表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

伝えたい想い

「うーみだー!」


「遊ぶぞ~!!」


 七月下旬。夏休みの終盤に海へ来た俺達ははしゃぎ倒していた。想定できるあらゆる事態に対応できる様準備を万全に整えたし、後は全力で遊びまくるだけ。

 まあ今日が終わってもまた忙しくなりそうだけど。


「……ってのはいいんだけどさ」


 しかし早速アクシデントが発生している。

 俺が想像していたのは一面に広がる水平線。そして海辺で遊ぶ人達。その中で俺達が楽しむ。そんな光景だった。

 でもどうしてこんな事に……。


「何で俺達は岩場にいるんだ!?」


 選ばれたのは視界が少しだけ遮られるような岩場だった。

 想像と全く違う光景だったのを全力でがっかりしていると蘭が振り向いて話し出す。それも耳と尻尾を出したままで。


「しょうがないだろ。私達がこの姿で海を見れるのはここら辺しかないんだから。結界も張ってあるから人は近寄れないし、どんなに騒いでもバレない。……私みたいに神が来てなければの話だがな」


「まあそりゃそうだけど、鈴はいいのか? せっかくならどこまでも続く水平線を……」


「ならあれを見てみろ」


 そうして蘭は海面の方を指さした。視線の先には足踏みをしてはしゃぐ鈴がいて、楽しそうに尻尾を振るその姿に不満そうな物は何一つない。それどころか今は水平線なんか気にしてない様にも見える。

 鈴にとってここがどんな場所なのかを今一度新たに考える。


「お前にとっては当たり前かもしれないが、私達にとってはこの世界の1つ1つ全てが新しい物だ。海や海水もその1つ」


「……そっか。鈴と蘭はこの世界の人じゃないもんな。改めて言われて気づくけど2人とも神様な訳だし、この世界の事はまだまだ知らないのか」


 いくら慣れたといっても2人にとってはまだ知らない事が多い。なのに“慣れた”を“知っている”と思い込んでいたなんて、俺もまだ気遣いが足りない様だ。

 となればこんな俺にとって不本意な状況でも2人にとっては未知の領域。初めてみる景色でもある。ならここは2人の思う通りにするのが2人の為……。

 考え直していると鈴が手を振って言う。


「お姉ちゃん、ご主人ー! 凄いですよー!!」


「ああ! ……ほら、行くぞ」


「そうだな。それに遊び道具だってある訳だし」


 そうして背後からバレーボルや浮き輪を取り出して見せる。初めての景色で遊ぶんだ。せっかくなら精一杯楽しんでもらわないとこの世界に住む者として納得できないじゃないか。

 鈴はともかく蘭も教えれば馴染んで来ると思うし、退屈されるなんて展開はないだろう。うん、ない。きっとない。


 心で楽しんで貰えるよう努力しようと思いながら俺と蘭も海水に突っ込んだ。すると水飛沫に反応した鈴が間髪入れずに蘭へ水飛沫を飛ばし、それに抵抗するように蘭も返す。

 そんな風に遊び始めた神様を前に、俺はバレーボールとかの準備をし始めた。




 気が付けばもう夕方。そんなになるまで楽しんでいたのにびっくりする。

 今日は色々あった。結界の中だからと言って力を全開放し30mくらいの水柱を立てたり、バレーボールと言う名の戦争で地形を滅茶苦茶にしたり、エセトライアスロンの名目でポ〇モンのアクアジェットごっこしてたり。改めて神様がどれくらいの化け物なのかを実感できた。

 怒らせるのは絶対にやめとこう。蘭あたりなら絶対に殺される。


 そんな時間を過ごしたら体は疲労で重くなり、疲れて息を切らす俺を無視して鈴は未だに元気よく水平線を眺めては足踏みをして水飛沫を楽しむ。

 ちなみに蘭も疲れてしまったようで横でぐっすりと寝ている。大の字でいびきまでかいて。見た目だけなら絶世の美女なのに寝ている姿はおっさんそのもの……。俺も同じ様に寝転がって休んでいると鈴が声を掛けてきて。


