《手遅れの追憶》もう後悔しないために、キミに伝えたい僕の想い
ファンタジー要素多めなので、苦手な方はその辺を軽く読み飛ばして頂いて結構です。
異世界恋愛が最近ざまぁ系ばかりだなぁと思ったので違うのを書いてみました。
よければ後書きまでお読みください。
ではどうぞ!
視界はすでに暗く、身体の感覚も徐々になくなっていくのがわかる。
明らかに満身創痍だとわかる僕を見つめているのは、涙で目が腫れてなおその整った顔立ちに見惚れてしまうほどの少女。
それはかつての遠い思い出に残るそれのままで、しかしどこか洗練された美しさを感じさせる。
「――――――――――!」
霞む景色の中で、彼女が何かを叫んでいるのがわかる。だが、僕にはもうその言葉は聞き取れない。届くことはない。そろそろ、終わりが近づいてくるのがわかる。もう、本当に僅かしかないのだろう。なら、せめて僕は―――――――――――
◇ ◇ ◇
▲ ▲
「ネアちゃん、今日は何してあそぶ?」
「あ、ランくん!今日は…おままごと!」
「え〜、それおとといもやったよー?今日はかくれんぼしようよ」
「かくれんぼはきのうやった!だから今日はおままごと!」
「…おままごとね、うん」
「じゃあはやくいこっ?」
それはありふれた農村の、ありふれた子供達の、ありふれた日常だった。年端もいかない子供の頃は、男女の違いなど大して気にせずに、もしくは幼いからこそその違いに無邪気で純真なまま接して触れ合うことが多い。何の変哲もない、ごくごく自然な日常だった。僕と、僕より一週間だけ遅く生まれた彼女が十だったある日。僕の中で一番新しい、幸せな思い出だった。
「ランくんはだんなさんね!ネアはおよめさん!」
「いつもそれじゃない?」
「ネアはいつかランくんのおよめさんになるの!じゅうごさいになったらけっこんするの!だからいいの!」
「は〜い。それで、今日はなにつくってくれるの?」
「え〜っとね、おだんご!」
日がな一日外で遊び回り、夕方にどろんこになって帰ってくるのはよくあることだった。僕はそれが、いつまでも続くと、それが当然だと、信じて疑わなかった。
それが、どれほど脆い幸せかなんて、知りもしなかった。
「じなないで!じんじゃいやぁ!ランぐんっ…!」
村が、モンスターの大群に襲われた。
村は原型を留めていない。大人達は大勢死んだ。
運良く生き残った僕とネアちゃんだったが、僕は脇腹が大きく裂けていた。逃げる最中にモンスターに負わされた傷だった。
「ランぐん!ランぐん!!ランぐん!!!」
血が足らなくなってきていたのか、意識が朦朧としていた。
「おねがいっ!かみさまぁ!ランくんを!ランくんを…!」
「助けてええぇぇぇっ!!」
回らない頭でネアを中心に周囲が白く輝くのを感じたのを最後に、僕は意識を失った。
目を覚ますと、見覚えのない家にいた。人に聞くと、どうやら隣町らしい。かなり大きかった傷はあたかも最初からなかったかのようになくなっている。
「っ!ネアちゃんは!?」
周囲をキョロキョロと見回すが、彼女の姿はなかった。代わりに紙切れが一枚、そばに置かれていた。
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ランくんへ
いつかぜったいかえってくるから、そ■までまっててね。ネアもがん■るから、ぜった■■っててね。かってにいなくなった■■■いでね。や■そくだよ。ぜったいに、ぜっ■■だから■■■■■■■■■■■■■■
ネアより
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酷く読みにくい、走り書きだった。ところどころ何かで濡らしたかのように字がにじんでいた。
近くにいた大人に、掴みかかる勢いで問い詰めた。ネアちゃんはどうなったのかと。どこに行ったのかと。
大人はにこやかに答えた。
君を助けようとしたときに聖女の力に目覚めて、その力で君を癒やした。それが教会に伝わり、教会に連れて行かれたんだ、と。
なんで笑ってやがる。こいつはなんで笑顔なんだ。
大人は続ける。
聖女に選ばれるなんて光栄なことなのに、なんで連れて行かれるときに泣いていたのか意味がわからない。そういえば、最後に時間をもらって何か書いていたね。君宛てだったようだけど読んだのかい?にしても、聖女が現れたんだから、きっとたくさんの人が助かるんだろうね。いやぁ、めでたいことだ。
何を、ヘラヘラしてんだよ。たくさんの人が助かる?それは、ネアの幸せを考慮した上でのか?まだ自分同様、子供であるネアがなんで泣いてたかもわからないような人間に言ったって意味はない。幼いながらも、僕はそれを理解した。だから、もう言葉を交わすつもりはなかった。
グシャっ!
