41 『自己採点』
辺りはすっかり朝焼けが印象的な夕方となり、街を幻想的に赤く照らしていた。
キラキラとした太陽であるが、もうすぐ山脈の裏側に隠れてしまいそうだ。爽やかな風が街中を通り過ぎる中、クレア、アクア、ティーナも、その街中で楽しそうに話しながら馬車まで向かっていた。
「いやぁ……疲れた! 疲れた!」
重圧から解放されたからなのか、それとも入試で手応えを感じたのか、クレアのテンションは相当高い。頻りに辺りを見回しては、街の風景に感動したように笑う。
入試前にアクアに要らぬことを言い、悲惨な最期を迎えそうな顔とは大違いだ。
「確かに、人生で一番緊張したかも」
「でも、なんとか終わって良かったね」
一方で疲れた声を出すアクア。それに相槌を打ちながら、二人の様子を窺って髪を弄るティーナは元気の良いクレアの後ろを歩いていた。
アクアの額からは汗が見え、まだその緊張感から解放されていないことが分かる。しかしながら、同時にちょっぴりの安堵も含まれていることは明確。
入試、最難関の学園と言われている魔法学園。多大なプレッシャーを受けつつも、彼女たちはやり遂げた。
そんな精神クラッシャーのような入試を終えて、彼女たちを阻む人生において存在した一つの大きな障害は終わりを告げた。
3年間の努力はこの日のため。全力を尽くした三人に残されていることは、結果を待つのみであった。
因みに結果発表はさらに一週間後、一度アルマ村まで帰還してから、またこちらに来る予定だ。
「さてさて、父さんはどこにいるんだっけか?」
「昨日馬車を停車させた場所だから……って、二人は寝ていたから覚えてないか」
昨夜はウェアスに担がれて宿にたどり着いたクレアとアクア。そのお陰で二人はどこに自分たちの乗ってきた馬車が駐留しているのか把握していない。
「そうだね。完全に寝てたね」
「そうそう、起きた時には既にベッドの上だったもん」
クレア、アクアと順にそう言い、面目無いといった表情を見せた。
「わ、私が案内できるから大丈夫」
といことで、ティーナが三人の中で一番先頭を歩くこととなった。そうして、歩く順序を変えた三人はティーナのペースで進む。
「そういえば……」
目的地まではまだ距離がある。
そんな時、アクアが思い出したかのように口を開いた。
「ん、どうした?」
「そういえば、私が魔法実技の試験中に盛大な爆発音と悲鳴とかが隣の実技会場から聴こえてきたんだけど……何かあったの?」
実技試験の会場は五箇所ほどに分かれており、三人はそれぞれ別々の場所で魔法実技をした。
その時の出来事で、大きな爆発音が学園中に響いたのは、記憶に新しいこと。
「そういえば、確かにあの時、物凄い大騒ぎだったよね。音の感じからして、火魔法が使われたみたいだったけど……」
ティーナもそう言う。
会場が分かれてて、爆発音の音源は一つの会場からである。そして、その会場にいたのは……。
「クレア……なんかしたでしょ」
「犯人扱いが早い!? というかアクアは分かってて、
この話持ち出したでしょ!」
「いや、だってそれ以外にやる人が検討つかないし……周りの人は想像以上にしょぼい魔法しか使ってなかったし……」
そう、クレアが入っていった会場であった。
学園の校庭を大きく5等分に分け、即席の壁をつけて割り振られたいくつかの会場は、当然その他にある会場からの音だって聴こえる。
ティーナもアクアもその視線はクレアに注がれ、何があったのかを説明せよ。という眼差しだった。
「クレア……悪いことをしたら謝らなきゃだよ」
「ティーナまで、何故私に非があると!?」
「いや、爆発音との音的にそうかなって。後は爆風での振動がクレアが本気を出した時と似てたからっていうのもある。クレアがやり過ぎたんじゃないかと推測してる」
「想像以上に分析してた!」
心外な。と頭を抱えて座り込むクレア。
ついには石造りの床が街、前面に広がる地面に人差し指で、ゴリゴリと地面を削り始めた。
どんよりしたその悲しい背中からは負のオーラがモワモワ出ているかのようである。
「いや、クレア……落ち込むのは分かるけど、土に字を書く感覚で、石床を削るのはやめようか……」
「うぅっ……アクアの意地悪。ティーナも酷い」
その様子を困り顔で見ているティーナは、足を止めて深くため息をついた。
「ほーら、アクアもそのくらいでさ……」
「いや、私は責めたい訳じゃないよ。うん、私の会場からは、なんか歓声上がってたし」
その意外な言葉に少しクレアは顔を上げて、アクアの方に視線を向けた。
「ああ、それなら私のところでもあったよ。今の凄いねって話している人が多かったよね」
「それ、本当?」
思わず、クレアが聞き返すとティーナはクレアに近付いて頷いた。
「本当だよ。私たちは慣れちゃっているから、クレアがどんな奇行に走っても、あまり動じないけど」
「ちょっと? 言葉に棘があるような……」
「でも、初めて見る人からは凄いって評判だった。騒ぎにはなってたけど、これってクレアの魔法が受験生や試験官に認められたってことだよ。おめでとう!」
「あ、ありがとう……」
途中の含みの多い言葉はさておき、「おめでとう」という祝福の言葉は単純に嬉しかった。
確かにクレアは実技の際、全力で火魔法を放ち、あまりに威力が強力過ぎたそれが壁に燃え移って、大爆発……というような流れがあった。
その場でクレアはやってしまったと考えたが、お咎めがなかったこともあり、深く考えていなかった。
「ティーナの言う通りね。クレアはどうしようもないくらいに自由奔放でとんでも魔法を辺りに撃ちまくるけどさ」
「まって、アクア! ねえ、ちょっと待とうか!」
「それでも、クレアの魔法は凄いってことだけは確か。周囲のレベルがあれくらいで、クレアの実力を考慮すれば、きっと合格できるんだよ!」
「……うん、ありがと。でも、どうしてかなぁ……二人は言葉のどこかに毒を仕込ませないと気が済まないのかなぁ……」
完全にペースを崩したクレアはしょうがなく立ち上がった。
「まあでも、二人がこうまで言ってくれてるんたもん。……きっと合格間違いなしだよね!
アクアが水魔法で水を生成し過ぎて、大洪水起こしてるの分かったし、ティーナの方からは生徒が宙に舞っているのが少し遠くからでも見たから、きっと二人も大丈夫だ!」
「「はっ!?」」
50歩100歩。結局、ティーナもアクアもそこらへんの加減はしていない。試験だからと全力を出し切った結果、相当浮いていたというのは言うまでもなかった。
つまり、三人とも自覚がないということ。
客観的視点からは周囲に対して多くの物事を正確に捉えられるのに、いざ主観的に自分を見てもどうにも認識が薄いのである。
「よかったね。二人とも」
「大洪水……ねぇ」
「人が宙に浮くとか、ティーナやりすぎ……ふっ」
三人はそれぞれの顔を見合わせて、恥ずかしそうに笑ったのだった。




