44 『正反対の二人』
連合本部塔の目立たない裏口の階段。
会議を抜け出し、啖呵をきったことを未だに頭の中に宿すその人物は静かに膝下に視線を落とす。
辺りは暗く、ひっそりとした空気であるが、実はそんな雰囲気であるにも関わらず、彼女の側には多くの人が階段の段に、無数に腰を下ろしている。
狙撃部隊。ヴェロニカの指揮する部隊の内である、精鋭がそこには終結し、静かに自身の相棒の整備をしていた。
「ふぅ……」
当のヴェロニカもその1人。
会議に意味が見出せず、ただいつも使ってる白い布で、愛銃を綺麗に撫でる。
金色の装飾が施されたその魔銃。柄の部分にはしっかりとヴェロニカの家紋が彫られている。
その魔銃は彼女にとっての特別であり、そして、そこにいる者の手にある武器はそれぞれの誇りであった。
暗い夜空が広がる中、ただひたすらに布が鉄を擦る音が響く。止めどなく響く。
そんなヴェロニカの手はいつしかピタリと止まる。
その場の空気もカラリと変わる。
目の前に立つ、中身は華奢な、装備は厳つい彼女によって。
「……何の用だ」
ヴェロニカの鋭い眼差しがその人物を射抜くが、それに対して対象となった女性の反応は薄い。
軽薄。そして、何事も感じないかのように一歩、ヴェロニカに歩み寄った。
「やあやあ、こんな夜遅くに変な音するからさぁ。誰かと思えばニカじゃん!」
「はぁ……酒豪女、子供は寝る時間だぞ」
階段に座るヴェロニカに対峙した人物とは、アマネであった。
「あははっ! まったく、子供だか酒豪だか、はっきりしてよー!」
「何の用だ」
いじけたような声を出すアマネ。しかし、ヴェロニカの反応は冷たく、再度目的を問いただすような、声を出した。
「もう、ニカはもっと優しげな感じじゃないと。素材は可愛いって思われてんのに、もったいないって」
「用がないなら、さっさと去れ。しかもだ、酒豪女。こんなところに留まっていいのか? お前がいつも行っている酒場が混み出すぞ」
「うわっ、まじか! いや、教えてくれてありがと! ニカ愛してる!」
能天気なその声は、まるで先の会議でのことを1ミリたりとも気にしていない様子。終いには愛している発言をしてしまう始末だ。
「お前なぁ……まあ、いい。さっさと行け」
この場から異物を排除するように面倒そうな顔でヴェロニカは細い腕をシッシッと振る。
「ここで出会ったのはきっと運命。なのに……冷たいぜ、ニカ」
「うざい……」
「そんなぁ……あはっ、まあいいや!」
一度は悲しそうな面を見せ、しかしアマネの復帰は早い。はいよ。とケロッとした顔で、アマネは1つ返事を返した。
その反応に驚いた様子なのはヴェロニカだ。
「意外だな。お前なら、もっと話しかけてきそうな感じなのに」
「ふふっ、ニカよ。私だってたまには空気を読むくらいのことしているのだよ!」
なら、放っておけよ。酒豪女。
そうヴェロニカは心の中で呟いたが、しかし、アマネを本格的に嫌がっている訳でもなかった。
瞬間、ヴェロニカの強気な顔は、淡く、儚い表情へと姿を変えたような、そんな空気を匂わせた。
「およっ? 悩み事かい?」
「はっ?」
「いや、顔色が変わったから。積もる話があるなら、酒場でも行くかい?」
軽々しくも、自然にそう繰り出したアマネの目はどこか優しげだ。
「酒場にはお前1人で行け……そんな大層な悩みじゃねぇよ」
「なるほどなるほど。じゃ、ここでちょっくら話を聞こうじゃないか」
ヴェロニカの前に同じく腰を落としたアマネは、あぐらをかきながらヴェロニカの目をじっと見つめた。
話してみな。まるでそう訴えかけるかのような、強い瞳。この視線にヴェロニカは堪らず1つため息をついた。
「なあ、私が近隣の村に行って、魔人と一戦交えようとしたら……お前はどう思う?」
「ふぁ? 何それ、どういう話題?」
「ただの例え話だよ。どうせアウルのおっさんやプラザリーチ、キャロラインは反対するし、真面目女は絶対に説教かます。……でも、お前はどう思っているのか……魔人について、あまり興味無さそうだったからさ、ちょっと気になってたんだ」
嘘ではない。
例え話。例えば、ヴェロニカがこのような行動を起こしたとしたら、アマネはどのような反応を示すのか?
