第61話
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「ん……ハルさん……」
ようやく落ち着いた俺は、抱きしめるハルさんの腕をそっと外す。
「正宗くん……うん」
さっきとは違い、今度はハルさんも素直に離れた。
そして、俺の顔を見て静かに頷いた。
「正宗くん、今、すごく良い顔をしていますよ?」
「え、ええ!? そ、そうすか!?」
や、今の俺、涙だのなんだので、相当グチャグチャの顔してると思うんだけどなあ……。
「ええ……正宗くんを知ったあの日よりも、その……さらに素敵です……」
「へ!? あ、その……ありがとうございます……」
そ、そんな頬を赤らめてはにかみながら言われちゃうと、その……嬉しいんだけど、恥ずかしい……。
でも俺、今、ハルさんの言葉を素直に嬉しいと感じることができた……。
俺……。
「さて……すっかり遅くなっちゃいましたし、そろそろ帰りましょう」
「え……?」
ハルさんのそんな言葉に、躊躇している俺がいる。
俺、もっとハルさんと……。
「あ、そ、その、まだ……」
「ふふ、夜更かしはダメですよ正宗くん。お互い明日も学校があるんですから。ですが……こんな時間なので、家まで送っていただけると、その、嬉しいです……」
「っ! は、はい!」
俺はハルさんのお願いについ嬉しくなり、思わず声が上ずってしまった。
「ふふ……じゃ、お願いします」
「はい……!」
それから俺は、何度目かのハルさんの家までの道のりを、今までになく幸せな気分で楽しんだ。
だけど、そんなときに限って終わりの時間は早いもので。
「送っていただいて、ありがとうございました」
「あ……は、はい……」
笑顔でお礼を言うハルさんに俺はつい手を伸ばしそうになって、慌てて手を後ろに回す。
名残惜しいけど……うん、やっぱり名残惜しい……だけど……。
俺はハルさんを引き留めたい衝動を何とか抑えようと、心の中で必死に葛藤する。
だけど。
「っはは……」
そんな風に思えるようになったことも嬉しくて、つい苦笑してしまう。
そしてそんな俺の様子はハルさんにはお見通しのようで、俺を見ながらクスクスと笑っている。
ああ……心地いい……。
すると。
「え……!?」
ハルさんが俺の傍にそっと近づき、そして……俺の頬にキスをした。
ハルさんを知ったあの日と同じように。
「ん……それじゃ、おやすみなさい……」
頬を赤く染めたハルさんは、笑顔で手を振りながら自分の部屋へと入っていった。
俺はハルさんの甘くて優しい残り香に包まれながら、あの日とは違う感情が俺の心の中で芽吹いていた。
◇
「ただいまー」
ハルさんを送ってから家に帰ると、玄関で姉ちゃんが正座しながら待ち構えていた。
「っ! 正宗……!」
そして、俺の姿が姉ちゃんの瞳に映った瞬間、姉ちゃんは俺の胸に飛び込んできた。
「わ!? ね、姉ちゃん!?」
「正宗……正宗え……!」
そして、俺の胸に縋りつきながら、姉ちゃんが嗚咽を漏らした。
「姉ちゃん……ただいま……」
俺は「ただいま」という言葉に色んな意味を込めた。
「ああ……おかえり……おかえりい……!」
ああ……本当に俺はバカだ……。
自分勝手なことばかり考えてたせいで、姉ちゃんをこんなに心配させて……。
だから。
「俺……もう、大丈夫だよ……今度こそ、本当に大丈夫……!」
それを姉ちゃんにはっきりと伝えるために、俺は胸の中で泣いている姉ちゃんをギュ、と強く抱きしめた。
「ああ……ああ……! 正宗だ……私の大好きな正宗だ……!」
「あ、あはは……」
姉ちゃんが俺を確かめるかのように、顔を俺の胸にぐりぐりと押しつけた。
そんな姉ちゃんの仕草に俺は苦笑していると、姉ちゃんの髪が俺の鼻をくすぐった。
ん、俺の大好きな姉ちゃんの匂いだ。
全てを失ったあの日から、俺の傍に居続けてくれた、俺を守ってくれた、姉ちゃんの匂い。
そんな姉ちゃんの髪を堪能していると、姉ちゃんが胸の中から俺の顔を見上げていた。
「ん? 姉ちゃ……ん……?」
突然、姉ちゃんが俺の頬にキスをした。
「正宗……もう、どこにも行かないで……!」
「姉ちゃん……大丈夫、大丈夫だから……」
俺は姉ちゃんの髪を撫でる。
「うん……正宗に髪を撫でられるのは、大好きだ……」
「え!? あ、う、うん……」
俺は姉ちゃんの言葉に思わずドキッとする。
も、もちろん、髪を撫でられるのが……だよな。
だけど。
さっきの姉ちゃんのキスに、俺は家族としての愛情表現とは別の何かを感じ、そして……それを嬉しいと思う自分がいた。
「ん……さあ正宗、夕飯も食べていないんだ、お腹が空いただろう? 今日は正宗が好きな、クリームシチューだぞ!」
俺から離れた姉ちゃんは、泣いて赤くなった鼻をこすりながら微笑んだ。
「え……?」
その顔を見た俺は、なぜか姉ちゃんに抱きついてしまった。
「ま、正宗……」
耳元で姉ちゃんの困惑するような声が聞こえる。
俺も、なんでこんなことしたのか分からない。
だけど、俺は姉ちゃんの笑顔を見た時、姉ちゃんが……堀口羽弥という女の子を愛おしく思えて仕方がなかった。我慢できなかった。
「あ、ご、ごめん……」
俺は我に返ると、パッと姉ちゃんから離れる。
俺の今の感情を悟られないために。
俺が姉ちゃんに感じた、弟として抱いてはいけない感情に気づかれないようにするために。
だけど。
「正宗……ん……」
今度は姉ちゃんから近づき、今日二度目の頬へのキスをしてくれた。
「さあ! 晩ご飯にしよう!」
「あ、う、うん」
俺は姉ちゃんに促され、リビングへと入る。
そして、晩ご飯の準備をしてくれる姉ちゃんの背中を、ただじっと眺めていた。
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次話は今日の夜投稿予定です!
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