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社長夫人

 徳原和之とくはらかずゆきは、訳の分からぬまま、東京品川(しながわ)区のKホテルまで向かった。

 彼は、大手不動産デベロッパー苗原なえはら開発の社長、苗原伸二(しんじ)の妻、真理まりの秘書である。真理は、夫が経営する苗原開発の副社長でもある。

 今日は、その副社長の真理に言われて、午前の会議を終わらせた後、新宿しんじゅくにある本社から、品川のKホテルまで向かっている。

 しかし、徳原から見て、今日の真理はいつもと違った。

 何か用があって車を出してほしいと頼んでくる時、彼女はいつも具体的に誰とどんな用があるから運転してほしいと頼んでくる。しかし、今日はそれが一切なかった。Kホテルまで運転してくれ、それのみだったのだ。

 そのことを気に掛けながら、首都高で品川に向かう。

「真理さん、Kホテルにはどんな御用で?」

 徳原は、思い切って質問してみた。すると、真理の顔は一瞬曇くもった。

「プライベートな用事よ。会社は何も関係ないから、あなたにも関係ないわ。取り敢えず、十五時までにKホテルに着くように頼むわ」

 彼女は、窓の外を眺めながら、そう口にした。

 徳原は、彼女の説明に納得できなかった。

 今までは、会社に関係ないようなプライベートな用事、例えば、友人に会うだとか、親戚と食事をするだとかうときも、しっかりその旨を伝えた上で、車を出してくれと頼んでくる。

 しかし、今回は一切それがない。Kホテルへ向かっているのは、何か人には言えない用事の為だろうか?もしかして、この真理は浮気をしていて、その浮気相手と落ち合うつもりなのか──?

 徳原は、非常に気になっていて、更に問い詰めてはみたかったのだが、真理の機嫌を悪化させるだけで、意味はないだろうと考えて諦めた。

 問題のKホテルに到着した。徳原は、ホテルの入り口の目の前で車を停めた。

「ホテルで人と会って、少しお茶をするから。一時間後にまた迎えに来てちょうだい」

 真理は、そう言って、車を降りようとした。

「いえ、私もご一緒しましょう」

 徳原は、真理が心配でそう言ったが、

「それは結構よ。悪いけど、他の場所で時間を潰して」

 と、冷たい返事が返ってきた。

 真理が降りた後、徳原は、近くのコンビニに車を置いて、ホテルの方へ足早へ向かった。いつもと様子が違う真理を放っておけなかった。

 入り口付近で、ガラス越しに真理が居ないかロビーの全体を見渡した。

 すると、真理の後ろ姿を見つけた。そのまた向こうには、一人の女が居て、彼女らはどこか深刻そうに話し込んでいる。どうやら、浮気相手との密会ではない様である。

 その様子を、徳原は、じっと見つめ続けた。

 徳原は、その話している女がどんな人物なのか、とても興味深かった。他人には言えないような関係にある人物なのだろうか──?二人の話す様子を見る限り、ただの友人とは思えない。ただの友人にしては、話しているときの顔が暗すぎる。

