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遠回りと別行動

 城戸は、帰京するなり、警視庁の捜査本部へと戻った。

 早速捜査会議を開き、城戸は、日田での捜査結果を発表し、部下の捜査員たちと情報を共有した。

「事件を追っていくと、ある人物が捜査線上に浮かんできた。それは、苗原伸二だ」

 彼は、そう言って、苗原伸二が捜査線上に浮かんできた経緯を説明する。九時二〇分のアリバイの件についてである。

 説明が終わるなり、中本が異論を呈してきた。

「君の言いたい事の意味はよくわかるんだがね、結局、苗原伸二にアリバイがあるのは変わりないんだろう?九時三四分に豊後森駅に到着する列車に乗っている彼が、九時二〇分にその機関庫で光島武を殺すのは不可能じゃないか」

「ですから、苗原伸二は直接殺人を犯していない可能性が高いと思ってます」

「どういうことかね?」

「苗原伸二の計画では、川谷優子にただ単に罪を着せるだけではなく、殺人を犯してもらおうと考えたのだと思います。彼は、五年前の事件のことを知っていた、その犯人を恨んでいることも。そこで伸二は、自分が殺意を抱く人間を、五年前の事件の犯人であると嘘を川谷に伝えた。嘘とも知らない川谷は、復讐のために苗原真理と光島武を殺してしまった。結局それは、伸二にとっての邪魔者を始末したようなものだったんです」

「もし本当にそうだとして、苗原伸二が真理と光島武に殺意を抱く動機は何かね?」

 中本が、尋ねる。

「それを、今から全力を挙げて捜査しようというのが今後の方針です」

「それで動機を見つけたとしても、苗原伸二を落とすのは難しいんじゃないか?彼が直接手を下していないなら、証拠を見つけ出すのは無理だろうし、あの脅迫文や告発文を伸二が書いたという証拠もきっとないだろう。自分は川谷優子とは無関係だ、そう主張されたら起訴できない。彼と川谷との関係を示す証拠を見つけ出すことも、希望はないに等しいだろう」

「それは後で考えるとして、どちらにしろ我々は、苗原伸二について調べる必要があります」

 城戸は、中本にそう言った後、今度は部下の刑事たちに向かって言う。

「私は、これから苗原伸二本人と会って、ゆふ一号に乗っていたというアリバイの確認をしてくる。君達は、苗原伸二とその妻真理、そして光島武との関係を洗ってくれ。何か、犯行に至るようなトラブルがなかったかどうかをだ」

