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被害者の妹

 翌日の午後に、再び捜査員が集められて会議が開かれた。五年前の日田で起きた殺人事件についての、調査報告である。

 まず川上が、事件の概要を説明した。

「五年前の三月十二日に、大分県日田市内を流れる三隈川で女の溺死したいが発見されました。身元は、光島秀子、当時二九歳です。この事件は、いまだ未解決で、犯人の特定には至っていません」

 彼は、一枚の写真をホワイトボードに張り付けた。その写真に写る女は、光島秀子だった。

「彼女の死亡推定時刻は、死体発見の前日、つまり三月一一日の二二時から翌〇時。所轄の聞き込みでは、有力な目撃証言を得ることはできなかったそうですが、容疑者はすぐに浮かんだんです」

「その容疑者の名前は?」

 城戸が、尋ねる。

「光島武。被害者である、秀子の夫です」

 川上は、次に男が写っている写真をホワイトボードに張り付ける。

「なんだ、五年前には、所轄がもう目を付けていたのか」

 中本が、そう独り言を口にした。

「その光島武が、妻を殺害する動機は?」

 城戸は、その独り言をよそに、川上に質問する。

「保険金です。秀子が殺害されるたった三日前に、彼女は死亡保険に加入していたんです。この事件で殺害されたことによって、秀子の夫である武は、保険金として八千万円が転がり込んでいます」

 すると、山西が口を挟んでくる。

「しかも光島夫婦は、金に困っていたんです。秀子は、日田で小料理屋を営んでいて、亡くなった父が遺した借金の返済があって、決して裕福な暮らしをしていたわけではないようです。所轄は、武がその借金を返済するために及んだ犯行だと断定したようです」

「しかし、いまだに武が逮捕されていないのは、何か理由があるのか?」

「アリバイがあったんですよ」

 川上が、答える。

「アリバイ?」

「ええ。夫の武は、三月一一日から一二日にかけて東京へ出張していたことがわかっているんです。秀子の死亡推定時刻、武は東京都内のホテルに居たことが確認されています。つまり、彼が日田市で秀子を川に突き落として殺害することは不可能なんです」

「しかし、この脅迫状によると、苗原真理が光島武の共犯者となっている。当時の所轄の捜査で、苗原真理、いや、旧姓の石田いしだ真理という女が浮かび上がっていたんじゃないのか?」

 城戸が、脅迫状を示しながら尋ねる。

「それなんですが、所轄は、秀子が殺害されるわずか三日前に保険に加入したのは偶然出ないと考え、従って武が犯人に違いないと考えていたようです。しかし、彼のアリバイが確認され、犯行は不可能となりました。そこで当時の捜査員たちは、武には共犯者がいて、彼のアリバイが明確な時にその共犯者に秀子を殺害させ、捜査の手が及ばない様にしたのではないかということでした。なので、捜査を担当していた日田署は、武の交友関係を徹底的に洗い出し、共犯と思われる人間の特定に全力を挙げたようです」

「で、その結果は?」

「共犯者と思われる人物が特定できないまま、五年の月日が経って現在に至ります。調書によると、真理に関する記録はありません。つまり、当時光島武と交友関係がなかったという事になると思われます」

「しかしね、その光島武という男が、全く交友関係のない女と共謀して殺人を犯すわけはないだろう。当時の捜査では掴めていない、何かしらの関係があるんじゃないか?」

 中本が、そう問い詰める様に川上に言う。

「ですが、日田署は武の交友関係を隈なく調べていて、その数も膨大です。それでも、石田真理という女は捜査線上に浮かんでいません。従って、課長の仰る通り、何かしらの交友関係があるのなら調べを受けているはずなのですが、その記録が全くありません。当時二人には、何の関わりもなかった。そうとしか思えません」