僕は大人の横っ面に拳を一つ叩き込むと、その場から駆け出した。もう、守られるだけなんてごめんだ。助けられるだけなんて嫌だ。
だから、僕は。
強くなりたい。
今度は、僕が守るんだ。
僕が、助けなきゃいけないんだ。
◆ ◆ ◆
月日は流れて、僕は12歳になった。このころにはもう、僕は冒険者という職業についていた。モンスターを屠ることを主な仕事とする、命をはった危険な職業だった。
ある日、僕はいつものように依頼を受けに、ギルドという施設にむかっていた。ギルドは冒険者に頼みたい依頼が張り出されたり、冒険者同士で交流をはかる、なくてはならない場所だった。
僕はいつも依頼を受ける前に、他の冒険者の会話に耳を傾けていた。つまるところの、情報収集だった。その中に、ひときわ興味を惹かれる話題があった。
なんでもあの聖女様、この国の第一王子と婚約したらしいぜ。
まじかよw俺、聖女様かわいいから狙ってたのになー。
お前ごときが釣り合うわけねぇだろw
ネアが、婚約?相手は王子様って?
結局その日は依頼を受ける気にならず、一日中その王子について調べた。その結果わかったことは、王子は眉目秀麗、文武両道の、まるで絵に書いたような王子様らしいこと。特に武術の才はずば抜けていて、次代の英雄とまで呼ばれているらしい。
はは、僕なんかとは大違いだ。まさしく、聖女に相応しい相手じゃないか。
いつの間にか手からこぼれ落ちた思い出は儚い雫となって頬を伝い、地面に僅かな潤いをもたらした。
◆ ◆ ◆
再び時は進んで14歳になって暫くした日。
僕は王都より東に位置する大きめの街に、依頼で訪れていた。
この街のギルドで情報収集をしていると、ふと気にかかる話題が耳に入った。どうやら街のさらに東にある森――――地元では魔の森と呼ばれているらしい――――に、アンデッド系のモンスターが集まっているらしい。アンデッド系はゾンビやゴーストなどの種類の総称で、冒険者達には嫌われているやつらだった。
「よぅ火の魔法使いのあんちゃん。辛気臭い顔をしてどうした?」
「いや、アンデッドの話を小耳に挟んでな」
「あぁ…あれか」
アンデッド系には魔力を使って攻撃することが最も効果的とされている。魔力をまとった武器でも攻撃は可能だが、やはり魔法が一番らしい。
「かなり高位のB級冒険者のあんちゃんでも、怖いってことかい?」
「いや、アンデッドなら火の系統が活躍するってことだし、忙しくなるのかなって、な」
「そんときにゃ、ご活躍期待してますよ?」
冒険者の一人との会話を打ち切って依頼に向かう。
アンデッドとは、かつての人間の成れの果てだ。肉体が綺麗に残っていたら腐肉のゾンビ、肉体が駄目になっていたら、その人間の体内の魔力が抜け出て、それがゴーストとなる。見た目は両方人間とそっくりとも言える。なお、ゴーストは存在自体が魔力の塊で肉体への負荷を考える必要がないため、魔法を使えば人間より遥かに威力が高い。
そんなわけではあるが、僕が得意とする魔法である火は、古来より浄化の役目を担うこともあったため、アンデッドには特に効果的なのだ。
「さて、討伐依頼対象は森の浅いところか…出くわさなきゃいいが」
その日は何事もなく依頼を終えた。それが、嵐の前の静けさとは知らずに。
翌朝、いつもより騒がしい外の音で目が覚めた。
寝床から出てみると、たくさんの人が走って移動していた。冒険者らしき人は様々な武器や兵器を持って東へ、それ以外の人は西へ向かっているようだ。
「なぁ、何があったんだ?」
「アンタは…あぁ、火使いの。知らんのか?今朝、あの森に集まってるっていうアンデットどもがこっちに向かってきてるって言われてんだ」
「そうなのか」
「なんでも、周辺の見回りに出ていた警備兵が見たんだとよ。まぁ、とりあえずギルドにでも行ってみな。高位の冒険者を集めるって言ってたから、何かあるかもしれんぞ」
通りがかった冒険者に礼を言ってから別れてギルドに向かった僕は、ギルドの職員らと作戦を練ることになった。
「なぁあんちゃん、アンタが最初に敵陣に突撃かますってのは、本当なのか?」
作戦会議が終えた日暮れも近い時間。俺に尋ねたのは、いつかにギルドで話しかけてきた冒険者だった。あの時は考えに集中していたせいであまり容姿は見ていなかったために声音で判断したのだが、今見たところ、この男は僕より年上のようだ。
「ああ。僕が名乗り出た。アンデットとの相性は―僕が一番だったからな」
「無理、してんじゃないよな?」
「いや、違う。そんなことはない」
「死ぬ気じゃないよな?」
「死ぬ気はない。あ、まだ耄碌したわけじゃないからな。それに――――」
「…」
「それに、帰ってくる理由がある。やりたいことが、やらなきゃいけないことが残ってる。だから、絶対帰ってくる。たとえ死んでも帰ってきてやるさ。意地でもな」
僕が冗談まじりに笑うと、その冒険者もまたつられて笑う。
「そうか。なら、頑張んな」
ゴオーン!ゴオーン!ゴオーン!ゴオーン!
