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47 『再会』

 クレアが出かけて、家にはただ1人プラリネが今日もせっせと家事に明け暮れる。


 かつて英雄と呼ばれた彼女も、今や立派な主婦。クレアという娘を育て、今日も部屋の掃除に明け暮れるのだ。

 クレアの寝室の扉を開け、箒で床の埃を掃きだす。

 そんな日常的な仕事をこなす中、玄関先からノックの音がプラリネの耳に入ってきた。


 誰かしら?


「はーい、少しお待ちください。えっと、クレアの部屋のお掃除は……」


 プラリネは掃除と接客、その両方を午前中に終えることを考え……。そして、結論を絞り出す。


「じゃあ……出てきて、ミニゴーレム」


 結果、即席に幻獣を召喚した。


 ミニゴーレム。

 戦闘にも使えるが、全長が1メートルと少し……いや、かなり小柄なため、大きな脅威にはならない。普通のゴーレムが3メートル、4メートルある中で、ミニゴーレムというのは見た目、可愛い人形のような感じである。しかし、小さいこともあり、手先が器用、家事を押し付けるのにはうってつけの存在であった。

 そんな召喚されたミニゴーレムにプラリネは人差し指を立て、少し膝を折った。


「いい? この部屋の掃除とお風呂場の掃除。それから、洗濯物を干しておいて。服は洗面所にまとめてあるから」


 プラリネに指示をされたミニゴーレムは頷き、彼女から箒を預かって、そのまま掃除をバトンタッチした。そうして、せっせと忙しなく箒を動かすのだった。

 晴れて、問題を解決して、すっきりしたような顔のプラリネは改めて玄関の方に向かう。

 元英雄、若干の名残は消せない。少なくとも、普通の主婦は幻獣を召喚しないし、それに命令して忠実に動いてもらうなどということは考えたりはしない。しかし、プラリネはそもそも根本的なことに気付いていない。


 自然にミニゴーレムに仕事を委託したプラリネは玄関の扉を開け、そして、パッと顔を輝かせた。


「久しぶり。上がってちょうだい。今お茶の準備をするわ」


 そして、玄関の前に立つ人物を家の中に招き入れた。

 玄関に立っていた者も、フードを軽く触りながら、顔を伏せて静かに入室。案内されるがままに応接室まで、プラリネの後をついていった。


「どうぞ」


 フードの客人は用意した温かなお茶に手を伸ばす。


「うん、美味い」


「それは、良かった。それで? 今日はどうしたの?」


 微笑むその者は、フードをファサリと脱ぎ、明るい金色の髪を露わにする。


「ああ、少し野暮用だ。人はそれなりに連れてきたんだけど、色々と指示出しとか面倒だから、部下に押し付けきた」


「ふふっ、貴女も変わらないわね。昔っから、自由というか……」


 双方の視線は交差し、そのまま懐かしいような顔を見せる。

 元英雄プラリネと狙撃部隊、隊長のヴェロニカ。

 かつて交友のあった2人が何年か振りかの再会を果たした。そんな2人は特に気を使うでもなく、自然な口ぶりでにこやかに会話をする。


「今も昔も私は変わんねぇよ。本当なら、特務の隊長なんて役職、辞めたいくらいだ」


「隊長なんて、名誉なことじゃない?」


「まあ、そうかもだけど。私は隊長だとかで、行動を縛られるのが嫌なんだよ。下っ端なら、自由に戦場を駆けれるのに……こういう役柄だと後方で指揮することとかが多いんだ」


 愚痴をこぼしながら、ヴェロニカはお茶を一気に飲み干した。


「そうね。一つの組織に属するというのは、色々と大変なことが多いもの。何はともあれ、今日くらいゆっくりしていくといいわ」


 ニコニコ顔で、ヴェロニカに向き合うプラリネ。

 しかしながら、それに対して、ヴェロニカは軽く首を振る。


「それが、ゆっくりもしてられないんだよ」


「あら、どうして?」


「魔人……私はそういう目的でここに来たんだ。突然来たが、何もプラリネ姉さんに顔を出しにきただけじゃない」


 面倒ごとのように語るヴェロニカは薄目でプラリネの様子を窺う。

 魔人。と来れば一般的に動揺されるのがセオリーなのだが……相手は元英雄と呼ばれた彼女である。そんな当たり前の反応をするはずもなかった。


「あら、ヴェロニカは気付いていたの? ここら辺に魔人が現れてるってこと」


 しかも、魔人の存在をまるで周知の事実であるかのような口ぶりで話し出す始末。全く脅威にも感じていない。それはそれでどうかと思うヴェロニカであるが、表面上は冷静な面持ちを保ち続けるのだ。


