水着選び
蘭が神界へ戻ってから今日で3か月。夏だ。
あの事はまだ伝えていない。というか「伝えたら殺す」と凄まじい眼光で脅されたから伝えられないのだけど。
鈴は鈴で話したらスッキリしたのだろうか。この前よりも戸惑いが無くなって動きにキレがある気がする。……別の言い方をすれば吹っ飛んでいる。
「スズメって、美味しいんですかね」
「急にどうした!?」
そんな言葉が飛び出したりするから。
逆に心配してしまう事もあるけど、それでも鈴の笑顔がいつもより眩い物に変わった事だけは変わりない。嫌な記憶を思い出させてしまったのか心配してたのも意味なかったようだ。
吹き飛んで訳分からん事を言う時もあるけど今の所問題はなさそう。
それどころかこっちの心配をするばかりだ。
と、そんな風な3か月を送っていた。
蘭が見逃してくれた事もあって鈴の心も解放されたみたいで、色んな所へ行きたがったりもする。そして今日、転機が訪れて。
「ご主人。海、行きましょう!!」
「海?」
夏休みに入りグダグダしている俺にいきなりそう言う。
鈴は身を乗り出すとキラキラと目を輝かせつつも言葉を重ねた。それも耳と尻尾を凄い速度でフリフリさせながら。……鈴の後ろに行ったら涼しそう。
「テレビで見たんです! 夏には色んな人が海へ集まって楽しく過ごすんだって!!」
「んまぁそうだけど……なんでそんなに?」
「気になるんで――――私、気になります!!」
「…………」
どうやらアニメのみ過ぎで妙な影響も受けてしまった様だ。
とりあえず次々と喋りまくる鈴に沢庵を突っ込んで黙らせる。
「先に言っておくけど夏休み中の海は人が大量にいる。だから俺はなるべく行きたくない。だから鈴の理由も聞いておこう」
「神界は大陸続きですから海がないんです。魚がいるとしてもせいぜい湖程度。ですから海に行ってみたいんです! ご主人と!!」
「う~む」
「お願いしますっ!!」
最後の一言を滅茶苦茶強調しながらも懇願した。
でも夏休みの海は興味本位で行って地獄を見たことがあるしなぁ……。海は混むし1人じゃ寂しいし帰りは大変だしお金は足りないし何となく面倒くさいし。
しかし鈴がこんなにも懇願してくれてるんだ。
ここまでされて断るだなんて男が廃るッ!!(鈴の可愛さに負けた男)
「よし、行くか―――――」
だが大変な事に気づいて言葉を詰まらせる。
しまった。こんな田舎じゃ交通手段が滅茶苦茶に限られてしまう。最近主流のモノレールもないし電車もあるにはあるけど乗り換えが面倒くさい。となれば手段としてバイクがあるけど……。
「バイクはバイクで長時間移動するからキツイ!」
「…………?」
「となれば苦渋の手段でアレにするしか!」
「アレですか!?」
「アレしかない!」
残る最終手段はアレしかない。
移動手段が決まった今、残ったやるべき事はただ1つ。
今あるお金でどうやりくりするかを考えなくては。
「って考えまではよかったよ。うん。よかったよかった。だけどさ……何で俺達は水着売り場にいるんだ?」
「決まってるじゃないですか。夏と言えば海! 海と言えば水着! 水着と言えば売り場! 売り場と言えばお金! お金と言えばない! お金がないと言えば節約! という事で安く可愛い水着を見付けるんです!!」
「いや流れ……」
やっぱりどこかぶっ飛んでる。
どうしてそこまで水着に固執するのだろう。神様とはいえ少女なのだからそういうのは気になるのか。まあ、海に行くのならどの道水着は(見た目的に)避けて通れぬ道だからいいのだけど。
鈴は綺麗だったり可愛らしい水着に目を輝かせては律儀に値段を確認している。見た目的には可愛らしい少女なのに値段を確認する様はまさに――――。
見てるだけで悲しくなる。
あれもこれも俺が貧乏なせいか……。
「これも可愛い! これも綺麗! でも値段が高い……!」
「ごめんな鈴、俺のせいで!!」
可愛いと値段で葛藤する鈴の後ろで涙を拭いながらも謝罪する。
そうして迷っていると突然肩を震わせ、ゆっくりと後ろを確認するから俺も確認する。するとその先には彼女がいて。
いるだなんて思わなかったからつい声をあげる。
「――蘭!?」
「久しぶりだな」
稲穂色の毛先はそのまま現代の服に身を包んだ蘭がそこにいた。それもいかにも現代満喫してますよというような恰好で。
「なるほど、水着を探しているのか」
「いやまだ何も言ってないけど」
まだ名前を呼んだだけなのに事情を把握した蘭は来い来いと言う様に手招きをするので鈴を連れて付いていく。
その途中で色々と聞きたい事があったからいくつか質問する。
「えっと……神界はいいのか? 鈴の事とか……」