大きな鐘の音が響く。奴らが来た 合図だった。
「じゃ、僕は行くよ、お節介焼きの冒険者さん」
「おう。ちゃんと帰ってきたら、飯でも奢ってやるよ」
その声を背に、僕は東へ走る。
「お前は俺と違ってまだまだ若いんだ。絶対に、命を散らしたりすんなよ…」
男冒険者のかすれるような声は、風に溶けて消えていった。
魔法の火と腐肉と、揺らめく魔力の塊が舞う夜の戦場で。
僕の体は15の歳を数えた。
けれどこの時、心の時計は。
幼きあの日の形のまま、針を動かすことを忘れてしまった。
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号外!!
東の街を襲ったアンデットの大群は辛くも退けたものの、国は前線を甚大な被害の出た東の街から王都まで後退させ、徹底的な防衛戦にする模様。
なお、街の防衛に最も貢献したとされるB級冒険者――――――
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◇ ◇ ◇
「聖女様」
「…なんです、王子」
王都の東門前には、数え切れないほどの冒険者や騎士が集まっていた。
一週間前に東の街に襲来したアンデットの大群は一時撤退していたものの、それ以上の数で王都に攻め込もうとしていた。
「つれない反応だなぁ。これでも私達は婚約者同士だというのに」
「わたしは了承した覚えはありませんが。用がないなら帰ってください」
今、わたしは防衛作戦の本陣で作戦内容の最終確認をしていた。
「いやなに、この作戦の鍵となるのが、聖女にして私の婚約者の君だからね。重圧に押しつぶされないか心配で様子を見に来たのだよ」
「問題ないです帰ってください。はっきり言って邪魔ですので」
「そうか。では、聖女としてのその力、存分に発揮するといい」
なんとか王子を追い返したはいいものの、本当は緊張と不安でいっぱいだった。
作戦の大筋は、最初に国の魔法師団や魔法を使える冒険者からなる魔法使い部隊による火魔法の全力発射を行い、その後に接近戦を騎士やその他の冒険者が行う、という流れだ。そんな中、わたしは魔法使い部隊の大将みたいな立ち位置にされていた。聖女の力がモンスター全般へ多大なダメージを与えられるかららしい。
「はぁ…こんな時、ランくんならなんて言ってくれたのかな…」
今でもふとした瞬間に脳裏をよぎる、幼馴染みの顔、声、姿。もう5年近く会っていないのに、わたしの心にはいつも彼がいた。辛くても、彼がいたから頑張れた。苦しくても、彼がいたから我慢できた。悲しくても、彼がいたから乗り越えられた。
国や教会には、『役目を終えれば会いに行っていい』と言われた。だから、いつかきっと再会するために、今日までやってきた。やってこれた。
でも、今度の作戦の後を考えると、不安でいっぱいになる。
生きて帰れるのかな。
あまりにも自軍と敵軍の兵力差がひらいている。おまけに相手は死してモンスターと成り果てた者。精神的にも物理的にも、非常に厳しい戦いになるだろう。
「聖女様!アンデットが現れました!準備をお願いします!」
伝令が入る。それはわたしにとって、死の宣告に近い。けど、頑張らなきゃいけない。だって、約束したから。『がんばるから』って。きっと、ランくんは待っててくれる。期待を裏切らないように。ランくんに再会しても恥ずかしくないように。胸を張って会いに行けるように。そのために――――
「今向かいます」
わたし、頑張るよ。だから、もうちょっとだけ待っててね。
◇ ◇ ◇
アンデット達のど真ん中。
そこに、周りとは違う人影があった。
他に大勢跋扈しているアンデット達とは違って、自分の色を明確に持った人影。
