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這い寄る神の異世界転生観察  作者: がくひ
第一章 不可視の巨人
10/26

010 迷宮都市

 魔獣との戦闘で負った傷も治ったおかげか、タイカは周りを気にする余裕が出てくる。魔獣の死体に目を向けた。このまま放置していたらきっと獣が寄ってくるだろう。また素材を剥ぎ取ろうにも価値のある部位がわからないし時間をかけるわけにもいかない。また、レアドゥリア山脈越えをするため、荷物は多く持てないだろう。


 ならばと素材は諦めて移動を開始するも、既に辺りは真っ暗であったし疲労もあった為えっちらおっちらと一時間程歩くもたいした距離は稼げなかった。


『ちょっと休もう……』


『うむー』


 腰を下ろして休みながら先ほどの魔獣との戦闘を思い返す。魔獣に腕を裂かれた後クンマーに話しかけられたら視界が広がった。全能感にもにた感覚に支配されていたがあれは何だったのか。クンマーが何かしたのだろうか。


『なあ、魔獣と戦ってるときにさ、なんか俺にバフとか掛けた?』


『おん?』


『いや、ちゃんと視ればいろいろ見えるって言ってなかった?その後のあれってお前の不思議パワーじゃないの?』


『きっとタイカの内なる力が目覚めたんだ!』


『……そんな都合のいい話ないだろ』


 本当にそうならば物語に出てくる主人公のようでロマンのある話であるが、タイカの食いつきは悪かった。さんざん魔力がない事で蔑まれていた価値観はそう簡単には払拭できない。だからだろう自然と別のところに理由を求めた。


『今までよりはっきりと魔力を感じたんだ。魔力関係だとお前のサポートくらいしか思いつかないんだよ』


『んー。タイカは今までも魔力が視えてたんだけどその分だけ他の人より得られる情報量が多くてずっと頭を酷使してたんだ。だから普段は必要ない情報は捨てるようにして自衛してるんだよ。それを捨てずに全部ちゃんと見ればいろんなモノが見えるんだー』


 稀に鋭い意見をしてくるクンマーだ。人間の常識などには疎くても人外の視点からいろいろ経験してきているのだろう。素直にその言葉を信じるならば他の人にはない特別な能力なのではなかろうか。人間越えちゃったかな、なんて得意げになってみる。


『……そうだったのか。なんか俺、超人みたいだな!』


『鳥人間きゃははははー』


『…………』


 そういえば、と思い出す。転生前にあの外なる神々と名乗った黒い男は神の加護(ギフト)をくれると言ってはいなかっただろうか。あれは結局なんなんだろう。<鳥瞰>(ちょうかん)は魔力がないタイカの体質に起因する能力だ。神の加護(ギフト)とは違うだろう。ならば先ほど一蹴した都合のいい話があったりするのだろうか。少なくとも大層な名前に負けないくらいの能力を実感したことはなかった。



 迷宮都市ラビリンスの中心にある大きな屋敷の一室で赤森領の統治者である赤森トドロキが精力的に仕事をこなしていた。先日にモンスターが出現して近隣の村を壊滅させたからだ。


 モンスターとは生物の魔力回路がバグを起こした異常個体である。魔力回路が暴走しているので通常の個体よりも強力な場合が多く、また知性もなくなり生物を殺すだけの存在になり果ててしまう。一説にはバグを起こした魔力回路が正常な魔力回路を取り込んで修復しようと試みているとかなんとか。その為、出現が確認されれば領軍や冒険者協会が最優先で対処にあたる事になっている。


 その為モンスターの脅威度を測るために今は壊滅した村を調査している最中であった。そして予想以上に強力なモンスターである事が判明しているがその行方はようとして分からないでいた。