 ある時、真理の向こう側に座る女が、目線を少し上げた。その時、一瞬だが、徳原と目が合ってしまった。

 彼は、何故かはわからないが怖くなって、その場を走り去って逃げた。

 約束の時間になって、徳原は、Kホテルの入り口前に車を停めた。

 しかし、真理はなかなか戻ってこない。

「やっぱり、何かあったんじゃないか──?」

 徳原は、気が立って、落ち着いては居られなかった。

 彼は、腕時計に目をやる。一六時半を指していた。約束の時間から、三十分が経っていた。

 真理は、どちらかと言うと時間に律儀な人間である。彼の記憶では、これまでに彼女が約束より三十分遅れることはなかった。

 徳原は、居てもたっても居られなくて、Kホテルの中へ駆けて行った。

 さっき覗いていた時の場所に、もう真理と女の姿はなかった。

 一目散にフロントへ向かって、

「そこで、女が二人話していましたよね?」

 と、徳原が、今は空席のソファを指差して言った。

「はあ、確かにいらっしゃいましたが──」

 興奮しながら問う徳原に、フロント係の若い女は、少し引いていた。

「その二人は、どこへ行ったか見たか?」

「いいえ、見ておりません。気づいた時にはもういらっしゃいませんでした」

 徳原は、フロントに背を向けると、携帯で真理に発信した。

 いくら掛けても、反応は一切ない。彼は、諦めて車に戻った。

 動きがあったのは、一七時を回った時だった。依然として、真理は姿を現していなかった。

 が、騒々しいサイレンが、どんどんこちらの方に近づいてきた。

 そして、パトカーがぞろぞろとホテルの敷地内に入ってきて、そのパトカーから刑事らしき何人もの人が、Kホテルへ入っていく。後ろの方には、鑑識の人間もいた。

 徳原は、嫌な予感がした。

 彼も、Kホテルに入っていった。

 再びフロントへ向かい、さっきと同じ若いフロント係に、

「一体、何事なんだ!」

 と、尋ねた。つい、語気が強くなる。だが、フロント係はさっきと様子が違って、少々顔が蒼ざめていた。

「七一五号室で、女の人の死体が見つかったそうです」

「七一五号室?それは、七回だな?」

「ええ、そうです」

 彼は、エレベーターで七階へと向かった。

 七階に着き、エレベーターを出た瞬間、そこには警官がぞろぞろといた。

 その警官らを押しのけるようにして、七一五号室へ急いだ。

 その部屋の入り口は、黄色い規制線が張られていた。徳原は、それに構わず部屋へ入ろうとしてしまう。

「コラ、そこは立ち入り禁止だ。下がりなさい」

 すると、少し身長の低い背広姿の若い男が、小国おぐにと書かれた警察手帳を示しながらそう言ってきた。

「ここで死んでいた女は、私の知っている女かもしれない。確認させてくれ」

「何?あんたは、苗原真理を知っているのか?」

 小国は、声高にそう言った。

「今、苗原真理と言いましたよね──?やっぱり真理さんだったのか──」

「遺体の確認をお願いします」

 小国は、規制線を高く引っ張り、徳原を中へ通した。

 部屋の中を進んでいくと、今度は、背が高く中年ぐらいの男が立っていた。

 彼は、

「警視庁捜査一課の城戸きどと申します」

 と、自己紹介をして、

「あなたは、被害者の苗原真理さんをご存知とのことですが、どういった御関係でしょうか?」

 と、尋ねてきた。

「私は、徳原と言って、彼女の秘書をやっております。真理さんが、約束の時間になっても来なかったので、心配になって来たんです」

 徳原は、その城戸という男に名刺を渡した。

「いいでしょう。では、遺体の身元の確認をお願いします」

 城戸は、徳原を中へ通した。

 すると、ベッドの上で横たわっている女が、徳原の目に飛び込んできた。死体を見るのはもちろん初めてなので、すこし足取りが重くなる。

 恐る恐る、慎重に死体を覗き込む。

 死体の顔と対面した瞬間、大きく開いたままの瞳を見て、徳原は、思わず尻もちをついてしまう。

「どうです?苗原真理さんで間違いありませんか?」

 城戸が、質問する。

「ええ、間違いない。真理さんです」

 徳原は、まだ小刻みに震えていた。

「これは、あの女の仕業だ。間違いない──」

 彼は、小声であったが、そう声を震わせた。

 しかし、城戸は、それを聞き逃しはしなかった。

「あの女?あの女とは、どなたの事ですか?」

「さっき、ホテルのロビーで真理さんと話し込んでいる女が居たんです。その女が犯人かもしれない──」

「その話、詳しく教えていただけませんか?」

 徳原と城戸、そして彼の部下たちは、ホテルのロビーまで降りた。

「それで、真理さんと女がここで話し込んでいたそうですね?」

 城戸が、そう切り出した。

「ええ、そうなんです。とても深刻そうでした」

「相手の女性は、一体誰なんです?」

「誰かはわかりません。でも多分、他人に知られてはいけないような、そんな関係だと思います」

 城戸は、腑に落ちない顔になった。

「正体もわからない女性なのに、何故そう言い切れるんです?」

「今日は、真理さんの様子がおかしかったんです。真理さんが、私に車を出すように依頼するときは、誰とどんな用で出かけるのかを必ず言ってくれたんです。でも、今日はただKホテルへ向かってくれとしか言わないんです。こちらから尋ねても、関係ないからと言って答えてくれませんでした」

「結局、真理さんがKホテルまで来た理由は、わからずじまいですか?」

「そうなんです。でも、私は非常に気になってしまったんです。それで、真理さんを車から降ろした後、私は、入り口から様子を覗いていました。すると、真理さんが、ある女性と深刻そうに話していたんです」

「真理さんは、その女性と一緒に殺害現場の七一五室へ上がったんですかね?」

「それが、最後まで見ていないんですよ。相手の女性と目が合ってしまって、怖くなって逃げたんです。それにしても、まさか部屋に上がっているとは思いませんでした。ちょっとお茶をするからとしか言われてないので──」

「すると、彼女が部屋を予約したわけではないのですね?」

「ええ、そうだと思いますよ」

 徳原は、きっぱりと言った。

「お手数ですが、捜査本部まで来ていただけませんか?真理さんと話し込んでいた女の似顔絵モンタージュを作りたいのです」

 そこで、徳原は、城戸らと共にパトカーに乗り込み、捜査本部へと向かった。

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