それはまるで、水晶や宝石のように透き通った輝きを放っていた。
その人影が、天に手を伸ばした。
日は沈み、月光が照らし出した静寂の空。
やがて、その人影を中心に魔力が渦巻き、集い始める。
苛烈にして静謐。
猛火のように激しく荒れ狂いながらも、そこにあるのはただ静かな意思の塊、結晶。
そして魔力は、一つの魔法を紡ぎ始める。
轟音を上げて天を衝く巨大な火柱が生み出される。
それも僅かの間で、火柱はその核たる人影に今一度収縮し、集まる。
キラリと、地上で星が瞬く。
衝撃が走り抜けた。
人影を中心として炎の波が生じ、辺り一帯のアンデットに火を灯し、その一切を塵も残さず焼き尽くした。
◇ ◇ ◇
作戦の本陣では、大きな混乱が生じていた。
魔法使い誰かが先走ったのか。
そもそもあんな魔法を使える者がいたのか。
憶測が憶測を呼び、謎が謎を深める。場は混沌としていた。
そんな中に一人だけ、すぐに行動に移った少女がいた。
少女は戦場の一点のみを目指して足を動かしていた。
ありえない。
なんでそこに?
でも、そうとしか…
「どうしてあなたがそこにいるのっ!」
少女は戦場の中心に倒れ伏す人影に向かって、幼きあの日に離れ離れになってしまった彼の元へ、懸命に足を動かしていた。
「ランくんっっ!!」
◇ ◇ ◇
少年はうつ伏せに倒れ込んだまま、薄っすらと目を開く。遠くで、自分を呼ぶ声がする。視線の先には、あの頃よりずっと綺麗になった彼女が、はしってきていた。
「――」
言うことを聞かない自身の口からは、うまく言葉が紡がれない。精一杯、声を張り上げて叫びたい。彼女の名を呼びたい。けれど僕にはもう、その権利はない。そうすることは許されないのだ。だから、待つ。いつかとは逆に、僕が彼女を待つんだ。お願いだ、はやく会いに来てくれ。僕が、いなくなる前に。
◇ ◇ ◇
倒れた彼を抱き起こす。
既にその体は、あたかも最初からなかったかのように体温を感じられない。
聖女たる自分だからこそわかった。もう、助からないと。
「――――」
ランくんが少しだけまぶたを上げてこちらを見た。なんて言ったかはわからない。だから、その動きを必死で見て、読み取ろうとした。
「――――」
『ごめんね』
なんでランくんが謝るのっ!何も言わずにいなくなっちゃったわたしが悪いのに!
「――――、―――――――。―――――――――――」
『やくそく、まもれなかった。じぶんからでてきちゃった』
ランくんがいればなんでもいいよ!だから生きて!生きてよっ…!
「―――――。―――――――――――――――――――――――」
『なかないで。ぼくはきみがわらっているところがすきなんだからさ』
ねぇ、最後なんかじゃないよね…?まだ、生きててくれるよね…?
「…―――。――、――――――――」
『…ごめん。もう、じかんがないんだ』
嘘だよね?嘘だと言ってよ。いなくならないでよ…!
「―――、―――――――――」
『だから、さいごにひとつだけ』
「会いたかったよ、ネア」
その言葉を言い終えた途端、少年の体が端から少しずつ燐光へと変わっていく。
わたしはそれを眺めていることしかできなかった。
そして、少年の体が全て光の粒となって消えていった後、そこにあったのは、一枚のしわくちゃの紙切れ。
あの日の約束。
大切な、思い出。
わたしはそっと紙を手に取って、目を見開いた。
幼いわたしが書いた裏側。
そこには――――
迎えに来たよ、ネア
お読みいただきありがとうございました。
どうだったでしょうか?楽しんでいただけたなら感無量です。
さて、ここで作者から問題です。
この物語の終盤、主人公ランくんはどうなっていたでしょうか?
暇があったら感想で答えてもらえると嬉しいです!
ありがとうございましたm(_ _)m