現地まで行ってもらう。翌朝から二人一チームとなって任務について貰う事になるだろう」
ダヴーはそこで一区切りついたて冒険者達を見回す。どうやらここまでで質問があればして来いという事らしい。
「発見したらどうればいい?」
良質だがかなり使い込まれた装備を身に着けた冒険者が訊ねる。
「通信機は数が限られているので一チームに一つビーコンを貸与する。インビジブルジャイアントを発見したらビーコンを起動させろ。その後はこちらから通信機を持った本命の偵察部隊を送り込むので合流して引き継いだら帰還して構わない」
割とハイテクな魔道具があったものだと関心する。この世界を産業革命前の文明レベルで想定していたタイカだが部分的には魔力なる存在のおかげでより発達していたりする。タイカは魔力が無い分そういった便利な道具で優位に立てるように立ち回る必要があり世界感のギャップを埋めていく必要性を感じた。
「見つからなかったら?ずっと探して回るのか?」
「いや、見つからなくても三日後に中間報告の為に現地のキャンプ地に戻ってきてほしい。その後の指示はそこで再度行う」
それで冒険者は納得したのか頷いて黙った。
それはそうとタイカにも一つ気になることがあった。
「チーム分けはどうするんでしょうか?」
「こちらで決定するので従うように」
どうやら決めてくれるようだ。タイカ達は三人なので一人余ってしまう。こんな経験は今までないから自分達で選べと言われたらどうしようかと思って少しドキドキしていたタイカだった。
それから何人かが質問していた。報酬の話も出ていたがみんな事前に依頼書から確認していたのだろう、ダヴーからのあらためて提示された報酬は聞いていたとおりだったのか誰からも異論はでずにスムーズに説明会は終了した。
「では説明は以上とする。もう外で馬車が待機している。各自すみやかに乗り込むように」
ぞろぞろと冒険者達が退室していく。その流れに乗るようにタイカ達も出ていこうとした。
「ちょっと先行っててくれ。ソウチョウにちょっと用事があるんだ」
そう言って返事も待たずにソウチョウに手を振って走っていく。
「なんでしょうね?」
「さあね。先になんか依頼でも受けててそれをキャンセルしに行ったとかじゃないか?」
ブンギは青川家の依頼で帝都から帰還したばかりなので依頼などは当然受けていない。だが、シオンはそこまでは知らなかった。
「まぁ気になるなら後で聞けばいいよ」
クンマーに聞いてきてもらう手もあったがそこまでして聞くような話でもない。チラリと見たクンマーは既にタイカの肩の上でイビキをかいていた。
「……そうですね。ここで話してても分かる訳もないし行きましょう」
既に他の冒険者は出て行っており会議室はガランとしている。タイカは知らなかったが受付の職員であるソウチョウは二年ほど前まで冒険者をしていて引退後に協会へスカウトされた人物だった。そこでチーム分けする際に受付として多くの冒険者と接点を持ち、且つ現場経験があって今回の任務で冒険者達と同行する可能性が一番高い人物であった。そしてブンギはそれをよく理解していた。
表には馬車が二台置かれており、一台目は既に満席だったので二台目に乗り込んだ。しばらくするとブンギとソウチョウが入り口から乗り込んでくる。
「いやーおまたせ!任務前にどうしても報告しないといけない事があってね」
「ふーん。まあいいですけど」
「急ぎの仕事なんだ、迷惑かけるんじゃないよ」
「わかってるよ。それに任務に就くのは明日からだろ?」
ブンギはニコニコと機嫌よくしている。その横でソウチョウはやれやれといった顔で黙っていた。そのまま馬車は出発していく。到着は夜中になるらしく仮眠をとりながらの移動となった。
その後に中継地点で馬車から降ろされ軽い睡眠をとると日の出前に起こされた。そして朝食をとりながらソウチョウからチーム分けと探索範囲の通達を受ける。
「--シオンとブンギで北にある湖より北の調査お願いします」
「おう!」「わかった」
「タイカとモエは北東の岩山を調べてください」
「はい」
「…あ、はい!」
少し遅れて小柄な少女から焦ったように返事が発せられた。どうやら彼女はモエという名前らしい。食事中でも頭巾は被っておりヴェールのようなものの隙間から器用に食べていた。
「よろしくな。俺はタイカだ」
「私はモエ……といいます。よろしくお願いします」
モエという冒険者はモエハが変装している姿だ。生来正直者であった為か偽名があまり偽っておらず本人も言い淀む始末であった。
だがタイカは赤森家については何も知らないので気付く事はなく、緊張しているのだろうと結論をだす。それよりも自分とモエハ以外はみな大人に見える。その中から子供二人をペアにするというのもバランスを欠いているように思え、何らかの作為がタイカには感じられたのでそちらに思考を移す。どうやら同じ感想をもった人物がいたようで、説明会の時に最初に質問をしていた冒険者が口を開く。
