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豊後森機関庫

 大分県日田市から、東に約三十キロ移動すると、同じく大分県の玖珠くす郡玖珠町がある。

 その玖珠町の中心駅である豊後森ぶんごもり駅の近くには、旧豊後森機関庫が今も残っている。

 豊後森機関庫は、久大きゅうだい線の開業と同じくして、一九三四年(昭和九年)に完成し、当時は蒸気機関車を二十一台も収容した大規模な機関庫であった。その扇形が美しい弧を描く機関庫の前には、機関車が方向転換をするための転車台も併設されている。

 一九七一年(昭和四六年)の廃止後も、巨大な鉄筋コンクリートの機関庫は保存され、国の登録有形文化財に登録されている。また最近になり、周辺は公園として整備されている。

 その豊後森機関庫で、男の死体が見つかったのは、一〇月八日の午前だった。

 始発列車が豊後森駅を発車した頃、その辺りは、パトカーのけたたましいサイレンに包まれ、騒然としている。

 パトカーから降りてきた、日田署の田代と富永が現場へと駆ける。

 死体は、機関庫の中の奥にあり、壁にもたれかかるような格好で死んでいた。

 富永が、座り込んで死体を詳しく見る。

「首のところに索条痕があります。絞殺の様ですね」

 すると、田代も死体の索条痕を確認する。

「これは、自殺じゃなくて他殺だね」

 彼は、そう呟く。

「警部、ガイシャが所持していた免許証です。光島武とあります」

 富永は、免許証を見ながらそう言った。

「何?光島武だって?」

 田代は、目を鋭くさせ、富永に声を掛ける。

「何か見覚えのある顔だと思ったら光島武か──。君もよく覚えているんじゃないか?」

「ええ、覚えていますよ。五年前、彼の妻が殺害された時に、直ぐに容疑者として浮かんだ光島武ですよね。もっとも、アリバイがあったので直ぐに釈放でしたが──」

「最近、警視庁から捜査依頼が来ていたな?」

「ええ、その通りです。東京で起きた事件が、どうやら五年前の事件に関わりがあるそうです。東京の事件の現場に、五年前の事件は光島武が犯人であるという告発文があったようで、警視庁に手配を依頼されていたところでした」

「つまり、向こうの殺しと関連があるということか?」

「私の記憶が正しければ、東京で起きた殺しも絞殺だったと思います。同一犯である可能性は、大いにあると思いますね」

 富永が、死体を眺めながら言った。

「警視庁からは、川谷優子という女の手配も依頼されていたな?」

 田代が、確認するように尋ねる。

「ええ。その女は、東京の事件の容疑者として手配の依頼がありました。彼女は、五年前に殺害された光島秀子の妹です。警視庁では、どうやら川谷優子による復讐だと断定しているようです」

「復讐?」

「ええ、五年前の事件の復讐ですよ。自分の姉を殺した犯人が、東京の殺しの被害者の苗原真理、そして今回殺害された光島武であると突き止めた川谷優子は、その復讐に及んだというのが動機です」

 すると富永は、被害者の所持していたカバンを漁り始めた。

 白い封筒を取り出して、中から一枚の紙を抜き、開いて確認する。

「警部、ありました。東京の事件でも現場から発見された脅迫状です」

 彼は、その紙を田代に渡した。

 内容は、次の通りだった。


光島武。お前が五年前に、大分県日田市で、苗原真理という女の協力を得て、その妻・秀子を三隈川に突き落として殺したことはわかっているんだ。世間にバラされたくないのなら、一〇時に豊後森機関庫へ来い。