「ワシ自身が出ねばまずいか。いずれにしても軍を動かすならば補給も考えねばならんが敵の動きがつかめん。そこからはじめるとするか」


 ここ数十年ほどだが赤森領では上級の魔力量をほこる魔術士が二名とあまり排出されていなかった。その為、戦力的に自身を含めねば対応できないと感じていたのだ。だがその状況も変わりつつあった。先日帝都へ魔力測定にむかった配下の青川家の息子は上級とささやかれていたし、自身の娘である赤森モエハも来年魔力測定を受ける予定ですでに上級の魔力量を持っていることが分かっていた。とはいえ今回それを戦力にすることは出来ない。


コンコン


「入れ」


 ノックして入ってきたのは予想外に娘のモエハであった。茶色い髪はショートウェーブで整った容姿をしている。トドロキ自慢の娘である。


「ん?どうした。何かあったかね」


「いえ、お茶を入れてまいりました。少し休んではいかがでしょうか」


 その上に気遣いまで出来るのだから父親からの贔屓目なしにみても最高の娘なのではないかとトドロキは確信していた。そっと娘の頭をなでる。


「ああ、ありがとう。でも休むのは後でいい。今ワシがやらねば対処が遅れてしまうでな」


「……そうですか。差し出がましいことをすいません」


 モエハは悔しそうに唇を結ぶ。こっそりと計測されたモエハの魔力量は上級であると判明している。しかし、未だ正式には魔力検査を受けておらず、どれほど才能があろうとも戦力にならない自分が口惜しかった。


 モエハが退室するとトドロキはお茶を一口すすった。そこには愛情がたくさん入っているのだろう、実に美味しい。一通りお茶を堪能したあと椅子に深く腰かけて眼を閉じる。やる事を頭の中でリスト化して優先度を決めていく。しばらくして眼を開けたトドロキは人を呼んでいくつかの指示をとばした。


 また退室したモエハは持ち前の行動力を遺憾なく発揮すべくある決意を漲らせていた。



 前方に山々の荘厳な景色が見えていた。4000メートル級の山々が連なっており迫力満点だ。だが、そんな高い山をわざわざ登るつもりはない。もっと低い山の山間を抜けていく算段だ。クンマーにあらかじめ上空からルートを確認してもらっているので問題はないはずだ。


『あとは天気かなあ。こればっかりは予想できないんだよな』


『そんな気になるのかー?』


『妖精には分からないだろうけど、山では雨風で体力奪われて低体温症になる事故が多いんだよ』


『なら早く越えちゃおうぜー!』


 早く越せるならそれが一番だろう、体力が続けばであるが。ふっとアイデアを思いつく。アヤから貰った符術媒体の中には身体強化の媒体もあったはずだ。それ使ってさっさと移動できないだろうか?もちろん戦闘があれば重要な切り札になるだろうが、使ったこともない身体強化をいきなりしても扱いきれない気がするのだ。柳水流では飛び違いによる斬撃と受け流しの二つを軸に組み立てられている。飛び違いによる斬撃ならば身体強化の恩恵はあるだろう。だが、タイミングが全ての受け流しで命を預ける気にはならない。ならば身体強化に慣れるためにも移動に使ってしまおう。


 さっそく符術の媒体を準備してクンマーに発動してもらう。発動した瞬間、体が軽くなった。いや軽くなったというよりかはちょっとの力で予想以上の動きが体に発生してしまう。イメージと体の動きに大きなズレがあり歩くだけでも転んでしまう。例えば階段を降り切ったのにまだ一段あると思って踏み込んで躓くような感じだろうか。一歩一歩が恐ろしい。


(これはやばいな……!いきなりじゃ絶対に戦闘で使えなかった!)


 ゆっくりと歩きながら少しずつスピードを上げていく。すぐに慣れてきて高速で移動できるようになってくる。魔力が筋肉や関節、骨などを強化しているからだろうか、人間の限界を超えるような速度で走っていても体に負担は感じない。これならかなりの距離を稼げそうだった。


 だが二十分もしたら効果は失われ、再度の急なイメージと体のずれから盛大に転んでしまう。問題はスピードがかなり出ていた為に受け身を取った両腕を骨折してしまう惨事である。