 すると、門川が立ち上がった。

「光島武と真理の共通点なら、一つ判明した事があります」

「ほう、一体なんだね?」

 中本が、興味を示した。

「二人は、どちらも九州にある同じ大学を卒業しています」

「城戸君、それじゃないのかね?」

「しかし、同じ大学を卒業しただけの関係で、殺しの片棒を担ぐことなんて有り得ますかね?しかも、二人は大学を卒業してからそれなりの年月が経っています」

「もうお手上げだな、共犯者同士の関係が不明とは──」

 中本は、溜息をつく。完全に参った、という様子だった。

「じゃあ、真理の方はどうなんだ?五年前の彼女のアリバイは?」

 城戸が、そう言って話題を変えた。

「もう五年の月日が経っていますからね。はっきりとしたアリバイはわかりません」

 答えたのは、山西だった。

「彼女は、大分の日田市に何か関わりは?五年前に、日田に住んでいたことはあったか?」

「いいえ、それは確認されていません。彼女の出身は福岡市内です。日田に住む親戚もいないようですし、まるで関わりがありません」

「では、捜査のもう一つの重要課題である、似顔絵の女についてだ」

 すると、南条が発言した。

「警部、その女の身元についてですが、一つ気になる事が」

「それは、何かね?」

「五年前に、日田で光島秀子が殺害された事件についてですが、被害者の秀子には、一人の妹が居るんです」

 南条は、そう言って、一枚の写真を女の似顔絵の横に張り付けた。

「警部、この写真と似顔絵の女、似ていると思いませんか?」

 彼の言う通りだった。似顔絵の女は、写真に写っている女の特徴を上手く掴んでいる感じだった。どうやら、同一人物の様である。

「その写真の妹は、名前を何というんだ?」

「川谷優子。現在も大分県日田市に住んでいて、地元の工房で人形師をやっているようです」

「人形師?」

「ええ。日田は、ひな人形で有名な所なんですよ」

「つまり、今回の事件の被害者である苗原真理は、殺される直前に、彼女が関わったと思われる殺人事件の被害者の妹に会っていたという事だな?」

 中本が、そう結論をまとめた。

「ええ、それで間違いないでしょう」

「という事は、犯人は、川谷優子という事で間違いないんじゃないのかね?」

「動機は、復讐ですか?」

 城戸が、尋ねる。

「その通りだ。五年が経ち、姉を殺した憎い犯人を突き止めた川谷は、脅迫状を真理に送り付け、Kホテルに呼び出したんだよ」

「そして、ロビーで少し言葉を交わした後、川谷は、全身黒の服装に変装して、ホテルの一室まで真理を連れて行って殺害したという事ですか──」

 小国が、中本に続けてそう言った。

「しかし、私はその推理には反対です」

 そう言ったのは、川上だった。

「所轄の日田署が五年も捜査して犯人を突き止めることができなかったのに、なぜ川谷優子は、犯人を突き止めることができたのでしょうか?彼女にそんなことができるとは思えません」

「確かに、川上君の言う通りなんだがね。私はそもそも、五年前の事件の犯人が、苗原真理と光島武であること自体に懐疑的だ」

 城戸が、そう言う。

「つまりあの二人は、五年前の事件の犯人でないとお考えですか?」

 そう尋ねたのは、川上である。

「先程もあったように、共犯同士の関係が全く見えてこない。これからの捜査で明らかになるかもしれないが、一度日田署でも調べられているんだ。それでも関係は見えてこない。ちょっと不自然だと私は思うがね」

「そうだとして、何故犯人はデタラメの脅迫状なんかを作る必要があったのかね?それに、脅迫状に書かれている二人が五年前の事件の犯人でないとすると、川谷優子が真理を殺害する動機がなくなるんじゃないのかね?」

 中本が、そう質問した。

「私は、こう考えます。川谷優子が真理を殺害したとしても、動機は復讐じゃないのかもしれません」

「じゃあ一体何なんだ?」

「川谷に真理を殺害する動機はなかったんでしょう。しかし、彼女の後ろには、真理に殺意を抱く人間が居て、その人物が真理をそそのかしたんだと思います」

 城戸が、言った。

「そそのかした?一体どういうことかね?」

 中本は、訳の分からぬ顔で言う。

「その真犯人は、恐らく五年前の事件と川谷優子のことを知っていたんでしょう。真犯人は、川谷優子に嘘を言ったんです。五年前、姉を殺した犯人は、苗原真理と光島武という二人であると。そのような嘘をついた目的は、ただ苗原真理を殺害したいがためです」

「つまりその真犯人が、川谷優子を使って苗原真理を殺害させたというのが君の推理かね?」

「ええ、その通りです。脅迫状に光島武の名前があったことを考えると、彼も川谷優子によって殺害されるかもしれません」

「それはそうかもしれないが、君の推理はどうも飛躍しすぎている気がするな。私はどうしても、単純に川谷優子による犯行としか考えられないが──」

 中本は、そう難色を示した。

「どちらにしろ、五年前の事件をもっと深く探る必要がありそうです。それに、光島武、川谷優子、この二人に会って、詳しい事情を聴く必要があります」

 城戸は、そう言うと、今度は中本に向かい、

「大分県の日田へ行ってもよろしいでしょうか?先ほども言った通り、今回の事件の鍵は、日田にありそうな気がするんです」

 と、言った。

「よし、わかった。日田署にも捜査協力を要請しておくよ」

 中本が、そう言ってくれた。


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