二日市駅
「では一体、どういう事なんだ?」
中本が、そう尋ねた。
「恐らく、小田川の車には、伸二が乗っていたんだと思います。玖珠インターでいったん大分道を降り、車は豊後森機関庫へ向かいます。そこで、小田川は伸二を降ろし、再び大分道に戻ったんです。玖珠インターから豊後森機関庫は、片道五分もかからないでしょう。九時八分に料金所を通過したとしても、九時一三分には、機関庫に到着できたはずです。そうなると、伸二は光島武の殺害が可能です」
城戸が、そう説明していった。
「車から降ろしてもらい、武を殺害した後の伸二の行動は?」
「豊後森駅へ向かい、九時三四分に到着する、ゆふ一号に再び乗車したはずです」
「という事は、川谷優子は事件に無関係なわけですね?」
山西が、話に入ってきた。
「ああ、そう言うことになる。伸二が送った、嘘の告発文で操られ、罪を着せようとしたわけだ」
「しかし城戸君、大事なことを忘れていないか?伸二は、ゆふ一号に博多から乗っていたそうじゃないか。そんな彼が、九時八分に玖珠インターの料金所を通過した小田川の車に乗ることができるのかね?」
そう言われると、城戸は、門川の方を見た。
「小田川は、太宰府インターから九州道に入ったんだよな?」
「ええ、そうです」
「料金所を通過した時刻は?」
門川が、走行履歴が印刷された紙に目を通す。
「ETCの記録によると、八時三分です」
次に、城戸は時刻表の頁を繰った。
ゆふ一号の博多発は、七時四五分だった。
すると、捜査本部の電話が鳴った。近くに居た、山西がその電話に出る。
彼は、電話口の向こうの相手に何度か相槌を打ち、受話器を置いた。
「警部、福岡県警からで、苗原伸二のアリバイの裏が取れたそうです。ゆふ一号に乗務していた車掌が、伸二が、お茶を座席にこぼしたと申し出てきて、その対応をしたことを覚えていました」
「それは、いつの話だ?」
「博多を出て、二日市に到着する手前だったそうです」
「つまり、苗原伸二が、博多と二日市の間はゆふ一号に間違いなく乗ってたわけか──」
城戸は、そう呟いて、再び時刻表を確認した。
ゆふ一号の二日市着は、七時五七分である。
小田川の車は、既に太宰府インターの料金所を通過し、九州道の下りを走行中である。
「では警部、伸二は二日市でゆふ一号を降り、小田川の車に拾われて豊後森駅へと先回りしたのでしょうか?」
門川が、言った。
「ああ、それは間違いないんだよ。だが問題は、その方法だ」
すると、それまでパソコンに向かっていた南条が、声を上げる。
「警部、二日市駅の近くに、筑紫野インターがありますよ。九州道の出口です。という事は、小田川が、二日市駅まで伸二を迎えに行っていたとしたら、アリバイは崩れそうじゃありませんか?」
「いや、それは不可能だ」
「何故です?」
「小田川の車は、太宰府インターから玖珠インターまで一切高速道路を降りていない。もし、君の言うように伸二を二日市駅まで迎えに行っていたとしたら、走行履歴に筑紫野インターから退出したのデータが残っているはずだ」
すると、中本が、少し疲れた顔で、
「それなら、伸二に犯行は不可能なんじゃないか。小田川が高速道路を降りずに、二日市駅でゆふ一号から下車した伸二を車に乗せることはできない。つまり、城戸君の言う通り、ゆふ一号の先回りはできないよ」
と、言った。
すると、城戸は、大きく目を見開いた。
「そうか、我々は、高速道路に執着しすぎたんだ!」
彼は、時刻表をパラパラとめくり始める。開いたページは、鹿児島本線の上りである。
ゆふ一号が、七時五七分に二日市に到着した後、博多方面へ控えすことのできる列車は、八時一分発の吉塚行き普通列車がある。
その列車が博多に到着するのが八時二九分。
次に、九州新幹線下りの頁を開く。
八時半に、みずほ六〇一号が発車するのだが、一分での乗り換えは不可能だろう。
そうなると、八時三九分のさくら四〇五号に乗車可能である。
さくら五〇四号が久留米に到着するのは、八時五七分。
そこで、九時七分発の久大本線に乗ることができるのだが、その列車は、豊後森より手前の日田止まりである。そして、日田に到着するのも一〇時一七分。
九時二〇分に、豊後森機関庫で光島武を殺害するのは絶望的である。
「ダメだったか──」
城戸は、そう溜息をついた。が、直ぐに、
「課長、再び日田へ向かうついでに、伸二のアリバイを現地で検証してみたいと思います」
と、突然思い立ったように言う。
「わかった。一刻も早い解決を頼むよ」
中本は、城戸にそう声を掛けた。
「川上君、そして南条君、私についてきてくれ」
彼ら三人で、まずは羽田から福岡空港へと飛んだ。
