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鈴の力

 ――あれから3か月もの時が過ぎた。

 鈴が来てからという物、本当に時間が過ぎるのが速い。気が付けば鈴も現代の生活になれ、今となっては家事の全てを1人でパーフェクトにこなせるようにまでなっていた。

 そして帰って来てから笑顔で迎えに来てくれるその姿は完全に良妻そのものである。俺も鈴との生活にはとっくに慣れていて、既に2人での生活が当たり前みたいな雰囲気が作られていた。


 親睦もかなり深まって親しげに接してくるし、未だご主人呼びと敬語は直らない……というか直せないらしいけど十分に楽しい日々を過ごしている。

 最初は向かいに座る程度だったのに今じゃ膝の上に座る始末だ。多分傍から見れば親子とかに見間違うんじゃないか。


 と、そんな風に毎日を過ごしていた。

 鈴も普通にしていれば普通の少女だし、そのせいで俺は時々鈴が神様だという事を忘れながら接している。後々神様だと気づくのだけど。

 ちなみにその事を言うと怒られる。


 ――だけどそんな生活の中でも当然変化は訪れる。いや、訪れてしまう。

 もとより俺は人間。本来神様と一緒に過ごしていい存在じゃない。だから、それを自覚してしまったのだ。あの日を境に。



 ―――――――――――



「そう言えばここら辺って桜咲いてないですよね」


「ああ。桜の木がないからな」


 ある日の夜。2人で買物を終えて帰っている途中、鈴がそんな事を呟いた。前に聞いた話だと神界には桜があるのが当たり前みたいで、春には絶景スポット顔負けの光景が作られるのだとか。

 すると鈴は神界を想起してどれくらいの規模なのかを語って見せた。


「神界は凄いんですよ。桜並木がずぅ~っと続いて、桜が舞い散る光景はもう幻想的で……!」


「へぇ~。俺も行ってみたいモンだな」


「本当です。ご主人を連れて行けないのが残念です」


 以前までは触れなかった神界の話とかも結構するようになったし、自分の事もそこそこ話してくれるようになった。まあそのせいで危なそうな情報が出てきたりもしたのだけど。

 そうして神界の魅力について語っていると急に耳をピクピクと震わせて。

 周囲を気にしている様だから俺もついでに見回しながら尋ねる。


「……どうしたんだ」


「ご主人、ここら辺に心霊スポットとかってあります?」


「心霊? なんで?」


「――悪霊の気配がします」


 急に真面目なトーンでそう言うから思わずビクつく。

 普通だったら「あ~はいはい」で済むのに神様が言うのだから凄く信憑性がある。まさか夜だからか。夜だからなのか。

 まあ別に怖いって訳でもないけどそう聞くと心配になるというか鼓動が速くなるというか。……結論、怖い。


「ここら辺じゃ……あそこかな」


 そうして俺はとある方向を見る。

 確か向こうには小さな池があって、地面がぬかるんでる事もあってかその奥には普段誰も近寄らない。だから霊が溜まってるなんて噂が流れてたりしたっけ。


「あっちは子供の頃に怖いお化けがいるから近づいちゃダメってよく言われてた。まあ、俺は危ないからって理由だと思ってたけど」


「……いますね、確実に」


「いるの!? 悪霊!?」


 まさか本当にいるだなんて思わなかった。鈴なら良くも悪くも信憑性高いし。神様なら悪霊くらい探知してもおかしくないし。

 すると1人勝手に歩き出すからあわてて後を追う。

 光が届かないからどうするのだろうと思ったらまさかの狐火を出現させる。


「ここってどんな感じの印象ですか?」


「う~ん……。暗くて湿っぽくて、子供はお化けがいるって思い込んでるから絶対に近づかないな。噂じゃ取り残された墓地があるとかないとか」


「その条件じゃ霊が集まる訳ですね……」


「どういう事?」


 今の印象と霊が集まる事にどんな繋がりがあるのか分からなかった。

 だから聞き返すと鈴は丁寧に説明してくれる。


「霊は基本的に人がいない所を好みます。まあ仕方なく街中を漂う霊も少なくないですけど。しかしその場所に「怖い」や「恐ろしい噂」が流されると霊は悪霊へと進化するんです」


「…………?」


「霊を生かすのは人の意思です。「そこにいる」「見守ってくれてる」そういった意思がエネルギーとなって霊は生存してるんです。だからその意思に「恐ろしい噂」が流れると霊はその噂にそって進化するしかなくなる。意思を拒むという事は植物が栄養を拒む事と一緒ですから、霊は噂に逆らえないんです」


「なるほどな。アジサイに紅い水を与えても紅く染まるより枯れるのを選ぶみたいな物か」


「アジサイ……?」


 鈴にとって分かりずらい解釈で納得しながらも考える。つまり、ここにいた霊に「怖いお化けがいる」とかの噂が流れたせいで悪霊と化したと。霊も霊で大変なんだなと思う。

 しかしそういうメカニズムは創作とかでよく聞くから受け入れやすかった。

 もっと別の過程だったら絶対理解出来なかったと思うけど。


「って事は普通の霊はそこまで怖くないのか?」


「はい。みなさんいい人ですよ。……霊だから人じゃないか。よく心霊とかの特番やってますけど私からしたらどうして怖がってるのか不思議でたまらないです。実際今もそこらじゅうにいますけど何もないですし」


