第51話
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後夜祭の後片付けも終わり、俺は校門前へと向かう。
環奈はと言えば、今は先生達と最後のチェックをしている。
あんな態度を取った手前、少し気まずいものはあるけど、だからといってこんな時間に環奈を一人で帰らせるわけにはいかないので、校門前で待ち合わせをしたのだ。
まだしばらくかかるかな……。
そう思いながら、ボーっと校舎を見上げていると。
「正宗くん……」
後ろから聞き慣れた声で呼びかけられる。
振り返ると、やはりそこにいたのはハルさん。
屋上にいた時と変わっておらず、服は俺の汚物で汚れたまま。
「ハルさん……どうして……」
「正宗くんが心配だったから」
ハルさんは凛とした表情で、その透き通るような瞳でただ俺だけを見つめる。
「はは、さっきも言ったでしょ? 俺ならもう大丈夫っすよ。それより、こんな時間ですからそろそろ帰ったほうが……」
俺はそんなハルさんの瞳に耐え切れず、まくしたてるように早口で帰るように促す。
だけど。
「正宗くん」
ハルさんの瞳がそんな俺を捉えて離さない。
そんな視線に、俺はただつらくて、苦しくて、少しでも避けるためにただ俯く。
ハルさんの気持ちが、所詮まやかしなんだと……期待してはいけないんだと自分自身に言い聞かせて。
「私は、いつだって、どんな時だって、正宗くんの味方ですから」
「っ!」
ハルさんまで……ハルさんまでそんなこと……。
「……うす」
俺はハルさんが放ったその言葉を受け止めきれず、かろうじて返せた言葉はたったその二文字だけ。
「ふふ……それじゃ、今度こそ帰りますね?」
ハルさん微笑みながらそう言うと、踵を返して遠ざかっていく。
「ハルさん……」
俺は、そんなハルさんが眩しくて、ハルさんの背中をいつまでも目で追ってしまう。
「だけど……だけど……!」
俺はハルさんが、環奈が言ってくれた同じ言葉をどうしても信じられなくて、受け入れる勇気がなくて……。
そして、二人の言葉を何度も頭の中で反芻し、ただただ自分の胸倉を握り締めていた。
◇
「ただいまー!」
俺は環奈を送って家に帰るなり、できる限りの明るい声を出した。
絶対に姉ちゃんに悟られるわけにはいかない。
あの時だって、姉ちゃんがどれほど悲しんでくれたか、どれほど支えてくれたか知ってるから。
だから、これ以上姉ちゃんに心配かけるわけにはいかないんだ。
「正宗、おかえ……」
俺を出迎えようとリビングから出てきた姉ちゃんが、俺を見た瞬間ピタリ、と立ち止まる。
……やっぱダメか。
「正宗……何があった」
「え? いや、別になにも……」
「嘘だ」
案の定、俺が取り繕うとしても姉ちゃんは真っ向から否定する。
……まあ、こうなることは分かっていたけど。
「本当だよ……別に、何もなかった。あるとするなら、俺が自分をバカだってこと、忘れてたってだけだよ」
「正宗……まさか、また……」
「悪い、今日はもう寝るよ」
俺はこれ以上姉ちゃんの顔を見ることができなくて、そそくさと階段を上がろうそすると。
「正宗」
「……何?」
「私はいつでも、無条件に正宗の味方だ」
「……知ってる」
そう一言言い残し、俺は自分の部屋へと足早に向かい、そして、部屋に入ってドアを閉める。
「ふう……」
扉にもたれかかり、大きく溜息を吐く。
「それにしても……」
三人とも何だよ……何なんだよ……。
俺は三人の言葉を受け止めきれず、ドアをずり落ちるようにして座り込み、頭を抱えた。
そして、何とかして三人の言葉を否定しようとする。
だけど。
「そんなの……無理だよ……」
本当は自分でも分かってる。
三人の言葉が嬉しくて、ただどうしようもなく嬉しくて、忘れたくなくて。
なのに、もう一人の俺はそれを受け入れた後に裏切られるのが、ただの思い上がりだと知るのが怖くて。
そんな相反する感情がずっとせめぎ合って。
そして……忘れたい過去を思い出す。
あの日、アイツに言われたことを。
「そうだよ……アイツも言ってたじゃないか……『勘違いするな』って……」
そうだ。俺はもう同じ思いをしたくない。
もう、勘違いしない。
もう、思い上がらない。
もう……人を好きにならない……恋愛なんて、しない……。
なのに。
「どうして俺は……」
今までは、環奈に対しても必要以上に近づかないように、踏み込まないようにして、それで無意識でも心に折り合いをつけてきたはずだ。
なのに今では、生徒会で困っている環奈を率先して手助けして。
文化祭でも環奈が困らないようにって、いつも目配せして。
「それもこれも……」
そう……ハルさんのことを知ってから。
ハルさんが女性だと分かって、ハルさんのことが気になって、ハルさんを知って……。
そしたら、今までは遠慮がちにただ隣にいただけの環奈が、俺の領域にどんどん踏み込んでくるようになって……。
さらに、姉として優しく接してくれていた姉ちゃんまで、家の外でも積極的に絡んでくるようになって、今まで見たこともないような表情を見せるようになって……。
「だけど……」
そんなハルさんとの出逢いと二人の変化が嬉しくて、心地よくて……。
気がついたら、そんな三人が俺の中でどんどん大きくなっていって、絶対失いたくなくて、離れたくなくて……。
「だから……」
俺は勘違いしちゃいけない。
前みたいに思い上がっちゃいけない。
そして、誰かを好きになっちゃいけないんだ。
そうすれば、俺はもうこんな苦しい思いをすることなんてないから。
静かに目を閉じ、そう心に刻みつけていると、知らず知らずのうちに微睡みの中へと足を踏み入れ、そして、深い眠りについた。
お読みいただき、ありがとうございました!
次話は今日の夜投稿予定です!
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