「当然だ。特務は軍とは違って、情報網も個々の戦力もかなり高度なんだよ。というか、魔人がいるのに冷静だな」


「まあ、魔人くらいね。娘に手出しをしてこない限り、そこまで警戒はしていないもの」


「余裕だな。それだけ自分の実力に自信があるのか……」


「ええ、娘を守るくらいの力は持っているつもりよ」


 だって、元英雄だもの。そのように返して、プラリネは表情一つ崩さない。


「流石にそうだよな。今だって、召喚したやつに掃除させてるくらいだもんな?」


 ギョッとした顔で、プラリネは後ろに向くと、そこにはミニゴーレムが箒を片手にこちらを覗いていた。


「えっ、お掃除と洗濯ものは?」


 尋ねるとミニゴーレムはちゃんとやったとジェスチャーをしてくる。想像以上に万能な性能をしている。

 しかし、そんなはずはない。なんたって、今のさっきでそもそも時間が20分も経っていない。それでここまで様々な作業を一体のミニゴーレムがこなせるといったら、無理だ。


「相変わらず規格外だな。家事万能なゴーレムとか聞いたことないぞ。というか、ちらっと見えてたけど、あのゴーレム作業が異常なくらいに速かったな」


「うーん、こんなに早く終わるなんて……洗濯物と部屋の掃除とお風呂場の掃除でしょ……物理的にあり得ないのよね」


 プラリネの顔色を伺い、怪訝な顔でヴェロニカはミニゴーレムを指差す。


「なあ、プラリネ姉さんはゴーレム何体出したんだ?」


 ヴェロニカの質問に何を聞いているのかという表情のプラリネ。


 何体出したか……?

 えっと、ヴェロニカが訪ねてきたから、ミニゴーレムを召喚して、そのまま家事をやってもらって……はっ、繁殖した!?

 確かに増殖しちゃいけませんって命令はしてないけど……。


「えっと……一体? いや、一体のはずなんだけど……」


 プラリネは今にも頭から煙が上がりそうなくらいに考え込んでいる。そんな様子を察して、ヴェロニカは手を軽く叩いた。


「いや、もういいや。なんとなく状況掴めたし。これ以上考えるとプラリネ姉さんが倒れそう」


「えっ!?」


「いや、多分プラリネ姉さんはミニゴーレム一体しか出してないと思うから」


「その心は?」


「顔見りゃ分かるよ」


 単調に返答を返されたプラリネは不満気に肩を揺らす。

 その様子を冷めた目で見ているヴェロニカは気にせずに続ける。


「んで、大方ゴーレムが増えてるって話だと思うけど」


「そう、多分私が召喚したのが一体だから、確実にそれより多い数がこの家で動いてるの。じゃなきゃ、こんなに早く終わるはずがない。それか、ミニゴーレムが嘘をついているか……それはないか」


「まあ、ゴーレムが勝手に仲間増やしたとしか考えられないだろうな」


 そう言い切ったヴェロニカは落ち着いたような顔で優雅にお茶を飲む。


「まっ、実害がないってんだから、気にしなくていいんじゃね?」


「そういう問題じゃ……まあ、いいわ。結果的に良かったから」


 少し不満気ではあるが、家事が済んだ分、些か怒るに怒れないといった感じだろう。

 プラリネは軽く詠唱をして、家に増えた無数のミニゴーレムを跡形もなく消し去った。勿論、殺した訳ではない。元いた場所に返却しただけである。


「相変わらず、その魔法は見慣れないわ」


「便利でしょ?」


 便利といえばそうであるが。


「まあ、どっちかって言うと、一つの存在を詠唱一つで出したり消したりするを見るのは、凄い複雑な心境だな」


 もし、自分が召喚される立場であれば、このような魔法に振り回されるというのは恐怖しかない。好きな時に呼び出され、好きな時に元の世界に返されるのだから。


「そんなに頻繁には使ってないわよ。……今はね」


「その口ぶりから昔はよく使ってたって自供したようなもんだな……」


「あら、戦争に勝てたのは私のお陰よ? 別に悪いことしてないのだから、いいでしょ」


「そう言われるとぐうの音も出ないけど、プラリネ姉さんはプライベートでよく私利私欲に使ってたの知ってるからな」


 あーあ、と呆れたようにため息を吐くヴェロニカ。


「ため息を吐くと、幸せが逃げていくわよ」


「余計なお世話だ!」


「私は彼と出会えて幸せになれたけどね」


「そして、惚気を挟むな……ニヤつくな」


 そして、今日も平常運転のプラリネである。


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