『あぐっ、痛いヤバイッ腕曲がってる!』


『お?お?ひーーッ痛そう!!』


 怪我の具合を確認しにきたクンマーが騒がしくしているが、なんとしても手伝ってもらう必要があった。


『せ、背中から治癒用の媒体だしてくれ……』


『しょうがないなー。僕がいないとなんも出来なんだからなー!』


 なぜかニコニコしながら風呂敷の中身を漁っていき媒体を取り出す。タイカは両腕が使えないのでクンマーの方に腕を差し出した。


『治癒の媒体はこれで最後っぽいぞー』


『ぐう……しょうがない頼む』


『はーい』


 骨折も特に骨を合わせる必要もなく符術を使ったら元の位置でくっついていた。さすがこの世の理を捻じ曲げると言われるだけの事はある魔法の効果に唖然としていた。


『助かった』


 どうやらクンマーは頼られたり感謝されたりするのが好きなようでニコニコしながら相変わらずタイカの周りを飛び回っている。


「しかし符術だと自分の魔力を消費しないおかげか身体強化の効果が切れるタイミングがまったく分からないな。時間を測るしかないのか……?」


 身体強化は一枚でだいたい二十分だった。残りは一枚だし場所を選んで使った方がいいか考えそれ以降は普通に山間を移動していく。途中で断崖絶壁になっている場所があったため、隣の2000メートルほどある山の尾根にそって登っていき山頂から越えていった。そしてそれ以降はスキットルの中身が空になっていたという。


 それから道中に何度か獣との戦闘があり<鳥瞰>(ちょうかん)や剣術の実戦経験だと言わんばかりにいろいろと試した。四日後にようやくレアドゥリア山脈を抜けることが出来き、最後の山の中腹あたりから眺めると遠くに城壁のある大きな街が見える。街の奥には大きな岩壁がありそこから城壁が三方を囲むように出来ており防衛力が高そうだ。あれが迷宮都市ラビリンスだろうか。


 そこから半日という所までたどり着きキャンプをすることにした。街に入る前に体をきれいにしておきたかった。服の方は破けて血も染みているので洗ってもどうにもならなさそうだが、リュウヤに貰った着替えもあるので街に入るときには着替えるつもりでいる。



「はあ、でかいな……」


 タイカは城壁を見上げながら感心していた。やはりこの街が迷宮都市ラビリンスであるようで街を囲うような城壁はコンクリート製で今まで見たどの城壁よりも高い。過去には迷宮から産出される素材目当てに他国からの侵略もあったようだ。また魔獣の被害が多い事もある。なにしろ赤森領の北には人跡未踏の魔の森が広がっている。この大陸の一割を締めようかという広さで今回タイカが通ってきたレアドゥリア山脈など比べるべくもない危険度だ。


 街へ入るため城門から続く列にならんでいると身分証明書がない事に気付いた。以前に日波領都に入った際は月模家から証明書が発行されていた。だが今は追放された身の上なので当然そんなものはない。


 金さえ払えば入れるというわけでもない。どうしたものかと思っていると城壁のの城壁にずらっとテントが立っている。その奥の方には木造のあばら家が建てられており住民の様子からもスラム然とした雰囲気を感じる。


 前に並んでいる商人に訊ねてみた。


「ここに来るのは初めてなのですが、あちらの人達はどうしたんでしょうか?」


「ん?ああ、浅葱村から来た避難民だな。この前モンスターに襲われたらしくってなぁ。村は壊滅だってよ」


「モンスターですか!?討伐はされたんでしょうか?」


「いんやまだだ。これから討伐隊が出すらしいがなぁ」


「そうでしたか。大変な時期にきちゃいましたねぇ」


「まぁトドロキ様がいれば大丈夫だろう!」


 かなり大変な状況になっているようで避難民などの対処もあり門番たちもピリピリしている様子であり、まさかすんなり通れるとは思えない。だが、逆にチャンスは広がりそうだ。避難民に紛れて食料や仕事を求める形で侵入を果たしてもいいし、スラム街から通るルートを探してもいいだろう。


