48 『醜悪な輩との邂逅』
「もう行っちゃうの?」
玄関先で、引き止めるように甘い声のプラリネ。相手は勿論ヴェロニカだ。金色の髪をたなびかせて、彼女はゆっくりと目を瞑った。
「ああ、部下に色々押し付けてきたって言っても、作戦の責任者である私が不在とあっちゃ、不都合だらけだろ」
「まあ、隊長辞めたいとか言っていた人とは思えないわ」
「英雄辞めたやつに言われたかないわ。……んじゃ、またな」
「ええ、またね……」
過去と同じように軽口を叩いたヴェロニカはプラリネに別れを告げて、家を後にした。途中、プラリネの声が背中越しに聞こえる。
「娘をよろしく」
かなり曖昧な意味を込めたそれにヴェロニカは振り向くでもなく、返事もしない。それでもヴェロニカの心の内に確かに印象を刻んだ。抽象的すぎるその表現に頭の中では若干のモヤモヤが包む。『娘をよろしく』どのような意味があるのだろう。
どっちにしろ、今は作戦に集中しなければと気持ちを切り替えるヴェロニカであった。
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場所は変わって、一方その頃。
クレアとアクアは順調に森の奥地へと足を進めていた。
出戻りしてきた森、魔法学園の受験前に行ったのは数ヶ月前というブランクがあった。
そして、明らかに森の様子がおかしい。何がおかしいかと言われれば、上手く説明できないものの、本当に雰囲気が別物である。
「ねぇ、クレア。なんか嫌な感じがするんだけど」
「奇遇だね。私も!」
「喜ぶところじゃないよね!?」
それは2人も感じており、その異様な空気感を察する2人はいつも以上に周囲の動きに目を光らせていた。
「まあ、物騒なのはいいや。それより、私たちは何しにここに来たんだっけ?」
「もういいや、なんか怖がっているのが馬鹿らしくなった」
「カバ食べたくなった?」
「はいはい、そういうの要らないから。というか、この森にカバは生息してないし」
クレアの能天気な空気に圧倒され、アクアの緊張感も麻痺しつつある。今日この頃。
それから少し歩いた2人はピタリと足を止めた。
足を止め、しゃがみ込む。
息を殺す。
「なんかいた……」
「うん」
クレアの発言にアクアも見たものを思い出すように頷く。2人が目撃したもの、それは禍々しく湾曲した紫のツノを保有した二足歩行のなにかである。
「ツノの生えた……竜人ってことは」
「ない、あれは違う。あれは……ここにいちゃいけないやつ」
淡い期待を持ったアクアの希望を即座に打ち砕くクレアの否定。こういう非常事態の時、クレアは冷めた声を出す。さっきまでの能天気なクレアはもうここにはいない。
「どうするの?」
アクアもいよいよ覚悟を決めた。
2人が見たものは魔人で間違いない。であれ、この後の行動を同行者であるクレアにアクアは委ねた。それは彼女の勘がそうさせた。
どうする?
クレアは考える。この場合どうすれば良いのだろう。
クレアは一度魔人に出会っているが、アクアは今日が初めて。クレアには戦う覚悟があるのだが、アクアにそれだけのものはあるのか?
無ければ逃げるに限る。
この場合の最善策。……最善策は、あれしかない。
意を決して、クレアはゆっくりと膝を立てる。
「ちょっ、クレア?」
「いいからじっとしてて。私があれを仕留めてくるから、アクアは直ぐに村に戻って。このことをティーナに知らせてきて。多分なんとかしてくれる」
「でも、クレアはどうなるの? 1人で残って、あれとやりあって、大丈夫なの?」
「心配しないで、私は割と強い部類の人だよ」
自信満々にしかし小声で言うクレアの言葉には相当な説得力がある。というか、そのことはアクアもよく分かっている。
「自分でそういうこと言っちゃう辺り……いや、いい。分かった。でも、危なくなったら、逃げるんだよ」
「分かってる。私だって命が大事だもん。とにかく、さっき言ったように……アクア、頼んだよ」
「そっちもね」
アクアは元来た道を引き返し、クレアはそのばからゆっくりと魔人と思しき人影に接近する。
さて、どうなることやら……まあ、なんとかなるかなぁ。
楽観視しているわけではない。というのも、明確にクレアの脳内には勝算はあったのだ。ハッタリではなく、明確なもの。
自身だけが扱える、霊属性。これを上手く活用すれば、何かが起こるのではないかという勘が。
「我が眷属よ。姿を現し、私を守って」
力強くも小声でくクレアが唱えるとたちまち周囲が眩い光に包まれる。
その光に魔人も反応したようで、目を覆い隠すように手のひらを光に向けていた。そして……その光の中からは、一つの影がユラユラと現れるのであった。




