03-15
忘れてたってことで海老蝦蛄惑星の再構成を集中して眺める日々を送っていたら、旧エルフ星を新エルフ星のある恒星系へ無事移動させたと聞いた。
そんな面白すごいことを俺の居ないところでやってしまうなんてひどいと思ったら、その件の賛同者一覧にちゃんと俺のサインもあった。細かいこと考えないままサインしたか、サインしてから完全に忘れてたやつが悪いという当然の帰結。
「サインしたあと忘れてたならまだしも、内容を理解せず無意識にサインしてたんだったらちょっと危ないなこれ」
病気なら治せば良い。≪金剛城≫なら多分大概の病気を治せるし、クルーの何人かは帝国での医師免許を持ってたはず。
でも複製身体関係で不具合が出てたらどうしよう。≪金剛城≫に治せる技術があっても施術できる人は居るかな。≪金剛城≫なら全自動で治してくれそうだけど……なんか≪金剛城≫に任せれば万事解決してくれそうだ。
不安はすぱっとなくなったものの、一応メディカルポッドに入って詳細診断で健康状態を確認しておこうかな。
「問題ありません。惑星を移動させる件に関しては、その後に意識のほとんどを別惑星の再構築に上書きされただけです。オリジナル身体及び各複製身体、魂、自我に至るまで健康そのものです」
いざ、と立ちあがったら後ろからふわっとハグされて耳元に囁かれた。おおう。ぞくぞくする。声からするに無機質美人のホログラムか。
「ホントに? なんか最近物忘れが激しい気がするんだけど本当に問題ないの?」
旧エルフ星移動賛同のサインだけじゃなくて、ほらアレ、アレとか忘れてたって気づいたときちょっとヤバくないかなって思ったし。もうアレがなんなのか、何を忘れてたのか思い出せそうにない。忘れてたって事実は覚えてる。
「問題ありません。興味がないと判断した事柄を忘れる癖がついているだけです」
そっかー忘れる気がないのに忘れちゃうんじゃなくて、覚えてる気がないから忘れてるだけかー。
「自分のことながらそれはそれで問題なのでは?」
それ癖になっちゃうとマズイんじゃないですかね。
「大丈夫ですよー。本当に忘れちゃマズイことまで忘れるようになる前に私達が注意しますし、その癖を修正したいならすぐですから」
気づかない内にムチムチ美人さんが無機質美人のホログラムと2人で俺を挟む位置に立っている。
ふむ。俺が逃げようとする話をしに来たんですね。分かります。
「察しが良くて何よりです。君以外の誰も知らない内に、海老由来人種の人達と蝦蛄由来人種の人達が住んでいた惑星が再構成されていて、もう移住できそうになってるんですよ。勿論詳しいことは君が知ってますよね?」
あ、もしかしてちょっと怒ってらっしゃる? 笑顔なのに眉間に皺が寄って口角と蟀谷がピクピクしてる。
スッと無機質美人のホログラムに助けを求める視線をやれば、首を横に振られた。はい。大人しく叱られます。
新エルフ星の人口比で海老蝦蛄さん達が結構な割合を占めてるし、母星に帰りたいって思ってる人達もいるだろうし、これからも難民の保護を続けるなら人が住める場所は多い方が良いかなって思ったんです。
あ、いえ、旧エルフ星への移住やらの計画を邪魔するつもりはなくてですね、考えなしだったっていうか。
事前に皆に相談して協議すれば無駄な手間もかからなかったと言われると正論過ぎてぐうの音も出ませんけど、ほら、皆なんか忙しそうだったし邪魔しちゃ悪いかなってはいすみません。
旧エルフ星がある恒星系でも新エルフ星のある恒星系でもない、銀河間宙域にある無人の恒星系で海老蝦蛄惑星を再構成したので、勿論移動させる手間が発生しているとムチムチ美人さんに言われて漸く理解した。
そもそも皆が忙しそうにしていたのは旧エルフ星の移動を安全に行うため。
綿密に綿密を重ねて万が一の万が一どころか京が一にも失敗しないようにシミュレーションを繰り返したり、惑星2つそれぞれの住民に計画を説明したり出ていきたい人がいればその対応などしていたから忙しくしていた。
だというのに、更に同じだけの作業が増えたということだ。なおどちらの惑星からも出て行った人はいないとのこと。
新エルフ星のある恒星系で最初から再構成すればこんな手間はかからないという点を一番叱られた。
こっそりやってごめんなさい。
そんなわけで旧エルフ星は新エルフ星のある恒星系へと移されたが、惑星にも恒星系にも何一つトラブルは発生していないそうだ。
特大人工ワームホール発生装置を使った惑星移動プロジェクトの経験を活かし再構成した海老蝦蛄惑星も移動させるとなると、また≪金剛城≫のクルーの皆さんが大変忙しくなるのでそのケアはしっかりするようにと、ムチムチ美人さんと無機質美人のホログラムの2人から仰せつかった。勿論でごぜえやす。
海老蝦蛄惑星の再構成が終わったら、有り余る資源を少しは消費すべく新しい居住可能惑星を作るつもりだったとかは絶対言えないので黙っておこう。
でもなー、そうするとなー、資源が積み上げられるばかりでまるで消費されないのが気になる。
今この時だってあっちこっちの調査に乗り出している機械的知性達はワームホールを見つけている。
更にそのワームホールが通過可能ワームホールでその先が収縮の進んだ次元だった場合、放っておいても消滅しちゃうだけだし貰ってしまおうってことで毎度毎度根こそぎ採集している。
つまり、新エルフ星のある恒星系が存在する銀河間宙域のあちこちには、現時点ではちょっとどうしようもない資源の集積場がいくつも築かれている。
少し具体性を持たせた表現だと、新エルフ星のある恒星系に20や30の居住可能惑星を作ってもだだ余るくらいには資源が溜め込まれているらしい。
ま、今考えなくちゃいけないことでもない。必要になったらドバっと使えばいいか。




