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第6回 『カミヤドリ』

 放課後、『一流の漫画読み部』の部室に顔を出すと、咲夜とミュウがテーブルを挟んで座り、剣呑な表情でなにか握りしめて向かい合っていた。


「……わたしのターンね。ドロー。……引いたわ。〈冨樫義博〉を拡大発動! これで集英社系の全漫画家が3ターンの間アンタップしなくなるわ!」


「やるね。だが、ぼくの場に出している集英社系漫画家をよく見るといい」


「はっ。〈井上雄彦〉に〈木多康昭〉、〈木城ゆきと〉……講談社に移籍させるつもりねッ?」


「その通り。〈モーニング〉、〈ヤングマガジン〉、〈イブニング〉展開! これでアンタップ不能期間はわずか1ターンに短縮されるのだよ!」


「そんな対策をしているとは思っていなかったわ。でも1ターンあればじゅうぶんよ。わたしの場の状況を見落としていたようね?」


「なんだと。……む、〈川下寛次〉と〈羽海野チカ〉がそろっているのかッ」


「今さら気づいても遅いわ! 次のターンのドローで――」


「あの、盛り上がってるところ悪いんだけど」


 僕はおそるおそる口を挟んだ。


「なにやってんの?」


 テーブルの上には大量のカードが並べられている。それぞれ漫画のキャラと、その作者名がプリントされている。また変なゲームやってるのか、こいつらは。


「塚本くん、ごきげんよう」


「これはぼくが考案したトレーディングカードゲーム、『漫画家・ザ・ギャザリング』だよ。奥深い戦略眼と漫画の知識が試される、我が部の名物ゲームだ」


 こいつら、どんだけひまなんだ……?


「いま勝負が佳境だから少し待っていて、塚本くん。さあミュウ、そちらの手勢はこのターンすべて休載でしょう。なにもできないはずよね」


「むっ……だが手札にはないんだろう? そうそう引けるものか!」


「ここで引くのが一流よ! さあ再びわたしのターン、ドロー!」


 咲夜はまるでウィンドミル投法のごときすさまじいオーバーアクションでデッキのいちばん上のカードを引き抜いた。その双眸がくわっと見開かれ、引いたばかりのカードがテーブルの真ん中に叩きつけられた。『ベルセルク』のガッツがプリントされている。


「引いたわ! 〈三浦建太郎〉ッ! これで完成よ! 星辰が鳴動し世界が震撼し時空が歪曲し、以降ずっとわたしのターン!」


「……なんでそうなるの」


 僕が横から訊ねると、二人分のひややかなあきれの視線が飛んでくる。


「弘夢、きみは毎度毎度不勉強すぎるね……」


「知らないの? 羽海野チカ『3月のライオン』、川下寛次『当て屋の椿』、そして三浦建太郎『ベルセルク』――これら掲載ペースの不安定な人気作品三つすべてがヤングアニマルの同じ号に載ることを出版業界用語で『惑星直列』と呼び、天変地異が起きるのよ」


「呼ばないよねっ? またどうせ咲夜の捏造でしょっ?」


「ちなみにこの現象が『HUNTER×HUNTER』の集中連載期間中に起きることを『グランドクロス』と呼ぶわ。だいたい世界が滅びるとされてるわね」


「冨樫の責任重すぎるだろ……」


 どうやら負けたらしいミュウは悔しげにカードをかき集めて再びデッキにまとめる。


「……ええと、じゃあ今日はカードゲーム漫画の話になる流れなのかな」と僕は訊いてみる。たしかいくつかあったはず。『デュエル・マスターズ』はもともとマジック・ザ・ギャザリングの少年向け漫画から派生したゲームだし、『遊☆戯☆王』は言わずもがなだし、あと最近では『すべての人類を破壊する。それらは再生できない。』とかもある。

 でも咲夜は不思議そうに首をかしげる。


「いえ? べつにそんな意図はないわよ。ただ遊んでいただけ」


 ……あ、はい。そうですか。なんの部なんだ、ここは。


「さて、このデュエルはわたしの完全勝利で終わったから、次は塚本くんがミュウの相手をしてね」


「ええ? いや、いいよ、ルールもよく知らないし」


「ルールはぼくが詳しく教えてあげるから早く座るんだ! デッキも変えよう。初心者の弘夢ならこの大御所漫画家デッキが使いやすいだろう」


 席を立った咲夜に腕を引っぱられたので、僕はしぶしぶソファに腰を下ろした。ミュウがぐいっと押しつけてきた数十枚のカードの束から、最初の七枚を取る。


「塚本くんのはとにかく生産力の高い漫画家を展開して毎ターン安定した部数を重ねていくタイプのいわゆるミッドレンジアグロね。ただ、大御所ばかりなので原稿料つまりマナコストが全体的に高めだから」


