第83話
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「まーくん、その……いいの?」
隣を歩く環奈が、おずおずと尋ねる。
見ると、環奈だけでなく、姉ちゃんとハルさんも同じように心配そうな表情を浮かべていた。
「うん……いいんだ……だって……」
俺はクルリ、と振り返り、三人を見つめる。
「だって、俺には三人がいるから。三人がいてくれるから」
「「「っ!」」」
俺の言葉に、三人が息を飲む。
「だから……俺の中にはもう、“坂口さん”はいないんだ」
「まーくん……」
「正宗くん……」
「正宗……」
「ホ、ホラ! 何つーかもうすぐ集合時間だから、そろそろホテルに戻らないと!」
俺は三人の視線に照れくさくなり、前へと向き直してそんなことを言った。
すると。
「え? え? チョット待って!? もうそんな時間なの!?」
環奈がものすごく焦った様子でそんなことを聞き返してきた。
「え? あ、ああ……今は夕方の四時半だし……ホラ」
俺はスマホの画面を環奈に見せると、まるでこの世の終わりかのような顔になった。
「わ、私……私……まーくんと鴨川で一緒に座ってない……」
「「「……あ」」」
そうだった! 坂口さんの一件があったせいで、すっかり飛んじまった!?
大体鴨川には、環奈と座りに来たはずなのに……!
「うう……私だけ座れなかったよお……」
「え、えーと……」
「ホ、ホラ、環奈さんは明日も正宗くんと一緒に過ごせるわけですし!」
「そそ、そうだぞ! 明日は奈良に移動するんだろ!?」
ハルさんと姉ちゃんもさすがに不憫に思ったのか、落ち込む環奈を必死で宥める。
「うう……いいもん……明日、まーくんに一杯構ってもらうもん……」
「お、おう……」
そんな曖昧な返事をしつつ、俺達はホテルへと戻った。
◇
「デュフフフ! いやあ、最高の宇治観光でござったぞ!」
RINEのメールを一本打った後、俺は部屋でのんびりしていると、長岡がゴキゲンな様子で帰ってきた。
「おう、お帰り。で、どうだった?」
「デュフフフ……京都の市内も良いでござるが、やはり宇治は思い入れのあるアニメの聖地でござるからな。それはもう、拙者も吹奏楽部に入ろうかと思ったでござるよ!」
「あ、そ、そう……」
長岡の奴、胸の前で両手を組みながら瞳をキラキラさせて虚空を見つめていやがる。
それが許されるのはカワイイ女の子のみだというのに……早く気づけ。
「つ、つーかそれより! その、山川とはどうだったんだよ!」
このままだと長岡からひたすらアニメの話を聞かされる未来しか見えなかったので、俺のほうから探りを入れる。
「え? 山川殿でござるか?」
「そうそう」
「ふむ……山川殿は素晴らしい女性でござるぞ? 一緒にいて楽しいでござるし、さりげない気配りもできますし……あ、そうそう、泣いていた迷子の子どもに優しくするなど、子ども好きな一面も窺えたでござる」
「お、おう……」
長岡の奴、意外と山川のことよく見てるな……これはひょっとして?
「そ、それで、お前は山川のことどう思ってるんだ?」
「へ? 拙者が? 山川殿のことを?」
「そうそう」
むしろ俺はソッチが聞きたいんだよ。
正直、お前の聖地巡礼の話はどうでもいいんだよ。
「ですからさっきから言っている通り、山川殿は素晴らしい女性で……」
「や、そうじゃなくて、その……恋愛対象としてどうなんだって聞いてんだよ」
「ほえ?」
「ほえ?」じゃねえよ。
そんな声を出して許されるのはカワイイ女の子のみだというのに……いい加減気づけ。
「デュ」
「デュ?」
「デュフフフフフフフフフフフフ!!! 堀口氏、冗談が過ぎるでござるぞ! 拙者のような男に、あの山川殿がお相手では、ワンチャンすらないでござるよ!」
長岡が高らかに笑い、そんなことはないとハッキリと否定しやがった!?
「や、そんなことは……」
「あるでござるよ! 拙者もそれくらいのこと、自覚してるでござるよ!」
な!? コイツ、全く自覚してねえ!?
く……山川よ、これはなかなか手強そうだぞ……!
「そ、そうか……俺はそんなことないんじゃないかなあ、と思うんだけど?」
「えー、本当でござるかあ? まあ、お世辞でも嬉しいでござるが」
つか、ニヤニヤしながら肘で俺の腕をウリウリすんな。
すると。
「ただいま……」
長岡とは対照的に、佐々木の奴が暗い表情で戻ってきた……。
まさか……葉山と上手くいかなかったのか……?
「な、なあ佐々木……その……」
「デュ、デュフフ……ま、まあ色々とあるでござるからして……」
「…………………………」
佐々木は何も言わずに部屋の隅へと向かうと、そのまま体育座りを始めた。
「(こ、これ、やっぱりダメだったのかな……)」
「(そ、そのようでござる……)」
「(とりあえず……そっとしとくか……)」
「(ですな……)」
俺と長岡はこれ以上佐々木に触れないことにし、少し距離を置いて遠巻きに眺めることにした。
「ただいま……」
おっと、今度は杉山のヤロウが部屋に戻ってきた。
「デュフフ、杉山殿お帰りでござ「おい長岡、ちょっと自販機にお茶でも買いに行こうぜ」」
俺は長岡が杉山と話すのを邪魔するように、部屋の外へ出ようと誘った。
「デュ、デュフフ、それはいいでござるが……」
長岡は何かを察したのか、そのまま俺と一緒に部屋を出ると。
「それで、何があったでござるか……?」
「ん……いや、思ってたより杉山の奴がクズだったってことかな……」
ああ、遠くにいる俺でも坂口さんが震えていたことに気づいていたのに、一番傍にいたアイツが気づいてなくて、しかも、あんなクズ共の話を真に受けやがって。
そんなんで、よく坂口さんにアプローチ掛けられるもんだ。
「ふむ……まあ、堀口殿が言うくらいですから、余程のことがあったのでござるな?」
「まあな……つか、俺が言うくらいってどういう意味だよ?」
「デュフフフ、まあ、堀口殿はクラス一のお人好しでござるからな」
「ちげーっての」
ニヤニヤしながら眺める長岡の視線に照れくさくなり、シッシッと手で払うような仕草をした。
◇
「ふう……」
風呂から上がった俺は、マウンテンパーカーを羽織りながらロビーでくつろいでいた。
うん、あらかじめ根回しもバッチリしておいたし、大丈夫だろう。
それにしても佐々木の奴、てっきり上手くいかなかったんだと思ってたら、全然そんなことないでやんの。
むしろ葉山さん、大はしゃぎだったじゃねえか。
まあ……佐々木が「怖い、イヤだ……」ってブツブツ呟いてるのを聞いた時は、さすがに可哀想だとは……思わないけどな。
オカルト苦手なら、最初っから言っておけばいいのに、カッコつけて無理するからだ。
それより……そろそろ、かな。
「……まーくん」
廊下の陰から現れたのは、ジャージにパーカーを羽織った環奈だった。
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次話は明日の夜投稿予定です!
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