04-14
「いやもうホント、インプラントデバイスがないと研究とか不可能ですね。全然作業が進みませんもんムリムリ。それ以前に日常生活がツライです。ドアの開け閉めできないどころか空調の設定弄れなくて死にかけましたよっていうか、複製身体一つ死なせちゃいましためっちゃ苦しかったですアハハハハ」
食堂隅のリラクゼーションスペースでだらーんと転がり、当人の頭くらいある大きさのジョッキを振り回すムチムチ美人さんのインプラントデバイス使用禁止期間に関するやけっぱちな愚痴を聞き流しつつ、機械的知性の投影してくれるホロウィンドウを操作し、趣味になってる≪千亀≫の改造をする。インプラントデバイスを使えない今は機械的知性任せでも仕方ない。ここのパーツの組み合わせ、もうちょっとこう、イイカンジにお願いします。
「また≪千亀≫いじってるんだ? これもう衛星圏内牽引船じゃないじゃん……あれもこれも空間拡張で組み込んでるし、この船は見た目が≪千亀≫というだけで、そもそも≪千亀≫である必要がないんじゃないか?」
俺の手元にあるホロウィンドウを覗き込んだギフト化幼馴染殿の呟きに、俺は目を開かれた思いだった。
確かに俺は、思い入れのある≪千亀≫を最上級の船にしようとできる限りのモノを突っ込んでいた。
空間を拡張する≪金剛城≫由来技術でもって、本来の≪千亀≫の大体一辺30メートルの立方体に収まる体積では収まらないサイズの、戦艦という全長50キロメートルにも達する船に搭載するようなエネルギージェネレーターやシールドジェネレーターやらだ。
もちろんそういった大型艦船用の部品は、部品だというのに一辺30メートルの立方体を軽く超えるような大きさになる。
カップ一杯のお茶を入れるのに恒星でお湯を沸かすかの所業。
それは……見苦しいのではないだろうか……。
「そうだな。俺が間違ってた」
「ああ、うん。そうかい……?」
愕然とし、次いで悄然と項垂れた俺にちょっと引き気味なギフト化幼馴染殿。自分でもちょっとオーバーな感情表現かなと思う。
そんな俺達二人のそばで、不穏な動きを見せる二人がいる。
どこからか用意した四人ぐらいが寝転んでも余裕がありそうなベッドの用意を整えている奉仕過激派系の子。ここ食堂なんですけど。
ムチムチ美人さんは機械的知性に頼んで、自分の身長くらいある直径の大皿に色んな軽食を盛り合わせて持ってきてもらっている。ベッドの横にいくつか並んでるドリンクサーバーは絶対お酒だ。
「落ち込んでる時は酒池肉林ですよ」
「準備は万全です」
脳内ピンクコンビめ。
「そこまで落ち込んでないです」
でも折角なのでベッドにもそもそと上がり端っこに腰掛け、用意してもらった軽食を摘まむ。何か食べようかなと食堂に来て、何食べようか悩んでるまま食べるのさっぱり忘れてたと思い出したのでとても空腹だ。
バージョンアップを続けた≪千亀≫は、ある時気づけばもうほぼ外観と内装くらいしか元の姿を残していなかった。ここまでくると外観はそのままなのに本質的には元の姿を残していないとかちょっと面白くない? って感じでいけるところまでいってみようと弄り続けていた。
でも確かに、空間拡張を施してまで戦艦用のエネルギージェネレーターを積むのはやりすぎだ。品が無いみたいな? 大きさで言えば≪千亀≫よりも戦艦用エネルギージェネレーターの方が大きいし。
「エネルギージェネレーターどうこうよりも、なんでこの大きさの船単身で異次元に繋がるワームホール開けるくらい魔改造しちゃったんですか? 特殊な脱出艇ですか?」
俺と一緒に軽食を摘まみ始めたムチムチ美人さんが、手元に表示していたホロウィンドウから顔を上げて純粋な疑問顔で訊ねてきた。
「脱出艇ではなく衛星圏内牽引船ですね。……艇ってどの程度の大きさを指すんですっけ。衛星圏内牽引船は艇じゃないですよね」
