第21話
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「ありがとうございましたー」
包装したケーキの箱をお客に渡し、恭しく礼をしながらチラリ、と隣の様子を窺う。
うーん……ハルさんも、とりあえずは普段通りの様子に戻ったみたいだけど、まだ油断ならない。
ここで油断して結局痛い目に遭うっていうのは、環奈で散々経験済みだからな。
「あ、ハ、ハルさん、大分お客さんも落ち着きましたし、休憩されたらどうで……「大丈夫です」」
ゴキゲン伺いも兼ねた俺の提案を遮るかのようにピシャリ、と断られてしまった。
……コレ、超怒ってない?
だ、だけど俺、そんな怒られるようなことした覚えないぞ!?
「それより、正宗くんは休憩を兼ねて幼馴染さんのお相手でもしてきたらどうですか? ちょうどお客様も少ないですし」
ハルさんの表情はすごく良い笑顔なんだけど、目が笑ってない……。
こ、これは対応を誤ったら、今後ステラでの俺の居場所がなくなってしまうぞ……!
「い、いえ、環奈は今日は幼馴染ではなくてただのお客さんですんで、さすがに公私混同はできませんから」
「へえー、正宗くんはプライベートでは“あんなこと”までしちゃうんですね」
そう言うと、ハルさんは笑顔のままプイ、と横を向いた。
何この反応、超カワイイんだけど……って、それより“あんなこと”って何だよ!?
お、俺、何かしたっけ!?
「え、ええと、ハルさんや……?」
「何でしょう?」
ダメだ、コッチ向いてくれない……。
「そ、その、ハルさんの言う“あんなこと”とは、一体どんなことでしょうか?」
「は? ……ああ、正宗くんは“あんなこと”も自然にできるくらい幼馴染さんと仲が良いってことなんですね」
おおおおい!? ますます機嫌悪くなっちまったんだけど!?
ひょっとしてアレか!? あのチョットだけお嬢様扱いして椅子を引いたりとか会釈したりとか、そのことを言ってるのか!?
「や、や、あれはむしろ、お客さんへの接客として少し大げさにしてみただけで、普段のアイツにそんなことするわけないじゃないですか!?」
すると、この言葉が効いたのか、ハルさんがチラリ、と視線だけこちらへと向けた。
「……本当ですか?」
「本当です本当です! や、いつもだったらもっとぞんざいに扱いますよ!」
俺は必死になって弁明する。
「そ、そうですか……そうですよね。彼女さんでもないのに、あんなに耳元に近づいてささやいたりなんて、しませんよね」
ソッチかああああああああ!
や、それこそお客さん相手ならなおさらしませんけど!?
だ、だけど、確かに幼馴染とはいえやり過ぎだったかも……。
「そ、それでしたら、例えば! あくまでも例えばですが、私がお客としてステラに来たら、その……幼馴染さんの時みたいに、耳元でささやいてくれたり、してくれますか……?」
ハルさんはこちらへと向き直り、上目遣いで俺を見つめる。
う、うわあ……か、可愛い……。
「そ、それは、も……」
チョット待て俺! ここは慎重に答えるところだぞ!?
調子に乗って『もちろん、ハルさんの耳元でささやきます』なんて言って、実は地雷だったってオチの可能性も否定できないぞ!?
かといって『環奈にはしたのに、なんで私にはしないんだ』なんて言われる可能性も……!
こ、これはドッチが正解なんだ……?
「ハ、ハルさん、もちろんハルさんみたいな女性でしたら大歓迎ですけど、さすがに俺達はお店側なので、そのシチュエーションには無理が……で、ですから、その……」
くうっ! 苦し紛れの答えにしかならねえ!?
「……それはどっち、ですか?」
ヒイイ!? せっかく元に戻りかけた空気がまたヒンヤリとしてきたぞ!?
ええい! 俺ぞ男だ! 覚悟を決めろ!
「な、なのでっ!」
俺は意を決し、ショーケースの陰に隠れるようにそっとハルさんに近づくと。
「っ!?」
「(そのシチュエーションは無理なので、し、仕事中にしますね)」
そっとハルさんに耳打ちして、すぐさま離れた。
ど、どうだ……?
「あ」
「あ?」
「あわわわわわわわわわ!?」
ハルさんが真っ赤な顔を両手で押さえながら右往左往した。
「ハ、ハルさん!?」
え? え? やっぱりマズかった!?
「ちょ、お、落ち着いて!?」
「あわわわわ……あ、その、す、すいません……」
俺は慌てて手で制止すると、あたふたしていたハルさんがようやく止まった。
「ハ、ハルさん、すいません!」
やっぱりあれはやり過ぎだった。
いくら何でも、失礼が過ぎ……え?
深々と下げた俺の上半身を、ハルさんがそっと起こした。
「あ、そ、その、ちょっと驚いただけですから……で、ですから」
ハルさんは急に俺の傍に寄ると。
「っ!?」
「(ま、またお願いします……)」
そっと俺の耳元でささやいた。
「そ、その、少し更衣室で休んできますね!」
「え……あ……」
そう言うと、ハルさんは顔を赤くして俯いたまま更衣室へと足早に向かって行った。
な、何というかその……ハルさんの吐息が耳に……。
俺は耳を手で押さえながら、更衣室への通路の角をただ茫然と見つめていた。
……それを、イートインスペースから睨むように見つめていた環奈に気づかないままで。
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次話は今日の夜投稿予定です!
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