43 『会議は進まない』
魔法学園で、生徒会役員が四苦八苦して、作業をしている同時刻。
学園から、馬車で数十分のところに建設された、まるで城のような建物。連合軍本部塔。そして、その一角に設置された。ここ戦争対策本部でも、何やら深刻な話し合いが繰り広げられていた。
「ふざけんなよ! これ以上静観してたら、魔人のやりたい放題じゃねぇか!」
バタンと大きく開いた扉から、1人の女性が苛立つ気持ちを表に出しながら、部屋を後にした。
足取りはしっかりしていて、一歩進むたびにカツカツと廊下に音が響いていた。
戦争対策本部のとある一室。
特務組織の隊長会議室。大きな長机の上には多くの資料。そこには現時点での魔人の動きが事細かく記されてた。
六席あるうち、空席が一つ増え、その場は彼女の退出によって静寂に包まれていた。
「はぁ……たく、ヴェロニカときたら」
ため息を吐いたのは、一番大柄な男。屈強な肉体を持つ男は、似合わないような困り顔で立ち竦む。
特務組織。物理戦闘特化部隊の隊長であるアウルは、その場に残った各隊の隊長を一見した。
「まあまあアウルさん。私はヴェロニカの意見も一理あると思うの。魔人の動きは、ここ最近とても活発よ」
綺麗なロングヘアの女性はその息が詰まりそうな空気をなんとか変えようと必死で身振り手振りを織り交ぜながら、アウルに語りかける。
専科魔導師部隊、隊長のユウリ。
特務組織での信頼も厚い彼女の真意であった。
しかし、周りの隊長の反応からしても、心にはイマイチ響いていない様子だ。
「はーい!」
突如、その空気をぶち壊すような陽気な声がその狭い空間にこだまする。どうでもいいような、そんな顔を浮かべる彼女を見て、アウルは怪訝そうに視線を移した。
「なんだ、アマネ」
「魔人とかどうでもいいんだけど、今さぁ、すっげ〜酒が飲みたい!」
厳つい鎧を身につけたショートヘアの女性は空気を読まずにそう叫ぶ。場違いな発言にその場にいた一同は呆れた視線でその発言者を見つめる。
重騎守備隊の隊長はであるアマネはその装備とは対照的な軽い言動が目立つ。
そのことを重々察しているアウルも流石に今の発言は無いだろうと顔を手で覆った。
「あのなぁ……今はそういう話じゃないだろ。確かに俺も酒は飲みたいが……」
「アウルさんまで……お酒の話はその辺で終わりです」
「えー、いいじゃん! ユウリっちはお酒飲みたくないの?」
話を本筋に戻そうとするユウリですら、アマネの空気に飲まれそうになっている。それだけアマネは自由人であり、扱いに困る性格なのだ。
「アマネさん、私はお酒はあまり飲まないし、今は魔人の動向についてのお話でしょう? 総隊長不在の今、各隊の隊長である、私たちがちゃんとしないと」
「なんでなんで!? だって、おんなじ話を延々と繰り返すだけで、私疲れちゃったよ!」
ユウリの言葉に不満げなアマネであるが、すかさずフォローするように目付きの鋭い若い男性がアマネの肩を叩いた。
「アマネ、今は重大な議題についての話し合いだ。膠着状態なのは皆が承知のこと。だが、酒の話なら、他所でやれ」
救護支援部隊、隊長であるプラザリーチ。
特務組織でも屈指の頭脳派である。深刻な議題であるとアマネに知らしめるには、彼以外に適役はいない。
「……ちぇっ、悪かったよ」
その視線の真剣さを感じとったアマネは渋々引き下がり、どっかりと席に腰を下ろした。
しかし、先程あった出来事。
狙撃部隊の隊長であるヴェロニカの突然の退出によって、話し合いの空気でなくなってしまったのは、変わりようもない事実。
「「「「……」」」」
その空気はその場にいた誰もが理解していた。
「まあでも、これ以上は時間の無駄か……。総隊長も軍の会議で不在。キャロラインは緊急任務で、精鋭連れて、魔人の動向を未だに探っている。ヴェロニカは出て行っちまうし、アマネは最近飲んでないから、変なこと言い出す……」
アウルの言葉にその場にいた隊長は顔を背けた。……アマネ以外。
「……えっと、アマネさんが最近、お酒を飲んでないというのは、さっきの発言と関係ないのでは?」
アマネの性格上、飲まないという日はない。
よって、アウルの言葉は、例によってあまり参考にならなかった。
「あぁ、もう! とにかく、今日の話し合いは終了だ。ユウリもプラザリーチも顔が疲れてる。取り敢えず、今日のところはゆっくり休んでくれ」