『よし!避難民キャンプに行こう』


『それなら昨日までの汚いタイカの方がよかったねー』


『……まぁそうだな。ボロボロの服は持ってるから着替えてから行ってみよう』


 事前に汚れを落として来たとはいえ、レアドゥリア山脈越えの疲労や少ない食事で体は痩せこけており、ボロボロの服と相まって見事に避難民に化けていた。いや、家を追放され流れてきたのでまさしく純度100%の避難民であった。


『よーし!これでタイカも避難民だー!』


『いや、避難民だけどさ。なんで良しなんだよ……』


 苦笑しながら避難民キャンプの方へ歩いていくと囲まれている気配に気付く。


『あれ、もう気付かれてる。同じ村の住人同士って話だったから顔でバレたのか?』


『かもねーあとは荷物背負ってるのもあるよー』


『ああ、そうだったな。……後ろに五人、前から二人かな』


『うむー』


 キャンプ地の奥へと入り衛兵からも見えない位置だ。もういいと思ったのか隠す気が無くなった連中はあからさまに囲んでくる。各々が棒やらナイフで武装していた。まさか話だけで済むような雰囲気ではない。


「あの、通してもらえませんか?」


「駄目だね。兄ちゃん何者だい?さっき変装してから来ただろう』


『ひょーー着替え見られてただけだったー!』


 ケラケラとクンマーに笑われてしまう。まさかの初歩的なミスだった。距離があるからいいやと思っていたが、あちらからも見られていたようだ。そりゃ変装してからやってきたら友好的とは思われまい。その結果が今であるなら完全に自業自得だ。


「あー、すいません。一張羅だったので汚したくなかったんです。旅をしていて身分証も持っていないのでこちらから入れないかなーと」


「そんな話を信用しろってのかい」


 既に<鳥瞰>(ちょうかん)で周囲を伺っていたタイカには後ろにいる二人が棒を振り上げているのが見えていた。振り下ろすまで待ってタイミングを測って躱す。攻撃の意思はないのでひたすら回避に専念する。素人の攻撃ならすでに問題にならない程に腕を上げていた。対人ではいつも師範代やアヤなど格上を相手にすることが多く翻弄される側であった為か少し楽しくなってきてしまう。


『ほーん。まあまあやるじゃん』


『なんでお前が上から目線なんだよ……』


 ナイフを所持していた男が振りかぶる。このまま躱すと後ろにいる男にもあたりそうだ。


「こいつちょこまかと!馬鹿にしやがって!」


 どう対処しようかと迷っていると外から声がかかった。


「止めな!みんな何やってんだい!」


 その声に男達はピタリと手を止めた。振り向くと二十才くらいだろうか、髪をポニーテールにしており冒険者が好む活動しやすそうな服を着ていた女性がいた。どうやら声の主のほうが上位者であるらしい。とはいえ、男達は警戒心はといておらず油断なく構えていた。


「姐さん!でもこいつは!」


「口答えするんじゃないよ!こいつは手を出してこなかっただろう!すまなかったね。攻撃するつもりが無さそうだったんで止めさせてもらったよ。ところで今更だけど事情を聞いてもいいかい?ああ、そうだ名乗ってなかったね。アタシはシオンだよ」


「タイカだ。ええと、俺はここら辺の人間じゃなくて旅をしてきたんだけど身分証もないし街に入れる雰囲気じゃなくってね。それでこっちから入れないものかと考えてたんだ。こっちも怪しい行動をしていたみたいですまなかった」


『ほんとにねー!』


『……』


 クンマーが茶々をいれてくるが黙殺して目の前にいるシオンに注意を向ける。非常に協力的な態度であるが、まさか本当にそうだとは思わない。こちらに攻撃の意思がない事を理解していたことからも結構前から見ていたんだろう。なんならタイカの真意を測るためにこいつ等を仕掛けた黒幕まであり得ると考えていた。


「こっちもピリピリしていてね。お互いに誤解があったんだろうね。矛を収めて話をしないかい?もしかしたら手を貸せるかもしれないよ」


 そういって付いて来いと一軒の木造家に先導していった。


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