001 プロローグ
初作品になりますので拙いところが多々あると思いますがよろしくお付き合い下さい。
多少クトゥルフ要素入ってますが知らなくても問題ないです。
少年は病院のベッドに横になりながら苦しそうに身じろぎして目を覚ました。先週辺りから看護師の態度が妙によそよそしくなっていた事に少年は気付いていた。もともと十才までは生きられないだろうと医者に言われていた為、そろそろダメなのかな…と予感していたがどこか他人事のように冷めていた。
ぐるりと周囲を見渡す。キャビネットの上には愛用のノートパソコンだけが置かれており、他にはなにもない。もうなんだかんだで十年以上過ごしているいつも通りの部屋だった。当然家族にも連絡は入っていたであろうが見舞いに来た様子はなく、今は少年の苦し気な呼吸だけが響いていた。
裕福な家庭で生まれた少年は生まれてすぐに難病にかかり入院する事になった。最初のころは両親も見舞いに来ていたが弟が生まれたあたりから徐々に足が遠のいていき、次第に手紙が送られてくるだけとなり今では電子メールでのやり取りが年に数回あるだけになっていた。今ならばビデオ通話なども簡単に出来るだろうが両親とは一度もしたことがないのはお互いに罪悪感を抱えているからだろう。
また、少年は交友関係も狭かった。医者や看護師は感情移入したくなかったのか必要以上に距離を縮めてくることはなかったし、少年と同じく入院している患者とは仲良くなっても多くはすぐに退院したり別の理由で別れてそれっきりだ。
その為、少年はもっぱらインターネットで動画をみたり、マンガやインターネット小説を読んで時間をつぶして過ごす事が多かった。そのせいだろうか死が近づいて最初に思ったのは好んで見ていた動画の続きを見れなくなるな……といった程度の軽いものだった。
「はぁ……は…………」
先ほどまで苦しそうだった呼吸音はだんだんと力がなくなっていく。意識が途切れそうになる直前にふっと別の感情が沸き起こった。
「……たく……ない」
少年は涙を流して声にならない叫びをあげた。
「死に……たくない……」
死にたくない。死にたくない!まだなにもしてない!!
行ってみたかった場所もいっぱいあった。家族で旅行に行って観光しながら名物料理を楽しみたかった。友達と一緒に山や川で山菜取りや釣りなんかしてキャンプをしたかった。スポーツ観戦やスポーツ漫画を読んではそのフィジカルやテクニックに駆け引きにワクワクした。格闘やファンタジー作品を読めば主人公たちの強さや成長に憧れた。いろいろな動画や作品を見あさっていたのは結局自分がやりたくて、出来なくて、気分だけでもそれらを味わいたかったからだ。本当にやりたかった事なんて何一つやれていなかった。
最後に爆発した感情をのせた叫びは誰にも聞かれることなく消えていった。
◆
次に目を覚ました時に少年は驚愕した。自分が生きていたことに、そしてそれが間違いだと気付いたためだ。少年には体がなかった。ふよふよとした不定形の塊になっていた。おそらくは魂かなにかなのだろう。やっぱり死んだしまったのかと落胆する。
周囲を見渡す。地面はなく薄暗い空間にぽつんと自分の魂だけが漂っていた。だが、ある一点を見た時に魂の底から恐怖した。そこにはおぞましく巨大な物体が空に浮かんでいた。巨大な肉の塊から無数の触手が伸びていた。遠近感がないためどのくらい距離があるのか、またどのくらい大きいのかもよくわからない。同じ生物とは思えない禍々しいなにかだった。
発狂しそうな気持ちを押さえつけ、距離を取ろうともがくが一向に移動できている感触はなかった。そもそも魂となった状態でどうすれば移動できるのか、移動できていたとしても周りに目印になるものもなく移動できているのかも分からない。そんな状況がさらに恐怖を助長していった。
そんな時だ。
「おや、こんな場所に人間がいるとは驚きですね」
「ひッ……!」
突然声を掛けられ軽い悲鳴をあげて振り返えると男が立っていた。その男は全体的に浅黒く長身で、人のようにもそうでないものにも見える不気味さがあった。
「あなた何者です?本当に人間ですか?」
「え?な、なに?あの、目が覚めたらここにいて……」