「鈴の事は色々とあって今は一時保留にされている。今は一番忙しい時期なのもあってな。だが私は鈴の姉だからって理由で探す様に言われたんだ。しかし私とて嫌がる姿は見たくない。だから上手く隠蔽してるんだ」
「ありがとう、お姉ちゃん……」
「気にするな。それにここの生活も楽しいし」
すると蘭はおでこにかけたサングラスやノースリーブパーカーを指でつついた。堅物と見ていた蘭は意外とフリーダムなのだろうか。
こうして鈴と一緒にいられるのも蘭のおかげなのだから感謝しなきゃと改めて思う。
そんな風に雑談しながら歩いているとあるお店に辿り着く。
「ここは?」
「まあ簡単に言うと布屋さんみたいなものだ。鈴、ここで好きな柄を選べば私が水着を作るぞ。こっちの方が安いし」
「えっ。お姉ちゃんが!?」
「私は意外と裁縫上手なんだぞ? 何度服を作ったかも忘れるくらいにな」
まさか蘭にそんな特技があっただなんて思いもしなかった。
そして鈴はもう一度目を輝かせると嬉しそうに店へ入って行く。
そんな姿を俺と蘭は見守っていた。
「たった3か月だというのに鈴も変わったものだな。前よりも純粋な笑いになっている。……気のせいか魂の構造さえも変わった気がする」
「魂の構造って変わる物なのか?」
「礼によって真意でな」
「真意って便利なんだな……」
そこらへんの話はよく分からないけどきっと簡単じゃ出来ないのだろう。でも話だけ聞くと凄く簡単に聞こえてしまうんだからある意味恐ろしい。
しかし蘭が言う事も確かだ。
鈴の笑顔は前よりも無垢な物に変わっている。
「……柄、選ばないのか?」
「えっ、俺も?」
すると蘭はうんと頷く。
俺は人並み以上に泳げない方なのだけど……せっかくなのだからこの際雰囲気だけでも楽しんでみるか。だって安上がりで済むし。
まあ、柄物は選ばないんだけど!
「すごーい! 可愛い!」
「手作りにしてはよくできてる……」
「そりゃ、私はこの世界じゃ職人並みの腕前だからな」
家に帰れば蘭はたった1時間で2人分の水着を作って見せた。それも1人で。
色々と言いたい所もあるけどとりあえずは我慢しつつもその完成度に見惚れる。見た目的には本当に手作りとは思えない。機械で作ったみたいな精密さだ。
「蘭、本当にありがとう。凄く助かったよ」
「そ、そうか? その程度であればいつでも手をかすぞ」
そう言って蘭は指先で髪をいじる。あれ、蘭ってこんなツンデレみたいなキャラだったっけ。
しかし安上がりで済んだのは本当に良かった。これなら他の物に金を回せそうだ。ま、それでもカツカツ生活なのは変わりないけど。
すると蘭は問いかけて来た。
「だがどうして水着を? 鈴は泳ぎが得じゃないだろう」
「え、そうなの!?」
「まあ、はい、そうです……」
あんなにも自信満々で提案する物だから滅茶苦茶得意なんだと思っていたけど、まさか鈴が泳げなかっただなんて。
突然の真実に唖然としていると鈴は語り出す。
「前にご主人に話した通り、神界には海がないんです。ですから、一度でいいから水平線をこの目で見てみたいと思って……。それにやりたい事も……」
「スイカ割りか!? 砂の城か!?」
「足りない物は私が用意するぞ!!」
「いやそういう事じゃなくて!」
申し訳なさそうにするからやる気を引き出しつつもそう言うと鈴に制止させられる。
すると言葉を探しながらモジモジと身を揺らし始めた。
何か言いたい事でもあるのだろうか。高い物が食べたい~的な。
しかし俺とて鈴にせがむのはなるべくやりたくない。だからここは気になるけどシークレットとして残しておこう。
「じゃ、それは向こうに行ってからのお楽しみでいいよ。心の準備とかもあるだろうし」
「す、すいません……」
すると頬を真っ赤に染めながらも耳を垂れさせた。
これもしかして告白系のアレか? とかささやかな期待を抱きながら我慢する。そうして話が終わった所で静寂が流れ込むから、俺はカレンダーを机に乗せて作戦会議を始めた。
「それでだ。いつの日に行くかって話だけど、俺はなるべく人が少ない日がいいと思うんだ」
「人が少ないと言うと……平日じゃさして意味もないだろうから休みの終わりあたりか? それはそれでまた混みそうな気もするが」
「そういう考えが妥当だよなぁ。夏休みが終わったらまた遠出は出来なくなるし、一縷の望みをかけてここら辺で勝負するしか……。あれ、何で話に付いて来れる?」
「勉強したからな」
この世界についてあまり知らないはずの蘭が話に付いて来れるからびっくりする。やっぱり鈴を探すという名目の元この世界を楽しんでたのか……。果たしてこれが良い事なのか悪い事なのか。
と、そんな風に作戦会議は続く。
さっきから妙に落ち着かない鈴を置いて行って。