「ご主人ご主人、凄いですよ!」


「どうした?」


 仕方なく起き上がって鈴の元まで歩いて行くと、鈴は目を輝かせながら水平線を指さした。その指先を視線で追ってから思わず声を漏らす。

 沈みゆく夕日が水面に反射して幻想的な景色を作り出していたから。


「おお……」


「凄いですよね」


 そんな景色に蘭を起こす事も忘れて2人で見入る。

 海の景色ってこんなに綺麗だったっけ……。


「ご主人」


「どうした?」


「実は、海に来たかったのにはもう1つ理由があるんです」


 すると鈴が急にそう言いだす。もう1つと言っても水平線をこの目で拝みたいとしか言ってなかったし、ほかにあるとすればどんな事だろうかと考えてみる。

 だけど先に答え合わせがされてしまって。


「……私は、ご主人に拾って貰えてうれしかったです」


 それが助けて貰ったお礼だって事はすぐに分かった。

 でも言葉を聞いた瞬間に胸がきゅって締め付けられてしまって、思わず胸の前で手を握ってしまう。頭では分かっているのに。


「あの寒く冷たい雪の中で独りぼっちだった私をご主人は拾ってくれた。それが何よりも嬉しかったんです。だからお礼を言いたくて」


「あ、ああ。何か改めて言われると照れくさいな」


 あの時の行動は心から出た物だった。あんな少女を1人にするのは可哀想と思ったのもあるけど、何より、助けなきゃダメだと心の底からそう思えたから。

 でも改まってそれを言われると妙に照れくさいな……。

 後頭部を掻いていると鈴はさらに1歩踏み出し近づいて喋る。


「それとご主人は何度も私といていいのかって考えてましたよね」


「えっ?」


「私が神様だからってずっと考えてたの、知ってるんですよ」


 まさかその事を見抜かれていたなんて思わなかった。

 鈴は耳の垂れ具合で大体の考えが見抜けるから思考を読むのはこっちとばかり思っていたけど、まさか向こうも俺の思考を読んでいただなんて。


「ご主人は目を細めてる時は大抵深い考え事をしてる時ですから。そしてモジモジしている時は私の事について考えている時です!」


「み、見事に当ててるだと……!?」


「えっへん!!」


 俺の些細な動きまで熟知している鈴の事が逆に恐ろしくなってきた……。

 しかしそうとなれば話は変わって行く訳で。


「……私はご主人が大好きです。だからずっと一緒にいたい」


「でも神界のルールがあるんだろ? 神は人に仕えちゃいけないって」


「ありません」


「えっ?」


「ありません」


 だけど鈴は真顔にもならずいつも通りの顔でそう言って見せた。いや、例えルールにないとはいえ今までそんなような雰囲気を醸し出してたんだからびっくりするに決まってる。

 するとその理由を喋り出した。


「私は正確にルールを覚えてます。けど神界にそんなルールはありません。ただ神が人間に仕えるのは“ありえない”事で“あってはならない”事ではないんです。その中にダメだなんてルールは何一つない」


「ちょま――――」


「だから一緒にいちゃいけない訳がないんです」


 でも、そうは言ってもこっちの考え方が簡単に変わる訳でもない。

 鈴は『神』で俺は『人間』。その存在は本来一緒にいていい存在じゃないはず。

 頭では分かってるんだ。前に鈴が庇ってくれた時にいちゃいけない事はないんだって。でもどうしてもその考えが頭から抜けない。


「でも、俺達は……」


「ご主人」


 ふと俺を呼ぶ。

 視線の先にはまっすぐで真剣な眼差しが俺の瞳を捉えていて、その視線からは本気だと思わせる1種の威圧が放たれている。


「ご主人は私の事をどう思ってますか?」


「いや、別にふつ――――」


 一瞬だけでも迷う。

 いや、迷ってしまう。

 だから一瞬だけでも迷ってしまった事が悔しくて歯を食いしばる。

 鈴との今までを思い出さなくても答えは1つなのに変な思考が邪魔をしてしまった。だから今だけは思考を押しつぶして答える。


「――違う。好きだ。俺だって鈴の事は好きだ」


 すると鈴は嬉しそうに満面の笑みで答えた。その純粋無垢な笑みに俺も影響される。

 ……いいのだろうか。俺が鈴と一緒にいて。

 また俺の思考を読んだかのように鈴は喋る。


「やっぱり。思った通りです」


「……ホント、鈴には叶わないな」


「私の事が好きなら。両想いなら。離れる理由なんてありません。そうでしょう?」


「……ああ。そうだな」


 想いを伝え合って初めて気づく事だってあった。

 思えば俺と鈴の付き合いは半年と結構長くなるけど、“この世界に暮らす存在”としての互いの事はまだ知らない事も多い。だからそれを知る為にも離れる理由なんて作れないんじゃないか。

 ああそうだよ。何で今まで気づけなかったんだ。

 神様と人間だからって、たったそれだけで知らんぷりをしていい訳ないじゃんか。


 例え人間と神様だとしても、互いに一緒にいたいと願えるのなら否定する意味なんかない。それは鈴がずっと教えてくれた事だ。


「鈴、ごめん。今まで俺が――――んむっ」


「その先はいりません。別の言葉でおーけーです。……じゃあ、これからも一緒にいてくれますか?」


「――もちろん」


 俺の言葉を人差し指で遮ると、鈴は分かりやす過ぎる誘導をしてみせた。だからそれに応える為に心のまま返す。

 すると鈴は凄く嬉しそうに笑って、少しの間モジモジした後にこう言った。

 俺にとってその姿は凄く綺麗な物に見えて。


「私、とっても幸せです!」


 水面に輝く夕日をバックにした鈴の笑顔。まさにA級ドラマも顔負けの笑顔だ。

 だから俺も心からの笑顔で返答した。

 のはいいのだけど、後ろから声を掛けられて。


「……そろそろ起きてもいいか?」


「うわっ!? 蘭いつの間に!?」


「最初からだ」


 気が付いたら大の字で顔だけこっちに向けてる蘭が喋っていて、不意を突かれた俺と鈴はびっくりして飛び退いた。

 そうして起き上がった蘭は俺と鈴の肩を組んで。

 嬉しさを全く隠さずに喜んでいた。


「よくやったぞ海斗! お前は絶対に告白できると信じてたぞ!!」


「ちょっ、そういうの恥ずかしいから止めてって!!」


「よ~ぅしなら祝いとして今から飲みに行くか!」


「おっさんか!?」


 ノリが完全におっさんと化している蘭に突っ込む。

 咄嗟に助け舟が出ている事を願って鈴に顔を向けるも苦笑いで左右に振られる始末。……もう、付き合うしかないのか。今さっきの綺麗な空気から一変して茶番と化したこの空気に。


「だってお金あるんだろ?」


「あ、あるけど……」


「はい決定~」


「自由人め……!」


 そうしてわちゃわちゃしていると、鈴がちょんちょんとつついて来るから耳を近づける。すると鈴は耳打ちした。それもさっき言った事を。


「――私、凄く幸せです!」

ここまで読んでくださりありがとうございます。

この物語はここで完結となりますが、もしこの先が続くとしたら鈴が人間界に馴染む物語になる……のかな?

何はともあれ短いお話でしたが、読んでくださって本当にありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