04-01
走る。走る。呼吸が乱れて足がもつれて腕の振りもおかしくなっているが、それでも全力で走る。
「あれ、なに。ちゃ、くろ、しま」
単語の合間どころか単語を言い切る前にゼヒュとかコヒュとか異音が混じってちゃんと発音できない。これヤバない?
「えーっと、ちょっと、まった、ちょうヒョ」
隣を走るツルスベさんも合間合間にヒフとかヒョとか変な音が混ざっているし、それを別にしても発音が怪しい。
「えっ、と、とら? 虎でっ、す。虎、ってう、らし、す」
まともに喋れてはいないが、それでもプリセットの百科事典を開き、俺達の後ろを追いかけてくる猛獣を調べられたらしい。俺よりも余裕がありそう。いや、押し退けたつもりの細い枝で顔面バシンしたし余裕はないか。
「んぐふぬっ、ひふ、へひ」
ああ、自分のことじゃないのにめっちゃ痛い。でも下手に足を緩めると後ろの――とら? とかいうのに追いつかれるから俺はツルスベさんに何もしてあげられないよ。ていうかもうデスっても良いから足止めちゃダメかな。ダメじゃないよね。良いよね。ヨシ。
「もほー、ふり」
無理って言ったつもりが発音が完全に『ふり』だったわ。もう走れない。走れないっていうか歩けないし何だったら立っていたくない。転がっちゃっていっか。ごろーん。
疲れすぎてどうでも良くなって足を止める前にそのまま倒れこんだらめっちゃ痛い。なんでこんな痛みのフィードバック強くしてんのか。今回のゲームマスターだれだっけ?
何もかもから解放された俺に引きずられたのか、どすっと重い音を立ててツルスベさんも転がってきた。ひふひへひゅーひゅーって音は何か喋ろうとしてるのか、ただの呼吸音なのか。
そうして全てを諦めた俺達の前に静かに表れた巨大な四足の獣。茶色と黒色の縞々だと思ってたら、下から見ると地面側半分は白い。いや、白いところも黒と縞っぽい模様だ。こういう色合いのお菓子食べたことある気がする。
俺とツルスベさんを合わせたより大きいなー。なんでこんなでかいのに森の中走ってる時はあんなに静かなのか。今さっきも目の前の地面踏まれないと音なんて聞こえなかったんじゃないかな。
「わははは。大人しくむ、む……ムッツリーナ? 連合に降伏しなさぁい?」
棒読みな笑い声でびくっとしたら、獣に意識を引かれてたとか関係なく、いつの間に来たのか全く把握できなかったおっとり長女エルフさんだった。
ムッツリーナ連合って、どことなく聞き覚えある団体名だ。シチュエーションもデジャヴ。
「ごぅふぐげほっ」
もう立ち上がる気力もないし、条件を詰めるために降伏に関して前向きだと伝えようとしたらまだまともに喋れなかった。おっとり長女エルフさんも、俺がどういう反応をしたいのか掴みかねて困ってる。
「虎ですよあれ!」
「とらー! ……とらって何だい?」
「私は知りません」
俺とツルスベさんが地面に転がっておえおえやったりごひゅごひゅ言って、おっとり長女エルフさんが仕方なく俺達が会話できるまで待ってるところへ三人の援軍がやってきた。今は棚上げするしかないけど、ふわふわヘアーさんがとらを知らないってことは、一般的にあの獣は食べられないんだな。
役に立たないどころか完全な荷物となって転がってる二人に、森では生き生きしてるエルフ姉妹次女の駐在エルフさん、本来の身体じゃなくても完璧に制御してるギフト化幼馴染殿、狩猟派の本能が開花したふわふわヘアーさん。
対してでかい四足獣一頭を従えたおっとり長女エルフさん。
「くぅ……この場は不利ですねぇ。撤退しますぅ。ですがぁ、我々――というか我らが連合長はぁ、貴方を諦めないでしょうぅ」
俺じゃ戦力比は計れなかったものの、おっとり長女エルフさんは形勢不利とみて音もなく去って行った。こういう即席グループ組む系の遊びじゃ俺を取り合うのがお約束みたいになってるとはいえ、ムチムチ美人さんは本当にブレないなー。ムッツリーナ連合とか言ってたし、元凶は確定でしょ。
「自画自賛っぽくはありますが、さすがに森に居る姉は手ごわいですね」
ギフト化幼馴染殿とふわふわヘアーさんの二人をごひゅごひゅ言ってるお荷物二人の護衛に就けて、一人でおっとり長女エルフさんを追跡していた駐在エルフさんがあっという間に戻ってきた。あんまり悔しそうでもないし、そもそも深追いする気はなかったらしい。
「あの人はブレないし懲りないな」
ギフト化幼馴染殿がしみじみ呟いた。
ああ、うん。ムチムチ美人さんね。俺もさっき同じこと思った。帝国崩壊辺りを題材にしたシミュレーションゲームからはじまり、こういうゲームの度に毎度毎度凄まじい速度で自分の勢力を形成したと思ったら強引な感じで俺を自勢力に確保しようとして、最終的に他の参加者と全面抗争アンド派手に散る芸風だもんね。そういう役割が気に入ってるんじゃないかな。
しかし、ゆるくてふわふわさんが企画立案して長い時間をかけて完成させたこのデスゲーム風サバイバルゲームは、面白いと同時に本っ当に疲れる。
皆同じスペックで揃えたゲーム用遠隔操作ドールを使うのは公平性から理解できる。でもそのドールに呼吸とか、体内の酸素濃度に対応する疲労感覚フィードバックとか、場合によってはデスもあり得る寒暖センサーとかそこまでシビアにする必要あったかなこれ?
「そっろそ、ろ、行きま、しょ」
「ひにそ、じゃぬ?」
ツルスベさんがどうにか呼吸を整えて移動を促すが、まだしんどそう。俺に至ってはまだまともに喋れない。
「ここらで連合の襲撃を受けたということは、ベースキャンプも心配です。まだ撤収も間に合うかもしれません。肩を貸しますので急ぎましょう」
「うす」
ふわふわヘアーさんの方針に誰も異を唱えないので、ごひゅごひゅ二人はまともに動ける二人にそれぞれ肩を貸してもらって強引ではあるものの移動をすることになった。
でもなーこのやり方なー……緊急時には、ぺいって捨てられるからできたら避けたかった。仕方ないんだけども。
帰り道でムッツリーナ連合を主導するムチムチ美人さん率いる茶と黒の縞々四足獣部隊と遭遇し、案の定ぺいってされた挙句に俺はムッツリーナ連合の捕虜となった。
わたしにヒドイことするつもりでしょう! 年齢制限がかかりそうな感じに!
そんなこんなでデスゲーム風サバイバルゲームも進み、ラストワンは俺になった。
各勢力が俺をトロフィー的に奪い合うのはいつものことだったが、ムッツリーナ連合が勝利するかと全体の趨勢が決しかけた途端に連合メンバーが続々と離反。勝利最有力の勢力が盛大に空中分解を起こして地獄絵図を展開し、一人ぼうっと木片を削って遊んでいた俺が生き残る形になった。ご飯を運んできてくれる人が誰も居なくなったのでゲーム終了に気づいたくらい本筋に無関係だった。
普段はムチムチ美人さんも人望があるのに、ことゲームになるとえげつないプレイングばっかりしてるから味方がいないのホント笑う。