「……ふん、仕方あるまい」
「そう、ですね。今日は無理そうですもんね」
「酒だ、酒! 今日は飲むぞー!」
残念なことに、なんとも締まらない感じに終わったその話し合いは、後日に持ち越しとなった。
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会議が終わり、それぞれ解散となった。
最後に会議室に残ったのはアウルとユウリだ。
2人だけの会議室。それぞれの席に腰を下ろし、特に話すこともないため、そのまま暫く沈黙を貫いていた。
やがてアウルはやれやれと首を振りつつ、まるで会議を忘れたいかのように何処からともなく、酒瓶を取り出した。
「まったく、隊長ってのは疲れるもんだなぁ」
その様子をまじまじと見つめるユウリは長机に肘を置く。
「でも、立派にやってるじゃないですか。お兄さんもきっと喜んでますよ」
ユウリの言葉を噛みしめるように、忘れないように、アウルはゆっくりと酒を口に運んだ。
夜にしては、やけに暖かな一日。
外からの虫の声がただ会議室に流れ込む。
「俺が立派か……」
「いきなりどうしたんですか?」
「兄貴に比べたら、俺はまだまだってこと。戦争も始まっていないのに、日々特務の兵士は死んでいく」
頭痛を抑えるように、頭に手を置いたアウルは酒瓶をに視線を固定する。
「また戦争になりそうって、前々から言われてきたことですよ。危険な地域に赴かんだから、犠牲は仕方がない。アウルさんは特務のみんなを引っ張ってくれています」
「だと、いいんだが。……そういや、来年度特務に配属される例の魔法学園の子はどうなった?」
話に一区切りつけるアウルは、戦争に関することに加えて、もう一つ気になっていたことをユウリに尋ねた。
特務の者は危険な戦地などによく駆り出されている。
どれだけ上手く立ち回ろうとも、怪我、病気、最悪死亡なんてものはよくある話だ。
そんな特務では、実力のある兵士が数多い。というのも、魔法学園との繋がりが大きいのだ。毎年、特待生である120人のうち、100人前後が特務に就職する。
以前は英雄と呼ばれたプラリネ、ウェアスが在籍してきた国家連合国軍、通称『軍』と呼ばれる特務の母体集団が人気であった。しかし、軍と言っても、数多くの人員が配属される。
当然、実力のある者、ない者とが入り混じっているのである。そこで、実力者を集めた集団。特務が設立され、そちらに魔法学園の実力者たちがこぞって入っていくこととなっているのだ。
ちょうど、ユウリもそのことを話そうと考えていたのか、アウルに向ける顔色も幾ばくか良くなった。
「そうです。魔法学園、現三年生で生徒会長のメロさん! 第1志願は確か……アウルさんのところの物理戦闘特化部隊でしたよ」
「まじか! 久々の特級の特待生。正直部隊に有能な人手が足りてなかったんだよ。来てくれるっていうのは大助かりだな」
感極まった表情のアウルを落ち着けるようにユウリは人差し指を立てた。
「アウルさん、それ以外にも朗報があるんです」
その言葉にアウルは首を捻る。
「朗報? なんなんだ?」
「二学年の特待生で、学園最強って言われてるシャロンさんもこちらに流れてくるっていうのは知ってますよね」
「ああ、それも嬉しいことだって、以前話していたが……そのことか?」
「いえ、本題は次です。今年の新入生……凄い子が多いそうなんです。なんでも入試成績で特級が4人、一級が2人……過去にないくらい飛び抜けた世代じゃないですか!」
ユウリはそう言い放ち、やや高揚したような面持ちを保っていた。
その顔は、新入生が優秀だという以外にも、別の意味が含まれていたのだが……。
「あ、ああ。そいつは物凄いことになったな。……って、なんでそんなことまで知ってるんだ」
「卒業生の権威を使って、成績について教えて貰いました」
「いいのか、それ。バレたらやばいだろ」
しかしながら、罰則なんて怖くない。というような顔をしたユウリ。普段は優等生と思われがちの彼女であるが、こういう情報収集に関して言えば、手段を選ばない時がある。
そして、今回もやや無茶なことをしたと彼女に自覚はあるものの……
「もし、私が捕まったりしたら、アウルさんの権威でなんとかしてください」
「人頼みだし、解決してないんだが……」
意外とちゃっかりしている彼女に酷く呆れた、そして、安心したような微笑みをアウルはするのだった。