「どこぞの帝国における分類だと、宙航舟艇は基本全長10メートル未満です。金剛帝国でも同様ですね。でも今そこは大事じゃないんですよね」
艦と船と艇があるのは知ってたけど、艇って宙航舟艇の略だったのか。ドッグファイト系ゲームに使ってるのが単座艇で、他に艇のつく船は普段使わないから、艇は全部単座艇だと思ってた。そういえば調査艇とか作った記憶があるようなないような。
ちょっと思考は逸れるが、金剛帝国での分類もあるってことは法律の制定とか進んでるのかな。建国に関する難しいことは丸投げしてるし、ロードマップ的なものを見せて貰っても全行程の内どの程度消化してるのかもまるで分からないほど入り組んでるしで、今どうなってるのかさっぱりなんだよな。
「あーもーっ。その辺の定義は今はいいんですってばっ」
ムチムチ美人さんがまだ余裕がありそうな感じにムキーってなさる。こういうコミカルな言動で悪感情抱かれないのは、技術なのか才能なのか。
結局≪千亀≫を凶悪に改造し過ぎだというムチムチ美人さんによるお叱りは、俺が自分自身の行いを顧みたため一時的に最初期の≪千亀≫に戻すとの確約で誤魔化しうやむやに流すことができた。
≪千亀≫を俺と出会った時の姿に戻した後こそ俺の挑戦は始まるのだ。あの大きさに収まる範囲で全力を注ぎ込み≪千亀≫を最上の船に押し上げて見せる。
≪千亀≫の件は一端保留として、一目見てガツンとくる凄まじい改造を船に施したい欲求にかられたのでその場に居る皆と話し合ってみた。
何度か使ったあとはあまり使ってなくて勿体ないよねってことで、【特殊宙域探索母艦カリュブディス・ジェイ】の≪蟹江≫をちょっといじってみようとすぐに決定。
オプションで面白い物はないかとデータベースを漁ってあーでもないこーでもないとわいわいやっていたら、ギフト化幼馴染殿が蟹形母艦に泡を吐かせることができる装備を発見。
生物の蟹も泡を吐くんだから蟹形母艦にさせられるならさせてみようと、よく分からないノリで機械的知性達に改造を指示。
近場の無人恒星系へちょっと遠出して、アステロイドベルトでぶわーっと泡を吐かせたらわーっと大盛り上がり。
宇宙空間で生み出される泡とか意味わかんないとキャッキャしてたら、アステロイドと接触した泡が次々に弾けてアステロイドを砕きまき散らし、まき散らされたアステロイドの破片がアステロイドを砕いてまき散らし、泡が再び弾けてアステロイドがまた……どんどん破壊が拡散されていった。
ちょっと蟹形母艦に泡を吐かせてみようとしただけなのに、アステロイドベルトが地獄絵図と化した。
「……今思い出したんだが、どんなささいな実験でも、とりあえずは何もない宙域で一度試してからと≪金剛城≫ルールを決めた覚えがあるね」
ギフト化幼馴染殿がそっと顔を伏せて呟いた。
ええ、そんなルールを決めてから半年も経ってないですね。俺も言われて思い出しました。
どんなささいな実験でも、周囲に何もない宙域で一度試すこと。そのルールの重さを再認識した。
まき散らされてどこへ飛んでいくかも分からないありさまのアステロイドの破片を、機械的知性達に頼んで回収していただくことになった。
俺と同レベルに間抜けな失態を演じたムチムチ美人さんは、暫く≪金剛城≫クルーに本気で心配され、ギフト化幼馴染殿と奉仕過激派系の子はあまり心配されてなかった。順当。
俺に関しては、保護者が一緒だったのであまり叱られないかと思いきや、反省文の提出を命じられた。
亜次元限界深度チャレンジの際に思いがけないトラブルで危うく恒星系を吹っ飛ばしかけた一件から大して時間も経っておらず、今回の件は本質的には同系統の失敗なので反論の余地はないと自覚があったため、粛々と罰を受け入れた。
紙とペンを使って書かれた俺の反省文はしばらくの間食堂に飾られ、それを見るたびにムチムチ美人さんは結構本気で落ち込んでいた。