「大丈夫なのか?別に下に見る気はないがどうしたって経験値が少ないはずだ。そんな子供二人をペアにした理由があるなら聞きたいね」
たしかに。そう思ってしまう。
「たしかにハバラキさんのご意見はもっともです。彼らは業務経験は少ないでしょう。ですが調査個所は獣が少ない岩山で移動するにも小柄な方が有利な地形です。それに紹介者からも実戦の腕はある程度の保証をもらっていますので問題はないでしょう」
「ふーん。ならいいや」
ハバラキというらしい冒険者はそれで納得する。チーム分けで端数がでたので一人チームに抜擢されている事からもこのメンバーの中では頭一つ飛び抜けているらしく彼が納得した事でそれ以上の追及をする人物は現れなかった。またその実力の高さはタイカにもすぐに理解できた。
(なんでこの人が偵察隊に混じってるんだ。明らかに一人だけ実力が違いすぎるだろ……)
それ以上の問答はなく朝食をとり終わった冒険者達から次々と出発していった。そんな中ハバラキがふと足を止めて振り返る。
「おいガキども。岩山はたしかに獣はめったにでねえが鳥の魔獣がいる。射程は短いが空気砲って魔法を使う魔獣だ。滅多に人を襲う事はないが巣の近くを通ると稀に襲ってくることがあるから頭上には注意しとけ」
タイカは助言を貰えるとは思っていなかったので目を丸くした。ハバラキとしてはチーム毎に競争するような性質の任務ではなかったし、助言しないで死なれても寝覚めが悪かったからだ。案外と面倒見がいいのかもしれない。
「わかりました。ありがとう御座います」
「そうなのですね。気を付けます!」
それだけ言ってハバラキは去っていき、入れ替わりにシオンが声をかけてきた。
「たしかにこの中じゃ安全な地帯だけど気をつけな。空気砲は発動まで時間かかるから避けられる冒険者は多いよ。でも範囲が広いから避ける時は余裕をもって避けなよ」
「いいとこ見せようとして下手こくなよ」
「ブンギはもう少し有意義な助言できないんですかね」
「ふふふ。仲がよろしいのですね」
初めて笑顔を向けられた気がした。相変わらず頭巾を被っているので見えないが。
「たいした付き合いじゃないよ」
少し照れたように答えるタイカだ。実際知り合って一、二日程度しかない付き合いである。だがその程度の付き合いで収まらないような絆も確かに感じていた。
そんなやりとりを見ている者がいた。
『ぼくはー?』
『クンマーもだよ』
何かを感じたのかクンマーが肩の上から確認してくる。ちゃんと符術媒体を作る補助が出来たなら親友認定してもいいと感じている。
『へっへ。ぼくもタイカをまあまあ認めているんだ』
まんざらでもなさそうなクンマーに苦笑する。
「じゃあアタシ達も出発するから無理をするんじゃないよ」
こっそりとブンギが耳打ちしてくる。
『タイカ感謝しろよー。うまくやるんだぜ』
やはりこの組み合わせはブンギが動いた結果なのだろう。受付の男職員となにやら相談していたブンギなのでこっそりとチーム分けに口を出していた事を察した。
『押し付けがましいですね。自分がシオンと一緒のチームになりたかっただけでしょう!?』
『まあそうゆう事にしておくか』
「おいっ!さっさと来い!」
「おっと!わりいわりい今行くよ!」
シオンから飛んできた催促にブンギは慌てて後を追って駆け出していく。
「私達も負けていられませんね。さあ行きましょう!」
そんな二人を見送りモエはやる気を漲らせている。この任務にかけるモチベーションの高さが伺えた。
◆
シオンとブンギは足早に移動しながら湖周辺までやってきていた。そんな中シオンはかなりピリピリとした緊張感を漂わせている。湖の周辺は雑木林になっており相手が体長30メートルといえども至近距離まで気付かない可能性もある。また自分達の任務次第で討伐隊の出発がさらに遅れる事を考えると自然とその表情は厳しくなる。
そろそろ担当エリアに差し掛かるところで先導しているブンギを見る。出発時こそおしゃべりな様子を見せていたが目的地に近づくにつれてそんな様子も薄くなり今は黙々と周囲の警戒をしながら進んでいた。そんな様子を意外そうに見ている。
(まぁ話す話題が無くなっただけかもしれないけどね)
突然ブンギが速度を緩めて振り返る。
「そろそろ速度を落とすぜ。見落としてばったり遭遇なんてごめんだからな。いいだろ?」
「もっと先まで急がない?発見が遅れればその分だけ討伐隊も動けないのよ」
「そりゃ分かるけどよー。もう視界が大分狭くなってる。危険だぜ」