状況を把握できていない少年は素直にそう答える。
「ここあなたの世界より高次元にある領域ですよ?人間ではどれほど膨大な生贄と複雑な儀式、それにいくつもの幸運が合わさっても来ることは出来ない場所ですよ。例えば我々外なる神々が起こす御業を奇跡とゆうのならば、その奇跡をいくつも重ねなければなしえないほどの奇跡なのですよ」
そう言って怪訝な表情の黒い男は少年の魂を観察するが、これといった特別なものは見当たらない。
「か、神ですか?」
少年には黒い男が言う奇跡がどれ程のことか推察出来なかった。それよりもこんなにも禍々しい存在が神を名乗った事に驚きを表す。
「ふーん。覚えはないか。やはり我が主の仕業かな」
そう言い、ちらりと巨大な肉塊に目を向ける。
「あ、あの!あの巨大なものはいったい……」
「あれは我が主。万物の王であり白痴の魔王とも呼ばれています。白痴ゆえ何も答えられないので私が呼ばれたのでしょう。ところであなた異世界転生にご興味はおありですかな?」
突然の話題転換に少年はきょとんとする。そしていきなり何を言っているのだと訝しむ。だが、この高次元らしき空間に少年の魂と一緒に黒い男自身がたまたま居合わせたなんて偶然はありえない。それゆえに仕組まれた事だと推察するも関連性がまったく見出せない。
「い、異世界転生……ですか?なんで突然そんな話に……?」
「私は趣味でよく人間を異世界に転生させているのですよ。あなたは私の好みのタイプとは少し異なるのですが、どうやら我が主はあなたを選んだようです。まぁ、あれはそんなこと覚えていないでしょうがね。なので望むのならば異世界へ転生させて差し上げますよ。ちなみにその異世界は物理法則に魔法が加わった世界です。剣と魔法のファンタジー世界ですよ!あなた方の好みでしょう!」
ニタリと黒い男は嗤った。
少年はそこに悪意を感じとって躊躇する。
「趣味で異世界転生って……それをしてどうするんですか?
「どうもしませんよ。ただ観察して楽しむのですよ!人間は実に面白い!強欲で愚かでそのうえ怠惰なヤツほどいいっ!例えば学校でいじめられているヤツ、あるいはブラック企業に就職して不満を持ちつつも何となく仕事を続けるヤツ!どいつもこいつも自分の怠惰が原因のくせして改善するための努力を一切放棄している。見た目が劣っていると思うならば身だしなみや姿勢整えればある程度は見られるようになるでしょう。コミュニケーションが足りていないならば話しかけて友達を作ればいい!頭が悪いなら日頃から勉強すればいい!出来てる奴は日頃からそういった努力を小さい頃から継続している。それなのに努力を一切してこなかったヤツらがたまたま自分に降りかかった不幸だと嘆くばかりで努力を放棄する。そんなヤツにかぎって異世界転生の話を持ち掛ければチートだなんだと一人前に要求してくるのですよ!ええ、ええ、当然チートを与えて異世界転生させますよ」
黒い男は次第にしゃべる話はエスカレートしていく。暗くて見えないが恐らく愉悦にゆがんだ表情をしていることだろう。
「だってそうでしょう!?チートを与えて異世界転生させた所でこれまで現実から目を背けて怠惰に生きてきただけのヤツらが急に変われるわけないじゃないですか!どれ程のチートを与えようが能力を伸ばさなければ現地の人間にも後れを取りますよ。それなのにゲーム感覚でチートを使って好き勝手に暴れて捕まるヤツの多いこと!また、中世を思わせる異世界の文明レベルから現地の人間を見下つヤツもいますがね、知識を無知をあざ笑うための道具と勘違いしている馬鹿に一体何が出来るでしょうか?出来るわけがないっ!私はね、そういったヤツらが失敗して転げ落ちていく様を見るのが大好きなんですよ!!」
あまりな言いぐさだった。黒い男はおそらく人間のことが嫌いなのだろう。こいつに異世界転生させられた人たちはさぞ不幸になった事だろう。そんな人間嫌いを起こしていそうな発現に対して少年は肯定も否定もしなかった。言葉に出さないだけで何らかの回答を持っているかといえばそうでもない。少年にはそんな経験すらした事が無くて分からなかったのだ。だが自分もその内の一人として扱われようとしているのは分かった。
