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五年前の真実

「警部、これからどうされますか?」

 川上が、尋ねる。

「今から、日田に行こう。確かめたい事があるんだ」

 三人は、来た道を戻り、再び覆面パトカーに乗り込んだ。

 筑紫野インターから、九州道の下り線に入る。

 鳥栖とすジャンクションで、進路を南から東へと大きく変え、大分道を突き進む。

 日田インターで、大分道に別れを告げる。

 花月川を渡って、久大本線の光岡みつおか駅前にやってきた。

 斉藤さいとうという表札を掲げる一軒家の前で、城戸は立ち止まった。

「警部、ここは一体──?」

 南条が、訳の分からぬ顔で質問する。

「この家に住んでいる斉藤さんは、小料理屋『かげつ』の元従業員だ。日田署の田代警部に教えてもらったんだ」

 城戸は、そう言って、インターホンを押した。

 前日に連絡しておいたので、斉藤という女は、すんなり彼らを家に通した。

 三人をソファに腰掛けさせ、コーヒーを淹れてくれた。

「先日電話でお話しした通り、五年前の事件について伺おうとやって来ました」

「秀子の事件のことですね──?」

 斉藤は、顔を俯かせながら言う。

「あなたは、秀子さんとは仲が親しかったそうですね?」

「ええ、同じ店で働いていましたから」

「さて、五年前の話ですが、秀子さんは、この辺りの観光協会に入っていたそうですね?その一員として、当時持ち上がっていた、苗原開発という企業のリゾートホテル計画に反対していたんですよね?」

「確かにそうでした。五年前は、その件で、秀子も忙しくしていたのを覚えています」

「ですが、我々はこう思っています。秀子さんは、ただ単にリゾートホテル計画に反対したのではない。そのリゾートホテル計画に関する、知ってはならない事実を知ってしまった」

「やっぱり、そういう事だったんですか──」

 斉藤は、悲しそうに言う。

「やっぱりと言うと、何か心当たりがあるのでしょうか?」

「ええ。秀子さんが亡くなる直前ぐらいの話です。その頃、秀子さんは、深夜、毎日の様に何だか難しそうな書類をずっと読んでいたんです。気になって、それは何かと尋ねましたが、面倒なことに巻き込んでしまいたくないからと言って、教えてくれなかったんです」

 彼女は、一通り説明した後、

「城戸さん、そのことが事件と関係あるんですか?」

 と、身を乗り出す様にして問う。

「現時点では断言できませんが、私はそうだと思っています」

 すると、城戸は、一枚の写真を渡した。苗原伸二が写っている。

「この男、五年前にこの店にも足を運んでいたんじゃありませんか?」

「ええ、確かに見た事があります。たしか、城戸さんの仰った、リゾートホテル計画の関係者だって秀子から聞きました」

「間違いないですね?」

「ええ、このお客さん、秀子と何か深刻そうに話していたのを覚えています」

「秀子さんが亡くなる直前、その他に、何か覚えていることはありませんかね?五年も前の話で、申し訳ないのですが──」

「彼女、今思えば、死を覚悟していたような感じだったわ──」

「どうしてそう思われるのですか?」

「これ、事件の関わり合いになるのが怖くてずっと言わなかったんですが──」

 斉藤は、まだためらっている感じだった。

「決して、迷惑は掛けません。教えて下さいませんか?」

「これも、秀子が亡くなる直前の話ですが、突然こう言ったんです。彼女の夫の武さんには、借金のことで沢山迷惑を掛けてしまった。だから、もしも死んでしまった時に備えて、旦那に多額の保険金がいくように、死亡保険に加入しようと思っている、と」