 漫画用語とTCG用語が入り交じってもうなにがなんだか。なまじ僕もTCGの心得が少しあるだけに余計混乱する。


「まず最もコストパフォーマンスのいい〈秋本治〉を場に出してとにかく『こち亀』の連載を開始すること。これで盤面が維持できるからその間に他の大御所を展開するのよ。とくに〈手塚治虫〉や〈石ノ森章太郎〉といったレジェンドは最優先よ」


「なんでレジェンドのタフネスがみんな低いの。2とか3ばっかりなんだけど」


「それはね、執筆量はものすごいけれど早死にしているから」


「おい! だいぶ不謹慎なんだけどっ?」


「きみがそういう悠長な戦術を展開している間にぼくはギャグ漫画家を並べて速攻で決める。ギャグ漫画家は四年で潰れるといわれているがその前に勝てばいい!」


「こっちのタフネス少ないから〈秋本治〉以外どんどん落ちてくんだけど」


「大丈夫よ、ほら〈荒木飛呂彦〉を引いたわ! これであと500ターンは戦えるから」


「タフネス800ってなにこれっ? いくらそういうネタが広まってるにしたって寿命長すぎじゃないの。あれでしょ、土方歳三が荒木飛呂彦そっくりだってやつでしょ? それにしても幕末なんだからせいぜいタフネス50くらいじゃ――」


「やれやれ。荒木飛呂彦が土方歳三だという説は三流以下の漫画読みの間で広まっている説であって学会ではとっくに否定されているんだよ」


 どこの何学会だ……。


「荒木飛呂彦=レオナルド・ダ・ヴィオンチはわたしたち一流の間では定説よね」


「聞いたことないけどっ?」


「モナ・リザのモデルがレオナルド自身だというのは美術史学上の定説のひとつでしょう。そして荒木飛呂彦とモナ・リザの顔は完全に一致するわ」


 言われてみれば少し似てるけども。なんかもうどうでもよくなってきた。


「さあ塚本くん、荒木飛呂彦の無尽蔵の寿命を使い倒してどんどん部数を稼ぐのよ、ジョジョが終わらない限りそのループコンボも終わらないわ!」


 よくわからんがこのカード最強すぎるのではないか、と思っていたらミュウが目をぎらつかせて一枚のカードを裏向きのまま目の高さに持ち上げてポーズをとった。


「ふふふふ引っかかったようだね。きみが〈荒木飛呂彦〉を出すのを待っていたよ。師匠が場に出ていると元アシスタントを場に出すコストが半分になるというルールにより、ぼくの切り札がこのタイミングで出せる!」


「しまった! やられたわ!」と咲夜が青ざめるのだがルールもよくわかっていない僕を置いてけぼりにして盛り上がらないでほしい。


「降臨! 〈三部けい〉だッ」とミュウがカードを力強くオープンする。


「……三部けい。……あー、『僕だけがいない街』の人だっけ」


「いちばん有名な作品名だけがやっと出てくるような三流の漫画読みの塚本くんにはこのカードの真の恐ろしさは理解できないでしょうね……」


 おまえらが作ったゲームだから知ったことじゃないんだが?


「ぼくの反撃開始だよ。〈三部けい〉の能力によりきみのコントロールしているすべての特殊効果が終了する!」


「……は?」


「さらには〈三部けい〉の能力によりきみのターンも強制的に終了する!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってなにそれ?」


「そしてぼくのターン、総攻撃でゲーム終了だね。いやあ楽勝だったよ、無警戒に〈荒木飛呂彦〉を出すからこうなるんだ、相手の編成を読み切らないと」


「知らねえよ! ていうかなにそのカード? そんなのあったら絶対負けないじゃないか」


「まあ、主に三部けいの最強っぷりをアピールするために作ったゲームだからね」


「人生の無駄遣いにもほどがある……」


 カードを集めてデッキケースにしまったミュウは、ソファにふんぞり返った。


「凡人たちが気づいていない漫画家のすごさを自分だけが気づいている――と証明するためなら手間は惜しまないよ。それが一流の漫画読みの生き様だ」


「はあ。そんなにすごい人なの? 『僕だけがいない街』は面白かったけど」


「あれ一作だけ読んでいても三部けいの異能は理解できない。あれは彼の最長連載だしね。三部けいの持つスタンド能力は」

 スタンド能力って言っちゃったよ。

「あえて名付けるなら〈ターミネーター〉。彼は物語を最短で畳む天才だ! ゆえに『漫画家・ザ・ギャザリング』では文句無しの最強カード、ゆくゆくは禁止カード指定も検討している」


