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妹想いのお姉ちゃん

「しかし、マズイ事になりました……」


「マズイって何が?」


 翌日。狐耳を元気なく垂れさせた鈴はお茶を飲みながらもそう言った。

 もしかして神様の力を使ったから何か代償があるのか。

 そう思っていると何がマズイのかを説明してくれた。


「神の力を使ってしまった以上、近くにいた霊や妖怪が集まって来るかも知れないんです」


「妖怪? 妖怪もこの世界にいるのか?」


「はい、ちゃんといますよ。しっかりと」


 この世界って霊以外に妖怪もいるんだ……。

 しかし神様の力を使ったから集まって来るって、霊や妖怪は意外とエサとかに釣られやすいのだろうか。霊は問題ないとして妖怪はどんな感じなのだろう。昔話とかに登場する妖怪もいるのか。

 その思考はあっていたみたいで。


「天邪鬼やがしゃどくろ、河童、くだん、座敷童。沢山いるんです。中には敵対しない妖怪もいますけど、この世界の伝承通り敵対する妖怪もいます」


「伝承て……」


 つまり七人ミサキとか何かそこらへんの妖怪まで本当にいるのか。小学生の頃によく聞いた妖怪も。でも全ての霊や妖怪があの少年の様に優しいわけでもないはず。だからもし鈴の言葉通りになるのなら大変な事になる……と思う。

 その場合はどう対処すればいいのか。

 と対策を考えているのも束の間。鈴が突如耳をピーンと一直線に立たせた。


「…………!」


「ど、どうした?」


「来てます」


「来てる? ってもしかして妖怪!?」


「違います!」


 すると咄嗟に立ち上がってお茶も飲まずに走り始める。だから俺も慌てて鈴の後を追いつつも念の為パーカーを持っていく。妖怪でもないとしたら悪霊か。でもまだ朝だし俺のイメージじゃ活動するような時間でもない……。

 マンションから出たと思ったら迷わずに走り出す。


 あの鈴があそこまで焦るって事は何かしらのとんでもない物が近づいて来ている証拠だ。それが何なのかをこの目に入れたい。

 と思っていたのだけど、見えて来たのは人影で。

 ――しかしただの人じゃない。ピンと立った狐耳に九尾。足元にまで届く長い巫女服。そして鈴と同じく稲穂の色をした毛先の女性。

 その女性を見た瞬間に鈴は行った。


「お姉ちゃん!!」


「お、お姉ちゃん!?」




「神力を感じると思ったら、まさかお前がここにいるとはな」


「あはは……」


 鈴の姉と名乗った女性は部屋に上がると、特に抵抗もなくお茶を飲みながらも笑顔でそう言った。姉の言葉に鈴は苦笑いで答えて見せる。

 見た目的には花魁と言った方が似合うだろうか。

 毛先は鈴以上に綺麗で、モデル並みかソレ以上に整った容姿、鈴蘭の柄が入った巫女服に鈴蘭の花飾り。一目見ただけなら絶世の美女だ。


「それで、この人間は?」


「この人は私のご主人です。名前は西原海斗」


「そうか。鈴のごしゅ―――――」


「……お姉ちゃん?」


 急に硬直する。

 目の前で鈴が何度か手を振るも反応は無し。俺もどうしたんだろうと思ったけど触って良いのかこれ。

 しばらく硬直したと思ったら今度は急に動き出して。


「ご主人だと――――ッ!? この人間が!?」


 この人間て……。

 他の神様から見ればそんな反応になるよなあ。だって人間と神様が同居してる訳だし、話はまだ見えないけど姉となればこんな反応になったって無理はない。と思う。


「まさか鈴、この人間に仕えてるのか!?」


「はい」


「はいじゃなくて人間だぞ人間! 神が人間に仕えてどうするんだ!!」


 そう言いながらも予想通りの事を叫ぶ。

 やっぱり人間は神と同等に接する訳にはいかないんだ。今の言い方じゃ人間が神に仕えるのが当たり前みたいだから、その見方で捉えると鈴が俺に仕えるのは相当のタブー……?

 だけど鈴は俺を庇ってくれる。


「この人は私を助けてくれました。雪に埋もれている私を助けるどころか、この世界じゃ異形の姿である私に居場所も与えてくれました。楽しい事、美味しい物、たっくさん教えてくれます。――だから私は心の底から笑えます。だから私はこの人に仕えるって決めたんです!」


「鈴……」


 言われてから改めて気付くけどそんな風に思ってくれていたのか。今まではずっと恩返しだと思っていた。そしてその最中にこの世界に惹かれていったのだと思っていた。

 でも、そこまで救われていただなんて予想も出来ない。

 だから表情に出さずともびっくりする。


「帰れない私をこの家に置いて、大切にしてくれます。分からない事があったら優しく教えてくれます。――この人は私が出会って来た神や霊や人の中で、誰よりも優しい方なんです! だから――――」