「つまり、あの保険金は、夫の武さんが掛けたものではなくて、秀子さん自身が掛けたものなんですね?」

 城戸の声は、無意識に張っていた。

「ええ、そうなんです。その時警察は、夫の武さんが、秀子に保険金を掛けて殺害したと思っていたようですが、それは違うんです。でも、怖くて言い出せませんでした──」

「秀子さんは、死ぬことを予期して保険に加入したのでしょうか?」

「その時、私は気付きませんでしたが、後になってそういう事だろうと納得しました。彼女は、死を覚悟していたんです」

 斉藤は、涙を流し始めた。

「秀子さんと武さんの夫婦仲はどうでしたか?その借金のせいで、上手くいってないのではないかという話も耳にしますが──」

 すると斉藤は、すぐさま反論した。

「それはありません。絵に描いたようなおしどり夫婦でしたよ、あの夫婦は。さっき言った保険の話は、秀子の、武さんへの最後の愛情の様なものだったんでしょうね」

 彼女はそう言って、感傷に浸っていた。

「少し話が戻りますが、秀子さんが調べていた書類は今もありますか?」

「ええ、あります。でも、私には何のことだかよくわからなくて──」

 斉藤は、そう言いかけて立ち上がり、奥のへ行ってしまった。

 戻ってくると、透明のクリアファイルを城戸に渡した。

 城戸は、それを見るなり、

「これで、秀子さんを殺した犯人が分かりましたよ」

 と、言い、川上、南条と共に斉藤の家を去った。

 車に乗り込もうとした時、城戸の携帯が着信を知らせてきた。

 電話に出ると、相手は、警視庁に居る山西だった。

 何度か相槌を打ち、城戸は、電話を切った。

「よし、これで苗原伸二を引っ張れる」

 そう言って、車に乗り込んだ。

 彼らが向かったのは、川谷優子の職場である、日田人形の工房である。

「突然申し訳ありません、どうしてもお伝えしたい事があり、お伺いしています」

 城戸は、川谷にそう伝えた。

 すると、彼女は、工房の一室に案内してくれた。畳の敷かれた和室である。

 城戸が、川谷と向かい合う形で座るなり、

「事件の真犯人が分かりました」

 と、言い、写真を一枚渡した。

「この男が、犯人──?」

 川谷は、写真に写る男を睨みつけていた。

「苗原伸二、大手デベロッパー苗原開発の社長です」

「この男は、一体誰を殺したんですか?私の姉ですか?それとも、苗原真理と言う女や、武義兄さんを殺したんですか?」

 彼女は、切れ目なく言って問い詰める。

「その三人全員を殺したのが、この苗原伸二です」

 城戸は、答えた。

「何故この男は、私の姉を殺したの?」

「秀子さんは、日田の観光協会の一員でした。そんなお姉さんは、五年前に、苗原開発が計画していた、日田にリゾートホテルを建設する構想に反対している一員だったんです」

「たったそれだけのことで、姉は殺されたんですか?」

「いえ、それだけではありません。秀子さんは、反対する観光協会のメンバーで唯一、リゾートホテル計画に関する知ってはならない秘密を知ってしまったんです。苗原伸二と言う男は、その口封じの為にお姉さんを殺したのだと思います」

 川谷は、静かに顔を俯かせていた。

 すると、突然思い出しように顔を上げ、

「でも、保険金は──?保険金は、武義兄さんが掛けたんじゃないんですか?」

「いえ、それは違うようです」

「では、一体誰が保険を──?」

「あの保険は、秀子さんが自分の意志で加入したようです」

 城戸は、そう告げた。

「それは、どういう意味ですか?」

 川谷は、まだ事情をよく飲み込めていない様子だった。

「あれは、秀子さんが夫の武さんに送った、最後の愛情の様なものです」

「愛情?」

「秀子さんは、殺されることを覚悟していたようです。リゾートホテル計画について、知ってはならない秘密を知ってしまった。きっと、口封じの為に殺される、と」

「それで、保険に自ら加入したんですか?」

「ええ、そういうことです。秀子さんは、武さんのことを愛していました。そして、借金のことで迷惑を掛けていたのも、申し訳ないとずっと思っていたんでしょう。殺されるとわかって、秀子さんは高額な保険に加入しました。それは、武さんに多額の保険金を残す為です。それが、お姉さんなりのお詫びという事だったんです」

「という事は、武義兄さんが、保険金目当てで姉を殺したというわけではないんですね?」

「ええ、そういうことです。安心してください」

 川谷は、笑顔になった。

 城戸達は、工房を出た。

 車に乗り込んでから、川上が、

「警部、苗原伸二のことを、川谷優子に話して大丈夫だったんですか?今の話を聞いて、川谷が伸二に復讐するかもしれませんよ」

 と、心配そうに尋ねる。しかし、城戸は、あくまでも平然としていた。

「私は、それを狙ったんだよ」

「狙った?」

「彼女はきっと、今の話が本当なのか伸二に直接確認を取ると思うんだ。そうなると、伸二はどうするだろうか?五年前の事件の真相を知っている川谷を生かしてはおかないだろう」

「つまり、口封じを企てると?」

 南条が、助手席から、後部座席に居る城戸の方へ振り返る。

「私は、そう思うね。そこを、殺人未遂で伸二を引っ張ろうとするわけだ」

「なるほど」

 川上は、肯いた。

「だから、川谷が伸二と会うまで、ここで張ろう」

 城戸が、言った。

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