 すると中本が、

「動機もない状態で、本人のアリバイを調べに行くのは無謀なんじゃないか?」

 と、口を挟んだ。

「確かに危険ではありますが、早くアリバイを確かめる必要があります。彼も、自分の無実を主張するために、アリバイぐらいは話してくれるでしょう」

 城戸は、次に部下の刑事たちに言う。

「それと、五年前の三月十二日の苗原伸二のアリバイも洗ってほしい」

「つまりそれは、伸二が光島秀子を殺害した可能性があるという事ですか?」

 南条が、尋ねる。

「今回の事件に関わっている限り、五年前の事件と関わっている可能性も捨てきれない。念のため、調べておいてほしい」

 城戸は、そう言った後、門川を連れて苗原邸へと向かった。

 この前と同じ応接室に通してもらうと、直ぐに苗原伸二は現れた。

「妻を殺した犯人は、見つかりそうかね?」

 彼は、ソファに腰を掛けながら質問した。

「光島武という男性をご存知ですか?」

 城戸は、伸二の前に写真を一枚置いた。

「さあ、知りませんなあ」

 伸二は、写真を一目見て答えた。

「この男、大分県で殺されました。玖珠町にある、豊後森機関庫でです」

「それが、何か?私の妻が殺された事件と、関係があるのかね?」

「あなたの奥さんを殺害した犯人と、この男を殺害した犯人は、同一犯と思われます」

「そうは言われても、私は、その殺された男を知らない。きっと、私の知らない、妻の知り合いなんだろう。残念ながら、犯人には心当たりがないよ」

「この光島武と言う男性が殺害されたのは、二日前の午前九時二〇分とわかっています。あなたはその時、ゆふ一号という特急列車に乗っていらっしゃったようですね?」

 城戸が、尋ねた。

「君達は、一体何がしたいんだ?まさか、私のアリバイを調べようとでも言うのかね?」

「結論から言いますと、そういうことになります」

 城戸は、正直に答える。そして、彼の横に居た門川が、

「もう一度お尋ねしますが、二日前に特急ゆふ一号に乗っていらっしゃったのは、間違いありませんか?」

 と、再び質問する。

「そんな無意味な質問に、答える必要ないだろう。妻や、その光島と言う男を殺したはずのない私に、アリバイを調べられる必要ないじゃないか」

 伸二は、そう言って高笑いする。

「答えていただけないのなら、我々はあなたを疑わなければなりません」

 城戸は、脅すような口調で言う。

「わかった、そこまで言うなら話そうじゃないか。確かに私は、二日目にゆふ一号という特急に乗ったよ」

「どういった御用件でしょうか?」

「そこまで言わなければいかんのかね?」

 伸二は、ムッとした表情で問う。

「是非、お願いしたいですね」

 城戸は、構わずに言う。

「大分市から、新しい庁舎を作る仕事の依頼が来ていてね。その件で大分へ向かったんだ。福岡空港まで飛んだ後、博多からその特急に乗ったよ」

「おひとりで行かれたのですか?」

「ああ、一人でゆふ一号に乗った」

「社長一人でお仕事なさったんですか?」

「いや、建築部の人間を一人連れて行ったんだが、彼とは現地で合流したんだ。その建築部の人間と言うのは、小田川おだがわというんだが、彼は福岡からレンタカーで大分へ向かったと聞いている」

「何故、別々にご移動なさったのでしょう?」

 城戸が、そう興味津々の様子で質問すると、

「そんなことが、一体事件の何に関係するのかね?」

 と、伸二がとげとげしい口調で尋ねる。

「事件に関係ないかもしれませんが、是非お聞かせ願いませんか?それとも、我々には話せない、何か特別な事情でもあるんですか?」

 城戸は、少し意地を悪くして尋ねてみた。

「わかった、話そうじゃないか。その小田川という男なんだがね、福岡に親戚がいるらしく、その親戚の家に寄って行きたいと言ってきた。だから、大分での待ち合わせ時間と場所を指定して別行動にしたんだ」

「もう一つ、気になる事があるのですが、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「今度は、一体何なんだ」

 伸二は、怒りを露骨に表している。

「博多から大分に出る場合、普通小倉経由の特急ソニックを使いませんかね?ですが、あなたは久留米経由の特急ゆふを使っています。これには何か、理由があるんですか?」

「それはだな、その日は、ソニックの席が空いていなくてね。それで、時間が掛かってしまうんだが、仕方なくゆふに乗ることにしたんだよ」

「最後にお聞きしてもよろしいですか?」

 これは、城戸の横に座っている、門川が尋ねた。

「二日前、ゆふ一号に乗ったことを証明できますか?」

「さあ、それは難しいな。さっきも言ったが、一人で乗ったもんでねえ──」

 伸二は、困った顔でそう言う。

「我々としても、それは困りましたね。証明できなければ、あなたの主張を信じることができません」

「あ、そうだ。思い出したよ」

 伸二は、いきなりそう言って、目を大きく見開いた。

「何をですか?」

「ゆふ一号が、博多を出発してすぐだったな。私が、お茶をこぼしてしまったんだ。それが、自分の服だけでなく、座席も濡らしてしまったから、車掌に謝りに行きましたよ。だから、その車掌に訊けば、私が乗っていたことを証明してくれると思いますよ」

 そこで、城戸達は、伸二に対する聞き込みを終えた。

 応接室から門までは、伸二の秘書の徳原が、城戸達を先導した。

 門から出るときに、城戸が、徳原に尋ねる。

「少し、踏み込んだ質問ではありますが──」

「何でしょう?」

「苗原夫妻の夫婦仲は、実際どうだったんでしょう?」

 徳原は、少しの間考えていた。

「私が見る限り、仲のいい夫婦という感じでしたが──?」

「では、目立ったトラブルもないわけですね?」

 城戸が、徳原の目を直視して問い詰める。

 それに少し困惑したのか、徳原は、目線を様々な方向に泳がせる。

「ええ、ありませんよ」

 城戸と門川は、覆面パトカーへと戻った。

 警視庁まで戻る車中で、門川が城戸に尋ねた。

「警部、さっきの苗原伸二ですが、よくわからない事があります」

「何だね?」

「警部がアリバイについて尋ねた時、直ぐには答えようとしませんでしたよね?普通、アリバイが成立するのなら、あんなふうに躊躇ちゅうちょせずに、自分が無実であることを主張するはずだと思うのですが──」

「それについては、私も同感だ。しかし、彼がアリバイの主張を躊躇したのは、そのアリバイに何か秘密があるからだろう」

 城戸が、言った。

「秘密と言うと、具体的に何ですか?」

「例えばそのアリバイは、何かトリックを使うと崩せるアリバイなのかもしれない。なので、あまり深く探られると崩されてしまう、と恐れたんじゃないのかと思うんだ」

「とは言っても、アリバイ的にはしっかりとしたものですよね。乗務していた車掌が、彼のゆふ一号の乗車を裏付けてくれそうですし──」

「私が気になったのは、苗原伸二が、わざわざ久留米経由のゆふ一号を利用し、遠回りをしたこと。そして、一緒に仕事をしていた小田川と言う建築部の人間と別行動をしたことだ。これに何か、秘密があると思うんだがね」

「その小田川と言う人間に当たってみますか?」

「是非、そうしよう」

 城戸は、彼の携帯電話を取り出した。そして、福岡県警に連絡する。

 二日前のゆふ一号に乗務した車掌に当たって、伸二の証言が正しいか確認を取るように依頼しておいた。

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