「逆らうのか」


「――――――」


 姉から低く発せられた言葉に鈴は黙り込む。

 神様の事はよく分からない俺にも悟れる。彼女は本気だ。こっちにも来る威圧の余波だけで腰が抜けそうになるのに真正面から受けられるなんて、鈴の精神力は凄いはず。


「空様が鈴を引き戻す様にと仰っていた。それに逆らう事がどんな事か、鈴は分かっているのか」


「……分かってます」


「ならどうして人間に固執する。そこまでする価値があるのか?」


「あります。私の心は既にご主人に誓っていますから」


 鈴は今までとは比べ物にならないくらいの真顔でそう返す。これは本当にマズイ展開なんじゃないのか。よく分からないけど空様って神様も偉そうだし。

 すると姉は鋭くも短い言葉を発した。

 その言葉に鈴は一言も喋れなくなってしまい。


「過去は話したのか」


「―――――――」


「誰かに心から仕える時、信頼の証としてどんな過去があったのかを話さなければならない。鈴はそれをこの人間に話したのか」


「っ―――――」


 奥歯を噛みしめて少しだけ顔を逸らす。

 あの可愛らしい少女がこんな顔をするだなんて思いもしなかったから驚愕した。

 馬鹿な俺でもこれだけは分かる。鈴には簡単には話せない過去があると。前々から察してはいたんだ。だけどその事実があらわになると、どうしても何とも言い難い感情が沸き出て来る。


「……分かった。なら強制的に鈴を連れて――――」


「待った」


 だから引き留めた。立ち上がって翳した手を握って制止させる。

 すると姉は鋭い眼光で俺を睨み付けた。それだけでしりもちをつくのには十分な程の威圧。でも俺にだって言いたい事はあったから。


「鈴の姉なんでしょう。なら、少しは妹の言い分を聞いてあげたらどうなんですか」


「お前には関係ない事だ人間。神の領域に足を踏み入れるな」


「っ……!」


 瞬間、よくない思考が脳裏に走ってしまう。

 ここで怒らせたらどうなるか分からない。性格的にも結構怖そうだったし。だけどこのままじゃ駄目なんだって俺の直感が囁いていた。

 このままじゃ後悔すると。


「関係ないなんて事は無い。俺だって鈴と一緒に過ごしてた以上、神の領域には十分足を踏み入れているはずです」


「おかしな話だな。神と一緒に過ごしただけで紙の領域に足を踏み入れただと? それならお前は鈴の事を理解しているのか?」


「それは……」


「私達神にとって過去を理解する事は信頼の証となる。つまり鈴がお前に過去を話さなかったという事は、お前と鈴はそれまでの関係って事だ」


 神界のルールならそれが正論なんだろう。互いの過去を理解する事で信頼を深める。多分そんな感じのメカニズムなはず。

 けどさ、神様には神様のルールがあるみたいに人間にも人間のルールがある。

 ……まあルールと言えるほど大したものでもないし、俺が姉を説得する為に嘘を付いているだけなんだけど。


「関係ない。俺は鈴がどんな過去を持っていようと受け入れる。過ごした時間は短くとも理解出来るはずだから」


「神と人間の時間を一緒にするな。お前が一生を過ごす時間を神が何倍過ごしているかを知っているのか」


「……関係ない」


「聞き訳が悪い奴だな。さもなくば……」


「やめて!!」


 正論を突き付けられても諦めない俺に見切りを付けたのか姉は手を振り上げた。――殺すという事だろうか。ちょっと失礼だけど何かありえそうだ。

 すると鈴が咄嗟に2人の間に入って制止させた。

 さすがに妹には手が出せない様で動きがピクリと止まる。


「私は……。私はご主人を本当に心の底から信じてるんです!!」


「ならなぜ過去を打ち明けない。そこまでする覚悟がないんだろう。それは神界のルールじゃ相手を心から信じている事にはならない」


「確かにそうです。でもここは神界じゃない! 例え私が神だとしても、神界のルールに従う理由は無い!!」


「鈴……」


 きっと自分なりの葛藤を抱えながらも導き出した答えなんだろう。いくら正論を突き付けられたって俺みたいに諦める事はしなかった。それほどなまでに一緒にいたいと思ってくれた事が何よりも嬉しい。

 姉は鈴の必死な言い訳に身を固める。

 真っ直ぐな眼差しで鈴を睨んでいた。


「……理解し難いな。どうしてそこまでやるのかが分からない」


「もしお姉ちゃんが理解してくれないのなら……!」


「なら?」


 すると鈴は俯いてそう言う。

 もしかして武力行使……なんてオチはないだろうか。

 そうして一杯息を吸って肺を満たすと、最後に鈴は姉に向かって叫んだ。なんか子供っぽい事を。


「大っ嫌いになるんだから!!!」


 子供かっ!

 そうツッコミそうになる。

 いくら姉とは言えその程度の言葉で折れたりなんかはしないだろう。だって俺に手を出そうとしたし、あんなにも鋭い威圧を出せるような神様なんだ。だからこんな言葉じゃ……。


「嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌わ――――」


「アレェめっちゃ効いてる!?」


 まさかの白目になって「嫌われた」とひたすらに呟く。いや、今の言葉だけでそんなにショックを受ける物だろうか。流石の変わり様に鈴も困惑してポカーンとしてるし。

 ちょっとだけ声を掛けると正気に戻って急に動き出す。

 と思ったら鈴にガシィッと抱き着いて。


「ごめんね! 私が悪かったから嫌いにならないで! ね!?」


「こ、これってどういう……」


 今度は何をする気だと思ったら涙を流しながらも必死に謝罪し始めた。何なんだろうこの姉、どことなく残念美女の雰囲気がする。

 鈴は困惑すると思いきや姉の頭を優しく撫で、最後に俺に振り向いて言った。


「見た目は厳しそうなんですけど、今までの言葉も私を心配して言ってくれた言葉なんです。結構……っていいうかとんでもなく妹想いのお姉ちゃんなんですよ」


「ややこしい神様だこと……」

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