福岡空港に着くと、すでに日も暮れていたので、彼らは、ビジネスホテルで一泊することにした。
翌朝になって、福岡県警から借りた覆面パトカーに乗り込み、太宰府インターへと向かった。
太宰府インターは、福岡市中心部から一番近いインターチェンジで、福岡都市高速道路も接続している。
そのせいもあってか、一日に七万台弱の車が往来する。
国道三号線を南下すると、ローマ字でDAZAIFU ICと書かれた看板が見える。
その看板を目印に、大きく左へカーブすると、都市高速から流れてきた車と合流する。
すると、城戸は驚いた。料金所のレーンが、軽く十はあり、迫力を感じるほどの多さだったからである。
料金所を抜け、熊本、大分、長崎と書かれた看板に導かれ、九州道の下り線との合流を目指す。
きつい弧を描くカーブを抜けると、本線と合流できた。
九州道でも有数の交通量を誇る大宰府・久留米間は、片側三車線で整備されている。
下り本線との合流を果たして直ぐ、城戸は、綺麗な直線の明らかに人工的な植え込みの様なものを見つけた。
それは、水城跡である。
七世紀頃、国の要であった大宰府を守るべく築かれた防衛施設である。
鹿児島本線の大宰府信号所をオーバーパスすると、少し緑が増えてきた。下を覗くと、田んぼが広がっている。
が、そう遠くないところには、福岡市中心部のベッド・タウンとして栄えている街並みも見える。
そんな風景を、城戸は助手席から何気なく眺める。
すると、路線バス 筑紫野と書かれた看板が、城戸の目に飛び込んでくる。
その看板を通り過ぎてすぐ、三車線ある本線の左側に、さらに新たな車線が現れた。
「川上君、この左側の車線に入って見てくれ」
城戸は、とっさにハンドルを握る川上に言う。
川上は、城戸に言われるがまま、左にハンドルを切ってその新たな車線に入り、徐々に速度を落としていく。
すると、赤い屋根に、透明な壁で覆われた小屋の様なものが脇にあった。よくあるバス停の立て看板も見える。
「警部、ここは筑紫野バス停ですよ。高速バスの停留所です」
後部座席に居た南条が、言う。
「よし、一度高速を降りて、下の一般道からこのバス停を詳しく見てみよう」
すると、川上がアクセルを踏み込み、車を発進させた。
筑紫野インターで高速を降りると、九州道のわきを通る県道を、今までとは逆の方向に戻った。
しばらく進むと、二日市温泉の宿が見えてきた。
そして、高架橋の上へと続く階段も見えてきた。それが、筑紫野バス停である。
県道から路地に入ると、そのバス停へと続く階段の入り口があった。
城戸達は、車を停めて、その階段を駆け上がった。
駆け上がった先には、ついさっきまで車で走っていた九州道の車線が広がっていた。何台もの車が、ひっきりなしに高速で目の前を過ぎ去っていく。その車が切り裂いていく風が、僅かながら、バス停に立つ三人に衝撃を与える。
「警部、ここなら、小田川に車を付けてもらえれば、伸二はその車に乗り込むことができますよね──」
南条が、言う。
「ああ、そうだ。伸二は、このバス停を利用して、小田川の運転するレンタカーに乗り込んだんだ。間違いないだろう」
城戸は、目を鋭くする。
「ここなら、筑紫野インターで途中退出せずに、伸二を拾うことができますからね」
その横で、川上が、肯きながら言った。
「問題は、ここから二日市駅の移動時間だ。それさえ合えば、伸二のアリバイは崩れる。実際に歩いて、計ってみよう」
城戸は、腕時計を確認した。針は、九時四六分を指している。
三人は、階段を降り、二日市駅へ向かって歩いて行った。
県道を横切り、幅の狭い路地に入る。
城戸達は、時間を気にしていたので、どうしても早足になってしまう。小走りぐらいの速さで、住宅街を抜けていく。
大通りに突き当たっては、再び狭い路地の中に自らさまよっていく。
鹿児島本線の線路を渡り、二日市駅舎の前で、三人は立ち止まる。
城戸は、彼の腕時計を再び確認した。それは、九時五六分を示す。
「丁度十分くらいだな──」
「七時五七分二日市着のゆふ一号を降りて、あのバス停まで歩いたとすると、向こうに着くのは大体八時七分ぐらいですね」
川上が、言う。
「太宰府インターから筑紫野バス停までは、大体何分だったかね?」
「大体、四分くらいでした」
南条が、答える。
「確か、小田川が、太宰府インターの料金所を通過したのは、八時三分だったな。つまり、時間的にはピッタリだ」
「これではっきりしましたね。小田川は、あの筑紫野バス停で伸二を車に乗せたんでしょう。そして、ゆふ一号の先回りをして、光島武を殺害したのは間違いありませんよ」
川上が、自信に満ちた様子で言う。