「そこらじゅうにいるの!?」


「私が来たのに驚いているんだと思います」


 とんでもない事をさらっと言うからつい肩をガッシリ掴んで近づく。今話されたばっかりだから捉え方を変えるけど、今の俺みたいに霊を怖がる事だけでも悪霊になったりするのだろうか。

 それにいきなり神様が来たんだから霊もびっくりするはずだ。


「……悪霊ってどんな害があるんだ?」


「基本的に直接手出しはしません。おどかしたりする程度でしょうか。でも悪霊がいると他の霊はその場から逃げて行きます。ですから悪霊だけが居座る事になり、その周囲に入った人は違和感や擬似的な恐怖体験をするんです」


「そう言う事か」


 心霊スポットとかに行ったら違和感を感じたりするのはそのせいだったのか。まあ基本的にって言葉にひっかかりはしたけど今は気にしないでおこう。って事はそこらじゅうにいると言っていた霊も悪霊から逃げて来たって事なのだろうか。

 そんな事を考えていたら鈴は急に止まって。


「この先ですね」


「悪霊……」


「私がいれば大丈夫です。これでも神様なんですから」


 すると安心させる為か、手を握って微笑んでくれた。

 大学生になってまで霊に怖がり少女に安心させられるだなんて情けない……。鈴は神様だけど。

 いかにも心霊スポットと言わんばかりの雰囲気を作る林を抜けると、そこにはちょっとした墓地があって、鈴はそこを睨み付ける。


「いるのか?」


「はい、ばっちりと。……見てみます?」


「見れんの!?」


「ほんの少しだけ私の視野を貸しますね」


 そうして握る手に力を入れると俺の体が微かだけど僅かに光る。なんか神様の力を借りるって聞くと厨二心がくすぐられるなコレ。

 やがて視界に変なモヤが出て来たと思ったらそれは人の形を成して行って。

 ついには完全に人が墓地の真ん中で座っているのが見えてしまう。それも何か真っ黒なオーラを纏いながら。


「あなた、悪霊ですよね」


「ん?」


 すると間髪入れずに鈴は話しかけた。

 少年の悪霊はこっちを向くと、鈴と俺が自分を見ている事にびっくりした様子。最初は敵対的なのかと思ったけどそうでもなく。


「そうだけど、もしかして除霊しに来たのか?」


「いえ、少し気になったので」


「そっか」


 しばらくの静寂。

 やがて悪霊は鈴を見つめるとすかさず人間じゃない事を見ぬいてみせた。


「あんた人間じゃないでしょ。霊でもない。……何者?」


「私は鈴。狐の神様です。まあ、訳あってこの世界に留まってます」


「神様ねぇ。じゃ、少しお願いがあるんだけどいいかな」


 すると悪霊は立ち上がって面と向かう。俺は直ぐに悟った。いくら悪霊とはいえこの少年は悪くないと。少年から見える視線は真剣で、それがまともな事だってすぐに理解できる。


「俺を除霊してほしいんだ」


 悪霊から放たれた驚きの一言。今さっき自分で除霊するのかって尋ねたのに自分から除霊をお願いするなんて、どうして。

 その理由を1人話し出す。


「……ここには悪霊がいるって噂が流れた。でも霊は噂に従わなきゃいけない。でもみんな悪霊になる事を拒んでいた。だから俺が噂が収まるまで悪霊になるって決めたんだ。全ての噂を背負ってな」


「あなたは……」


「でももう噂はなくなった。だから除霊してくれないか」


「……わかりました」


 短く語られた言葉の中に詰められた感情。それらを受け止めて尚鈴は除霊する事を選んだ。

 すると鈴は耳と尻尾を出して神楽鈴でさえも出現させる。シャリン、シャリン、と鳴らしつつも大人しく正座をした少年に構えた。


「鈴……」


「彼の選択です。神である私に、彼の選択を否定出来る権利はありません」


 そうして神楽鈴を鳴らす。すると幻想的な光が周囲に満たされては少年を囲った。やがてそれは輝きを増しながら回転していき、少年の姿はどんどん薄れていく。その内鈴は天女の羽織でさえも出現させる。

 圧倒的な慈悲を以ってして除霊するその姿は、まさしく神様――――。


「貴方の魂が、安らぎの世界へと導かれますように」


「―――――――――」


 最後に少年は何かを言った。だけど俺には聞き取れないまま消え行ってしまう。

 そのまま禍々しく纏われていたオーラでさえも消えてしまい、彼は鈴によって完全に除霊された――――。その時、俺は鈴の背中を見つめながらも思った。


 どうして彼女が神界へ戻れなくなったのかと。

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