03-26
誰が始めたかはともかく、帝国宙軍総旗艦【強襲戦艦オルシャネウス・オルシア】の中にいる皇子やら皇女やらは有線でネットワークを構築して内内でのやりとりをするようになっている。
無機質美人のホログラムが完全に船を掌握していると理解したがための対処なんだろうが、そのケーブルから非接触で通信データを抜けるので意味はなかったりする。
有線通信を非接触で傍受する技術は≪金剛城≫においては枯れた技術に分類される。ケーブルを梱包塗料でシールドしてしまえば、今のところは完全に遮断できるのが理由だが、そうじゃなくても攻めと守りでイタチごっこを呈する類の技術なので≪金剛城≫クルーの皆さんにとっては弄っていてあまり面白くないそうだ。
そんな陰謀論とか流行っていそうな帝国宙軍総旗艦【強襲戦艦オルシャネウス・オルシア】の船内状況だが、内緒話を極力しないようにしている一派がいる。
むしろその場にいない誰かが話を聞いているのを前提とした説明とか挟んだ会話をするらしい。
そう。今までの身分やなんかを全部捨てるので保護してほしいと求めている一番まともな皇女達だ。
俺としてはあの一部だけでもさっさと受け入れて、残りは新エルフ星のある恒星系には来なかったってことにすれば良いんじゃないかなとか思ったりする。
「皇女様達、結構有能なんですよね。確かに家に来てくれたら私たちの負担が減ります」
食堂隅のリラクゼーションスペースで独占期間中の俺の別の複製身体と一緒にごろごろしているムチムチ美人さんも俺の案に賛同してくれているが、ウチの発音に何か含みがあるように感じられた。
「ふはははは。我らが同胞をまた増やすか宗主殿。良き良き。宗主たるもの豪気でなくばな」
デビごっこさんがなにやら俺の意図しない方向へ話を進めようとしていなさる。どうでもいいと言えばどうでもいいけど、俺って宗主だったっけ? 前はデビごっこさんの眷属じゃなかったかな。知らないうちに下剋上したのかもしれない。
「まともな所為でマイノリティな皇女様達もそろそろアブナイみたいだしー、他のは会話が成り立ちそうもないしー、もうパパっと片付けちゃって良いんじゃなーい?」
相変わらずキリっとした顔で気が抜けるような喋り方の小さい方のダブルで一番さんも俺の案に賛成のようだ。でもアブナイってなんだろう。
「アブナイんですかぁ。じゃぁ、早く保護するべきかもしれませんねぇ」
気づいたらみんなの分の飲み物と一緒にやってきていたおっとり長女エルフさんも賛成と。でもこの人、話を聞いてないまま流れに合わせたりすることもあるので実際はわからない。
あとそれはそれとして、この金属光沢のある茶色い飲み物って本当に俺が飲んで大丈夫な奴? 鉱物由来人種専用飲料だったりしない?
「ところでその皇女さん達、何がアブナイんですか?」
「それはねー」
とだけ言って小さい方のダブルで一番さんが俺を起こそうとするので、促されるまま大きいクッションに埋もれるように座ると案の定俺の上に小さい方のダブルで一番さんが腰を下ろした。自分の胸を支えさせるのに胸下で俺の腕をロックさせ、大きい耳で人の顔を両側からぺちぺちするまでがワンセット。
いつものことですけど以前はもうちょっと遠慮があった気もする。これはこれで仲が深まった感じがしてヨシ。
「ふぅ……端的に言うと、まともな人達とそうじゃない人達で船内が2分されたので、劣勢に立たされることとなったまともな皇女様達が……ああ……まともじゃない人達に何されるかわかったもんじゃないってことです」
説明するそぶりを見せて何も言わなくなった小さい方のダブルで一番さんに溜息を吐いたムチムチ美人さん。代わりに教えてくれようとしたものの、途中で変な間を挟んで何かに気づいたと思ったら雑な感じに説明を切り上げられた。
もしや俺の理解力を超えた話だったのやもしれぬ。
「そうではないぞ。ざっくりまとめようとしたら思いの外説明すべきことが多くて2人とも面倒くさくなっただけだな」
デビごっこさんが割と辛辣。でもムチムチ美人さんはこの場にいる独占中な俺の複製身体の手で両目を隠してこっちの俺と目を合わせようとしないし、小さい方のダブルで一番さんはその大きな耳をペタンと倒して自分の目を塞いでいる。
デビごっこさんに視線を戻すとやれやれってポーズのあと色々教えてくれた。デビごっこさんあざっす。
大前提として、帝国において帝位継承権を持つのは皇子のみ。
初代皇帝の子供は結構な人数が居たものの、その9割が皇女だったので雑に継承候補者を減らしたのだろうとのこと。その後も皇族は明らかに男女の出生率が偏っているし、ボンクラが帝位に就かざるを得なかった代には姉が実権を握ることで帝国は発展していったそうだ。
で、その慣習は皇帝がお飾りになった今も続いており、帝位継承権を持つ皇子はまっとうではない方向の高度な教育で頭空っぽに育てられるが、帝位継承権を持たない皇女は皇族籍から抜けることも多く割とマシな教育を受ける機会もある。その機会というのも皇帝の妃である母親や同腹の皇子の立場が強く関係してくるので詳しくは割愛。
そうしたまともな教育を受けることのできた皇女達は、皇帝が飾りに過ぎない現状における自身の不安定かつ危険な立場を理解しており、所謂上流階級の子弟の類とは距離を置き、身の安全のために一定数与えられる護衛ロボットで身を守っていた。
有力者とつながりを持って身を守るとかする人も居そうだけどと疑問を口に出したら、デビごっこさんがにっこり笑ったのでそう単純な話でもないんだろうと続きを促した。そろそろ脳のキャパシティーがいっぱいになりそうなので配慮してほしいでーす。
帝国の政変に際して逃げ込んだ帝国宙軍総旗艦【強襲戦艦オルシャネウス・オルシア】の船内では、皇子と皇女で真っ二つに勢力が分かれ、皇子達の取り巻きという数の力や皇女達の護衛ロボットという武力が危うい均衡を構築していたため特に大きなトラブルもなかった。
帝国宙軍総旗艦に逃げ込めた皇子達は継承順位も下の方なので能力的に相応の取り巻きしかおらず、護衛ロボットも目障りだとか頭のアレな理由で自分の意思により排除してたとあって戦力的には低いのが勢力が均衡した要因だ。
しかし新エルフ星のある恒星系へ帝国宙軍総旗艦がやってきたあと意見が衝突した結果、皇女の一部がなぜか皇子の方へ合流したことで武力の均衡が崩れてしまっている。
戦力に明確な差が生じれば、マイノリティが排除される危険は高いというのが現在の船内状況である。
つまり端的に言えば、まともな皇女さん達はまともだった所為で命が危ういらしい。
もう選択肢はないよなー。聞かなきゃよかったと思うけど、聞かないで手遅れになってたら後悔してただろうし、結果ヨシってことにしておこう。