「そうやって俺も陥れておもちゃのようにするんですか!?」
そのためか恐怖を抑え込み強い口調で問いただす。
「おっと、一つ勘違いして頂きたくないのですが私は何もしていませんよ?ヤツらが勝手に失敗しているだけです。まあ人選に偏りがあることは否定しませんが、あなたは私が選んだ人間ではないですからね。そのような結末になるというわけでもありません」
悪びれもせずに黒い男はそう告げる。
「それから異世界転生する場合、あなたには魔法を使うために必要な魔力回路は与えません。先ほど言いましたが少しおイタをした転生者が多くてですね。転生時に発生するエネルギーがあちらの広域警報装置に検出されてしまい、そこから調査をされると転生者だとバレてしまうのですよ。なぜバレるかというと我々が与える魔力回路は現地の人間がもつものよりも優秀でしてね。魔力量を調べるとバレてしまうのです」
「……魔力回路ですか?それがないと、どうなるんですか?」
「魔力回路には二つの機能がありますね。一つは魔力を生成する事、もう一つは魔力を加工して体外に出力すること。魔法を使うために必要な器官です。なければ当然魔法は使えませんよ」
剣と魔法のファンタジーなる世界で魔法が使えないというのはどうなんだ?と思うが既に確定事項のように語っていることからごねてみても無駄だろうと考える。それでも念のために確認する。
「その、魔力回路があってもその警報装置に……見つからない場所で転生することは出来ないんですか?」
「出来るけどやりませんよ。これはねゲームなんですよ。ゲームにはルールが必ずあるでしょう?だから面白いのですよ!いくつかマイルールを設けていますが地域や時間軸もその一つなのです。だから魔力回路を与えれば確実にバレます。警報装置が使われ始めて以降の転生者はみな見つかってしまいましてねぇ、面白くなる前に対処されてしまうんです」
やれやれといった感じの身振りをわざとらしくして見せる。
黒い男は少年の都合なんて考えておらず自分自身の楽しみを優先しているようで取り合ってもらえそうもなかった。やっぱり無理かと少年は諦める。だが、黒い男はいい事を思いついたとわんばかりのワザとらしいポーズとる。
「そうだ!その代わり別にいいものを与えますよ。ふふふ、いかがです?」
「……別のいいもの……ってなんですか?」
「神の加護と呼ばれているものです。神の名を冠することからも効果は保証しますよ。どんな効果かは転生後のお楽しみだよ」
この程度ならばマイルールからは外れない。そもそも黒い男自身が勝手に決めているルールなので細かい線引きなど無いも同然の曖昧なものだからいくらでも曲解できた。本来備えるべき魔力回路の代わりなのだから、神の加護を通してなら多少の干渉もいいだろう、と。少年がこの力を使った時にどうなるのかを想像して黒い男は愉悦に浸る。
クスクスと嗤いながら言う黒い男は実に胡散臭い。おそらくこれまでの話で嘘はいってないのだろうが全てを喋ってもいない、少年から確認をしないなら黙っている腹積りなのだろう。だが少年には何が分かっていないのかも分からないので続く質問は出てこない。黒い男はそんな少年を見限る振りをして返事をせかした。
「無理にとは言わないですよ。このままここにいたければどうぞお好きなように」
こんなので色よい返事をしたらそいつは詐欺師に簡単にだまされるような馬鹿だろう。
「……わかった。転生させてほしい」
--それでも少年は転生を受け入れた。震えはもう止まっていた。怖くはなかった。いまわの際に爆発させた生きたいという強い感情が魂に刻み込まれていた。転生後の不安よりも生きたいという思いの方が勝った結果だ。
「よろしい!でははじめましょうか!」
黒い男は右手を少年に向けた。見なれない模様のような文字のようにも見えるものが規則通りに並んでいるように見える。それが渦を巻くように広がっていき少年を飲み込んだ。一際大きな光を発したと思ったら少年は消えていた。
それを確認してから黒い男は楽しそうに転生していった少年の魂を見つめていた。
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