「この手紙は、東京の事件でも発見されたんだな?」

 田代が、富永にそう確認した。

「ええ。宛名は違いますが、内容は同じです」

「そうなると、東京の事件との関連性は否めないな──」

「警部、これ見て下さい」

 富永が、突然田代を呼んだ。彼は、被害者が付けている腕時計を指差している。

「時計が、九時二〇分で止まっていますよ」

 確かに腕時計の針は、九時二〇分を指したまま、どの針も微動だにしていない。

「つまり、犯行時刻は九時二〇分だろうな。襲われた時にどこかでぶつけて、壊れてしまったんだろう」

 彼らは現場検証を終えて、そのまま日田駅に向かった。

 一一時四〇分になり、日田駅のホームに緑の気動車ディーゼルカーが滑り込んできた。

 別府べっぷ行きの、特急ゆふいんの森三号である。

 そのゆふいんの森三号が発車すると、駅の改札口にぞろぞろと人がやってくる。

 皆観光客だろうか、軽装に身を包んだ男女が、駅員に切符を見せては改札を通り過ぎる。

 田代達はその中に、高身長で背広を着た正装の男を見つけ、彼の元へ歩み寄った。

「警視庁捜査一課の城戸警部でしょうか?」

 田代は、その男に声を掛ける。

「ええ、どうぞよろしくお願いします」

 城戸は、軽く一礼した。

「実は、先程光島武の死体が発見されました」

「何ですって?」

「彼の免許証を持つ男の死体が発見されたんです。送って頂いた写真と比べても、光島武であるのは間違いないようです」

「現場はこの近くですか?」

「ここから六駅先の豊後森駅の近くにある機関庫跡です。そちらの現場の方にまず向かいますか?」

 すると、城戸は少し考えてから、

「最初に光島武の死体を確認した後、そうさせてください」

 と、言った。

 城戸を含めた三人は、覆面パトカーに乗り込み、富永がアクセルを踏み込んで発進した。

 日田署に到着し、一行は霊安室へと向かった。

 城戸が、静かに手を合わせ、顔にかぶせてある白い布をめくる。

「光島武で間違いありません」

 城戸は、死体の顔を見てそう言った。

「次に、光島武の死体発見現場に向かいましょうか?」

「ええ、お願いします」

 そこで、彼らは日田駅を一三時四八分に発車する、特急ゆふ三号、別府行で豊後森駅まで向かう。

 豊後森駅までは、赤い二両編成の気動車に揺られること、三十分である。

 その車内で、城戸は事件についていくつか尋ねた。

「今のところ死亡推定時刻はわかっていますか?」

 すると富永が、彼の手帳を取り出した。

「解剖の結果がまだなんですが、被害者の付けている腕時計が九時二〇分を指したまま止まっていました。犯行時に壊れたと見られていて、どうやら死亡推定時刻は九時二〇分のようですね」

「周辺の聞き込みの結果はどうです?」

「聞き込みの結果、彼は、豊後森駅前の宿に泊まっていたことがわかっています。九時一〇分ごろにチェックアウトしています」

「そこから現場までは、歩いてどのくらいですか」

 城戸が、言った。

「宿から機関庫までは、歩いて五分の距離です。ですから、九時二○分に機関庫に居ることは可能ですよ」

 ゆふ三号は、一四時一四分に豊後森駅に到着し、三人は、列車から降りた。

 城戸は、改札で切符を見せた後、川谷優子の写真も見せた。

「今日の話ですが、この女を見ていませんかね?」

 眼鏡をかけた、年配の駅員は少し考えていたが、

「さあ、見てませんねえ」

「そうですか。ありがとうございます」

 城戸は、その駅員に礼を言って、田代と富永と共に駅舎の外に出た。

 駅舎は、黒いシックな木造で、屋根の上の「豊後森駅」という看板の両端にある、細長い三角形の出窓が特徴的である。

 今度は、光島武が宿泊していたという駅前の宿に向かった。地方の中規模駅の前によくある、小さな年季の入った建物である。

 宿の店主と思われる、フロントに居た、少ししわの寄った年配女性に声を掛ける。

「この女、ここに泊まっていませんでしたかね?」

「ええ、泊まっていましたわよ」

 城戸は、警察手帳を示した。

「宿帳見せていただけますか?」

 すると、宿の店主は宿帳を見せてくれた。

 そこには、確かに川谷優子と記名されていた。間違いなく、彼女は泊まっていたようである。

 城戸達は、その宿を出た。

「東京の事件で、殺害される直前の被害者に会っている女が、どうやらここにもいたようです。名前は川谷優子。五年前に日田で殺害された、光島秀子の妹です」

 城戸が、川谷の写真を見せながら言う。

「つまり、彼女による五年前の事件の復讐というわけですね?」

 田代が、そう尋ねた。

「東京、そして豊後森の事件現場周辺で必ず川谷優子の目撃証言がある限り、犯人である線は濃いと思いますよ。動機もありますから」

 城戸が、言った。

 商店の立ち並ぶ県道をしばらく歩き、「豊後森機関庫公園」と書かれた看板の手前で右に折れる。

 踏切で久大本線を横切ると、国鉄九六〇〇形蒸気機関車二九六一二号機が目に飛び込んでくる。

 その横を通り抜けると、錆びた鉄骨の転車台と、その奥には機関庫が見える。

 当時そこには、線路が張り巡らされていたのだろうが、もうその面影はなく、ただの草地となっている。

 城戸は、田代と富永に続いて、機関庫の中へと入る。

 奥の壁の方を指差し、

「光島武の死体が発見されたのはあそこです」

 と、田代が言った。

「ここは自由に見学できるんですか?」

 城戸が、質問する。

「いえ、本来であれば許可証の発行が必要なのですが、聞き込みの結果、ガイシャである光島武と犯人ホシと思われる人物の許可証は発行されていません」

「つまり、光島武と犯人ホシは無断で入ったという事ですね──」

 三人は、近くの「豊後森機関庫ミュージアム」を訪れた。

 そこに居た、四十代くらいの女性職員を捕まえて、城戸が聞き込んだ。

「この女性、今日の午前中に機関庫を訪れたと思うのですが、見ていませんかね?」

 と、川谷の写真を見せる。

「さあ、私はずっとこの建物の中に居ましたからねえ。見ておりません」

「ということは、機関庫の見学の許可証を取りに来たこともありませんね?」

「ええ、ありません」

 女性職員は、きっぱりと答えた。

 城戸達は、豊後森機関庫公園を出て、商店の立ち並ぶ県道で聞き込みを始めた。

 踏切を渡った真正面に、個人経営の鮮魚店があった。通りからよく見える場所に店主が座っていて、そこならここを通る人の流れがよく見えそうだった。

 少し気難しそうなその鮮魚店の店主に、警察手帳を示す。

「今度は何だね?」

 どうやら、既に所轄の聞き込みがあったらしい。

「この女性、豊後森機関庫の方へ向かっていませんでしたかね?」

 城戸が、川谷の写真を渡す。店主は、老眼を外して顔をしかめる。

「ああ、いたよ。ここのあたりじゃ見ない、美人さんだったから覚えてるよ」

「機関庫の方へ歩いて行ったんですね?」

「ああ、間違いない」

「この男と一緒でしたか?」

 今度は、光島武の写真を見せる。

「一緒という感じではなかったな。この男の後ろを、さっきの女が歩いていた。今思い出してみれば、女が男を尾行している感じにも見受けられたね」

 店主は、そう証言した。

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