アウル、プラザリーチ、ユウリ、キャロラインの反応は大体理解しているつもりのヴェロニカ。あまり、魔人との積極的な接触を避けるようにと言い出すに決まっている。
あの隊長たちは、比較的まともな思考をしているから。
しかし、アマネは違う。
毎回接するたびに行動を予測できない。
任務において、自由な彼女には度々振り回されてきたのは数えられないほど。だからこそ、ヴェロニカは問いた。お前はどう考えるのかと。
暫く、考えたような顔を見せたアマネは結論は出たと言わんばかりに目を瞑ってから、二秒で目を開けた。
「ああ、私的にはどうでもいいかなぁ。ニカがちゃんと部下を連れて、みんな無事に帰ってきて、一緒に酒が飲めれば、おーけーだし」
予想……通りといえば、そうである。
ヴェロニカの顔色は良くなった。こいつは、自由だが、人の気持ちも尊重する部分が大きい。そう感じれたから。
そして、自分自身の行いたいことを肯定して欲しかったのもあるのだろう。口元はほころんだ。
「……やっぱお前は、酒豪女で、色々と適当だな」
「むっ、なんだ、その言い方。せっかくフランクに接してニカの緊張と根性をほぐしてやったってのに」
「……私の根性をほぐしてどうすんだよ」
「きゃははっ、それは確かにー!」
束の間の和やかムード。
しかし、その笑い声の次の言葉。それは明らかにアマネ個人としての意見が含まれていた。どこか悟ったような顔で、澄ました顔で……。
「……でも、もしニカが帰ってこなかった場合。私すごく悲しいからさ……ニカを帰らざる者にしちゃったやつを物凄く痛めつけちゃいたくなるかも」
……狂気じみた瞳で、アマネはそう断言した。
「お、お前……」
「まっ、ニカが死んじゃうとか、まったく想像出来ないんだけど」
直後、いつもの調子に声が戻ったアマネはすっと立ち上がって座ったヴェロニカを見下ろすように見た。
星の光が彼女の髪を照らし、幻想的に見せる中、ヴェロニカの思考はある1つに集中した。
『凄い痛めつけちゃいたくなるかも』
この言葉にどういう意味があるのだろう。そんなことはアマネがヴェロニカに対してどういう感情を抱いているかによる。
そして、その答えは簡単だ。
「お前、案外いいやつだな。仲間思いで、きちんと悲しむことができて。あと、お前が仲間で良かったわ……色んな意味で」
そう、彼女は仲間を大切に思っている。
彼女なりの親愛の表現、そして、狂気の一端だ。
重騎守護隊の隊長であるアマネは、ごく稀に全てをさとったように表情を変えることがある。彼女の積み重ねてきた人生。それは彼女を形作っている紛れもない本質。
そんなことを考えられているとは毛ほどにも感じていないようなアマネはバシバシとヴェロニカの背中を高速で叩く。
「よせやい、照れるじゃねぇかい。そういうのは、意中の男性にかける、こ・と・ば、だそ!」
「……うざっ、話が終わったんだから、さっさと酒場に行けよ」
「ニカが怒った!?」
「もう、面倒なんだけど……」
どっち道、ヴェロニカにはまだ彼女の本質は完全には理解できないことだ。




