04-23
「まさか、いつぞやの宇宙雨がきっかけだったなんて……」
先輩さんがショック状態のまま呆然と呟いた。
うんうん。いつぞやのね、宇宙雨がきっかけだったなんてね、そりゃあもう大変さ。
「忘れてるみたいだからこれあげる」
ぎしゃーさんがそっとホロウィンドウをくれた。
二十数年前(03-12)に遭遇し研究目的でやんわり受け止めた宇宙雨の中に、運動エネルギーの推移を観測してどこかへ発信している装置が含まれていた。≪金剛城≫クルーのみんなはそんなものを放流した文明との接触を避けるべく、キャッチした宇宙雨の構成物を同じような運動エネルギーを与えてそっと放流しなおした。
これが先輩さんやぎしゃーさんの言う「いつぞやの宇宙雨」らしい。
こんなことあったっけ……?
「見なかったことにして忘れた振りをするのはまだしも、完全に忘れてしまうのはちょっと良くないですよ?」
リーダーさんに人差し指を立てて「めっ」てされてしまった。しなやかで長くて力強いおみ足をちょっと開いて腰に片手を当ててすこし腰を屈めたリーダーさんの、人差し指を立てた「めっ」は他では得られない栄養がある。
なんでか俺の横にくっついていたゆるくてふわふわさんと顔を見合わせて通じ合う。この「めっ」ってやっぱ良いよね。俺が好きだって分かってるからわざわざやってくれるのも含めて。
「そうですねー。やっぱりー、プランクトンの和え物よりもー、海老の方が美味しいですよねー」
全然通じ合えてなかった。海老も美味しいけど、この間のプランクトンの和え物も悪くなかったと思います。いや、調理してない素のプランクトンそのものは確かにきつかった。旨味が多いから美味しいはずとか言ってたけど過ぎたるは猶及ばざるが如しってみんなで学んだよね。この言葉、あの瞬間に咄嗟に出てきたの誰か知らないがすごいと思う。
「海老は海老で美味しい。でも、プランクトンはプランクトンで、プランクトンに合った調理をすれば美味しい。それはそれ、これはこれ」
俺は胸を張って持論を語った。語るって言うほど中身はなかった。
「そういわれるとそうですねー」
ゆるくてふわふわさんは絶好調にゆるくてふわふわしてるわー。
「プランクトンと言えば、そろそろ鯨由来人種の方々がいらっさるころですね」
現実に戻ってきた先輩さんが宇宙雨と蟻由来人種の人達の件から意識を逸らすべく、俺とゆるくてふわふわさんの話題に乗っかってきた。でも呂律が怪しいし精神的ショックは尾を引いているとよく分かる。
「あの人たちが来るのってそろそろだっけ? つい最近また今度ねって見送った気がするなぁ」
小さめな星ならぱくっとできちゃいそうなくらい大くほぼ鯨そのものな見た目の鯨由来人種の人達は、金剛……経済圏? まだ帝国にはなってないんだっけ? な俺達に属してはいないが友好的な外部の人達だけど、ぶっちゃけあの見た目で宇宙怪獣カテゴリではなく人種のカテゴリなのは宇宙の神秘を感じると今でも思ってる。
「生身で宇宙遊泳できて自力で亜次元潜航も可能なんて……人種としての絶対的な差を感じるよね……」
ぎしゃーさんがしみじみ言うのにその場の全員が頷いている。
個人的には相互コミュニケーション可能という意味では人種だと思ってるけど、精神性や知性のありように関しては俺と同じ人種の分類であることにちょっと疑問を抱いている。ある日唐突に、真理を悟ったので高異次元へ移住することにしたって引っ越しの挨拶を受けても驚かない自信がある。
≪金剛城≫ルールにおいては身体的性能や造形は人種の定義に何の関わりもないけど、比較対象が星規模ってだけでももう生物としての格差を感じる。でかいはつよいって俺は知っている。
「私は……体内に奉仕家系の方々が住んでいるのが一番の種族的差異を感じますね」
別に人に聞かれる心配なんて存在しない≪金剛城≫内なのに、ちょっと声を抑えてまでリーダーさんが言及するのもよくわかる。穿った見方をすると種族差別になりかねないが、だって個人の体内に人種が住んでるって字面がもうすごいもん。物理的にそれが可能だってのもそうだけど、それを受け入れられる精神性ってのが俺には想像できない。
「のんびりしていてー、陽気な良い人達ですよねー」
「結局はそれが全てだというところに、宇宙の真理があるのかも知れません」
ゆるくてふわふわさんのふわっとした総括に、先輩さんが目を瞑って深く感じ入っている。
先輩さんはなんか色々深く考えているんだろうなって分かるものの、ゆるくてふわふわさんはその辺り全く分からないな。言葉通りの意味だけのこともあれば、一事が万事考えの浅い俺じゃなくとも驚くほど深く考えていることもある人だし。ウン十年一緒に居ても底の見えないお人だぜ。
「鯨由来人種の人達が来るなら、相互の移民とか交易の準備しないといけないね」
宇宙の真理について語り始めたゆるくてふわふわさんと先輩さんを眺めていると、お肉をむしゃあってやってぎしゃーってテンション上げてたぎしゃーさんが唐突に冷静になってそんなことを仰った。テンションのアップダウンが激しくてちょっと心配になるレベル。
「今回はどのくらいの人と物が行き来するのでしょうね」
前回や前々回の交流を思い出しているらしきリーダーさんが考えたくないなーって感じに呟いた。
移民は交流を重ねるにつれ増えており、前回では十万人くらいがあっちへ移住し、二十万人くらいがこっちへ移住したとリーダーさんがくれたホロウィンドウに書いてある。
あっちからこっちに移民するは鯨由来人種の人達の内部に住む奉仕家系の人達で、鯨由来人種の人は含まれない。比較対象が星なサイズの鯨さんは大人一人の中に億単位で居住しているそうなので一パーセント未満の人口流動だ。めっちゃ多いな。
鯨由来人種の人達の体内に居住する人達は例外なく鯨由来人種の人達に奉仕したい系の人達であり、俺にとっての体内ナノマシンみたいな役目を担っているらしい。
集計されたアンケートによると、こっちからあっちへの移住、あっちこあらこっちへの移住、いずれもその理由は奉仕に関する方向性の違いみたいな理由が多い。
こっちからあっちへの移住だと、鯨由来人種の人達の宇宙的神秘を感じるスケール感に触発されてあんな人達のお世話したいだとか。
あっちこあらこっちへの移住だと、より身近な感じに同じくらいのサイズ感の人達のお世話をしたいだとか。
≪金剛城≫クルーである奉仕家系出身三人組のことを思い出すと、人生をかけた趣味みたいなもんだよなと納得できるような気もする。
さっきまでは宇宙の真理について語ってたのが、ぬるぬるしたコミュニケーションならどんな場所が相応しいかという話題になってるゆるくてふわふわさんと先輩さん。
さっきとは見た目の違うお肉料理を食べてちょっと微妙そうな顔をしてるぎしゃーさん。
鯨由来人種の人達が来訪した際の交流計画を確認して難しい顔をしてるリーダーさん。
そんなパートナーとか恋人とかな人達を眺めて幸せを感じてる俺。
うん。趣味は人それぞれってことで。




