04-28
「あ、滅んじゃった」
無機質美人のホログラムがぼそっとなんか恐ろしいことを言った。
「数多の世界戦に存在する大量の俺達の一つが滅んだとかそういう……?」
「え、こわ……」
「私という自我は一つではなく、数ある私の一つでしかなかったのだー」
「え、まさか本当に……この私って……?」
俺と背中合わせにマットに座ったまま、俺の悪乗りにガチでびびってるぎしゃーさん。
いつも通り俺の股の間に座って俺に背中を預けたまま、悪乗りに乗っかった小さい方のダブルで一番さん。
俺達と同じマットの上には座ってるけどマットの隅っこに座ってお世話の機会をうかがいつつ、俺と小さい方のダブルで一番さんが同じようなことを言うので不安になってる白手袋擦り合わせる拳の鋭い子。
「え?」
逆さで宙に浮いたまま、何も言わない内に勝手に話を膨らまされて困ってる無機質美人のホログラム。ホログラムって宙に浮くって言うのか……いや、そもそもホログラムではないんだっけ。
「それで、結局何があったの?」
中身のない小芝居に参加してなかったぎしゃーさんが無機質美人のホログラムに訊ねる。
「あ、はい。ええとですね、皆さんの故郷の――もう≪金剛城≫だと少数派なので皆さんとは言えませんかね……」
「え、あっちの銀河滅びちゃったの?」
「やばー」
「滅びたのは銀河じゃなくて帝国です」
「そう」
「そかー」
「もう名前も覚えてないですけど、あの帝国ってまだ残ってたんですね」
銀河が滅びたのかと一瞬焦ったものの、滅びたのはどこぞの帝国一国だけかと一瞬でどうでもよくなったのが自覚できた。小さい方のダブルで一番さんもぎしゃーさんも興味がなくなってるって見てわかる。
「ええ……故郷なんですよね……?」
白手袋擦り合わせる拳の鋭い子が俺たち三人の急激な変化にちょっと引いてる。
「故郷だけど、俺達って誰もあの国に心残りとか未練とかないんだよね」
ぎしゃーさんも小さい方のダブルで一番さんもうんうんと頷いている。
俺は小さいころに両親を亡くして叔父のところで厄介者扱いされながら育ったし、元レディアマゾネスSPさんたちは天涯孤独か、血縁者とは修復不可能な関係性のどっちからしい。だからこそハニトラ的な特殊部署に登録して少なくない手当を求めていたわけだ。
なお、実働経験は俺の時一回だけだと全員に念を押されている。譲れないラインとのことなので、俺としても茶化したりする気は一切ない。当初の不慣れな色仕掛け? を覚えているので経験豊富だとは最初から思っていないし。
「はへー。ご主人様についてはお聞きしたことがありましたけど、他の方々もそんな感じだったんですねー」
白手袋擦り合わせる拳の鋭い子がちょっと間抜けな顔で納得している。俺に関しては寝物語というかそういうあれで話したのを、言われて思い出した。
「ところで、『帝国が滅んだ』って定義はどういうものなの?」
ぎしゃーさんがちょっと気になったくらいの雰囲気で無機質美人のホログラムに訊ねた。俺もちょっと気になる。
「帝国宙軍総旗艦【強襲戦艦オルシャネウス・オルシア】の存在は覚えてますか?」
なんそれ?
「帝国のレガリアー」
わざわざぐりっと俺の顔を覗き込んでどやっと無表情を誇る小さい方のダブルで一番さんが小憎可愛い。ほっぺでほっぺをうりうりしてやる。
レガリアなんて単語を聞く機会はそうそうないので、それをきっかけに記憶がするすると出てきた。
帝国皇女さん達が他のアレな貴族や皇子と一緒に乗ってたやつで、無機質美人のホログラムのお姉さんが帝国の初代皇帝と乗り回して帝国を興したやつね。
最近なにかの折に話題に挙がってた気はするものの、正式名称なんて出なかったはずなのでそっちで言われてもさっぱりわからなかった。
「そう。それです。それの継承権を有する者が完全にいなくなったのです。私と完全に無関係ではない国なので、一応は表に出ない範囲で手を貸して延命させていたんですが……」
私の予定ではあと四年は持つはずだったんです、と無機質美人のホログラムが凹んでいる。滅んだことそのものよりも、予定よりも早く滅んだのがダメージになっているようだ。まあ、無関係ではなくとも、ほぼ無関係だしそんなもんよね。
で、レガリアの継承権っていうと、初代皇帝の直系男子だっけ? ≪金剛城≫に帝国皇女さん達……元帝国皇女さん達がいるのに誰も居なくなったっていうなら直系でも女子は継承権無いってことだよね。
元帝国皇女さん達に他の親族が居なくなったと伝えるのは心が……心が……。
「……でもあれだよね。元々あの帝国の帝室ってここ数百年だかクソみたいな状態だったらしいし、≪金剛城≫クルーになった皆は大して気にしないんじゃね?」
元帝国皇女さん達を≪金剛城≫に迎える時の一件(03-23~03-26)でも、血がつながってるからって同じ人間だと思えるわけじゃないみたいなことを言ってたような気がしなくもない。言ってなかったかな。そこまでは言ってないか。
「今それぞれに通達しましたが、誰も何も気にしていません」
無機質美人のホログラムは仕事が早い。よっ、金剛経済圏一の有能さん。なお、有能とポンコツは共存可能とする。
「そういえば最近のあっちの銀河ってどんな感じなのかな?」
ぎしゃーさんが今更だが結構大事かもしれない点を指摘した。大事……大事かな……俺たちにとっては大事でもないな……。
「雄の居ない群雄割拠」
小さい方のダブルで一番さんがきりっとした無表情でそれぞれの言葉の意味をホロウィンドウで表示し、定義矛盾を起こしそうなことを宣う。貴女が手元で解説してくれてるホロウィンドウの通りであれば、雄 (すぐれた人物)が居なければ群雄割拠 (多数の優れた人物が対立しあうさま)は成立し得ないんよ。
「そんな感じです」
「えぇ……」
無機質美人のホログラムが小さい方のダブルで一番さんの言葉を肯定すると、納得できていない俺に向けられる無表情なキリっとした顔が自慢げな輝きを放った。
「群雄割拠というか、群愚割拠ですね」
無機質美人のホログラムの言う銀河を想像してみた。
「スラム以下じゃないのかな……?」
多分俺と同じ光景を思い描いたぎしゃーさんがドン引きしてる。白手袋擦り合わせる拳の鋭い子もドン引きしてる。勿論俺だってドン引きしてる。誰だってそうなる。
「そういうところを地獄って言うらしいー」
小さい方のダブルで一番さんは普段通りの様子で豆知識をくれたので、誰だってドン引きするっていうのは誇大表現か。
「私どもをご主人様に保護して下さったこと、心より感謝申し上げます」
いつになく真剣な顔の白手袋擦り合わせる拳の鋭い子に、最上級の感謝のしぐさでお礼を言われた。白手袋擦り合わせる拳の鋭い子はあっちの銀河出身じゃないけど身につまされたらしい。
面と向かってこんなしっかり真摯な気持ちをぶつけられると、慣れてない所為かすごく居た堪れない。胸を張って受け止められるかはともかく、せめてその感謝を裏切らないような最低限の倫理観は手放さないようにしたいと思う。できるかな……。