「なによ。怖いの?そりゃ昨夜会うまでまで任務を受けるつもりも無かった奴だから浅葱村の事も他人事かもしれないけどね、アタシにとっては違うんだよ!」
気が急いていたのかだいぶ声を荒げてしまう。
「そういう訳じゃねえよ……」
ブンギは昨日まで青川家の馬車で御者兼護衛の依頼を受けておりようやく依頼報告の為に冒険者協会を訪れたばかりであった。またインビジブルジャイアントの件はその時初めて知ってこれから情報を集めようとしていたところだった。なので偵察任務についてもタイカ達と出会った時には知らなかったのである。とはいえ今そんな問答をしていても証明する術もないし任務に支障をきたす可能性が高かった。
「相手は村一つ壊滅させて行方をくらますような奴だぜ。下手に見つかったらビーコンを起動させてもまたどっか行っちまう。そりゃあまずいだろ」
納得できる理屈だったが急ぎたいシオンはそれを否定する材料を検討するために黙り込む。結局はしぶしぶ了承するもその様子から感情では割り切れていない様子が見て取れた。
「…………いいわ」
(まずったなぁ。こりゃタイカに助言してる場合じゃねえな……)
そう思うも特に解決策は見当たらない。無謀に速度を上げて失敗するわけにはいかなかった。
◆
現地まで走りでの移動となったがこれが意外と辛かった。どうもモエハは身体強化が出来ているようでタイカよりも健脚だった。顔は見えないが背格好や声の感じから歳はそう変わらない気もするがアヤと同様に自然と使いこなせているタイプなのかもしれない。かなり鍛えているタイカだったが岩山に到着する頃には息が上がっており会話も出来ない状態なのに対してモエハにはかなり余裕がありそうで心配される始末であった。
しばらく息を整えてからタイカはモエハに提案する。
「はあはあ、なあ、モエ、歩きながらでいい。教えられる範囲でいいから手札を見せ合わないか?」
お互いに何も知らない状態では魔獣などの敵と遭遇した場合に困るだろう。だが冒険者の中には自分の手札を晒すことを嫌う者達も多くいる。その為の念押しだった。
「ええ、そうしましょうか。……まず私から。流派は万象理合流を修めています。武器はいろいろ使えるのですが本日は刀のみを持ってきました」
たしか赤森領で創始された剣術だ。赤森領は北に行けば魔の森が広がっているおり様々な獣やモンスターからの脅威に常に晒されている。そこへ迷宮まで発現してしまった地域だ。それらの脅威に立ち向かうために編み出された総合武術でどんな敵にも対応できる千変万化な技の多さが特徴だったはずだ。
「ああ、事前に調査する場所が分からなかったからな。薙刀とか持ってきて未開の森の中を調査ってなったら厳しかっただろうし良いと思う」
「ふふ。ありがとう御座います」
「次は俺だな。使うのは柳水流だ。今は刀と印地が使える。それと……符術が何枚かある」
今持っている符術の媒体は金に困っても売るつもりのないタイカだ。実戦で必要になったら躊躇わずに使うつもりなので符術があることを教えてしまっても構わなかった。とはいっても身体強化と治癒はすでに使い切ったのであとは遠距離攻撃魔法が二枚と少し寂しくなっている。
「まあ。こちらではあまり出回らないので貴重ですよ」
そうなのか。無事戻ったらクンマーに手伝ってもらって早速作ろう。あとは売り先をどうすかが悩みどころだが今は考えてもしょうがない。色々見て回ってからでないと決められないだろう。そもそも現状では皮算用なのだから。
「ぜひとも使わずに済ませたいね。何よりそっちのが安全でいい」
「ええ!ええ!まったくその通りですね!」
モエハはタイカの人物像を捉えかねていた。
モエハは花よ蝶よと育てられていたので街に出る事は少なく、必然的に同世代の少年は貴族の子弟達に限られていた。そんな彼女の良く知る男の子というのは絵空事を語る空虚な存在だ。貴族として生まれ持った高い魔力量を誇り、ともすれば庶民を見下す者も多くいる。そして偵察任務をしている今の状況ならばきっと如何に自分が活躍できるかを、さらにはモンスターを見つけたら自分がそのまま倒してやるなどといった戯言を嬉々として語っていた事だろう。それがどれほど危険な事か、周囲にいかに不利益を振りまくかを考える事もなく。
もちろんモエハとて全ての貴族の子弟がそうだとは思っていない。噂にきく月模家の息子は優秀で思慮深いと聞いていた。だが、常に魔獣やモンスターに迷宮やその利権がらみの外敵など多くの脅威に晒されている赤森領では威勢がよく実力のある人物が高く評価される傾向にあった。その為か少年達の話す言葉にもその影響が色濃くでていたのである。
そういった事情もあり戦わずに済むならその方がいいと断言するタイカに新鮮な驚きを感じた。その後も語り合いながら互いの力量を確認していった。