「世界中でおまえら三人しかやっていないゲームのことはどうでもいいんだけど、ええと、最短で畳む? それで効果を終わらせたりターンを終わらせたり?」


「そう。なにしろ彼の連載は巻数が少ない。『鬼燈の島』全4巻、『魍魎の揺りかご』全6巻、いちばん長い『僕だけがいない街』で全8巻プラス外伝1巻。そしてその〈ターミネーター〉としての能力が最大限に発揮された傑作がこれだ!」


 いつの間に持ってきていたのか、ミュウは僕の目の前に単行本をどんと置いた。

『カミヤドリ』5冊、そして『神宿りのナギ』3冊。


「こんなの描いてたんだ。知らなかった。バトルもの?」


「現代に近い文明世界を舞台にした異能バトルアクションだね。世界中にカミヤドリと呼ばれる謎のウィルスが蔓延していて、発症すると感染者は化け物になって殺戮を振りまく。根治方法は見つかっておらず、薬で抑制できるだけ。そしてこのカミヤドリ感染者を狩るため、人為的にカミヤドリを寄生させた能力者が狩人として派遣され――といった説明をすると、たぶんきみは『ありがちだなあ』と思うことだろう」


「う、うん。まさにそう思った」と僕は正直に答えた。固有の設定用語を伏せたら区別がつかない類似作品が1ダースくらいあるだろう。


「ありがちとはなんだ! 三部けいに謝れ!」


「おまえが先に言ったんだろうがッ」


「この作品の真価はそういう枝葉末節にはない。すごいのは結末だ。合計わずか八冊で、話が完結するんだ」


「……はあ」


 いまいちミュウがなにを訴えたいのかよくわからない。全8巻で完結する漫画なんて世の中いくらでもあるのではないだろうか。


「たったの八冊で話がすべて解決して畳まれるんだぞ!」


「う、うん、そ、そう?」


「こればっかりは読まなければどれくらいすごいのかわからないだろうね。さっき説明した、世界中にウィルスが広まっていて人類全体が滅びかけているという状況が、きれいに解決するんだよ。ちゃんと読者に納得のいく形で、美しく伏線を駆使して!」


「はあ……」


「この手の、人類全体になにかが蔓延していて絶滅の危機にあるという設定の物語はほんとうに数多いのだけれど、ぼくは『カミヤドリ』ほど見事に解決した例を他に思いつかない。この漫画、途中でタイトルが変わっているのを見てもらえればわかるとおり、一度わりと不満足な結末で終わっているんだ。その後掲載誌とタイトルを変えて三冊で大団円を迎える。作者としてもこの素晴らしい解決を思いついてしまったら描かないわけにはいかなかったのだろうね。〈ターミネーター〉三部けいの最高傑作だと断言できるよ!」


 それは、うん、まあ、読んでみなきゃわからないだろうな。正直なんでミュウがここまで熱く語ってるのかいまだにさっぱりだ。


「なんだか反応が悪いね、弘夢。ぼくのお薦めが信じられないのかい?」


「いや、そういうわけじゃないけど」


「じゃあきみ向けのもっとキャッチーな情報も提供しておくよ。ヒロインは常時パンツを履いていないよ」


「じゃあ読んでみようかな……」


「けっきょくパンツ履いてないからって読むのを決めるなんて漫画読みとしては下の下ね!」と咲夜がまたしても横からつっこんでくる。


「いやだからこれはたまたまタイミングがねっ?」

『カミヤドリ』

https://www.amazon.co.jp/dp/B00JB3CX98/

『神宿りのナギ』

https://www.amazon.co.jp/dp/4047151548/

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[良い点] カミヤドリの凄さを再認識しました [気になる点] 人類全体に蔓延した問題をきれいに畳んで解決と言ったら、小室孝太郎の「ワースト」を忘れてはいけません。最近復刊されたようです。
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