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40 『試験前の痴話喧嘩』

 生徒会室で、そのようなやり取りがあった同時刻。


「やばい! 結構、本気で真剣に緊張してきた!」


 三人は校門をくぐり、学園の敷地内で、試験会場への入場を今か今かと待っていた。

 その間にも、クレアの口からは止めどなく言葉が溢れていた。長い列ができ、受付に時間がかかっているのも、その言動に拍車をかけている原因であった。


「クレア、落ち着いて。深呼吸、深呼吸」


「すぅ〜〜〜……」


 アクアに促され、言われるがままに深く息を吸い……。

 深く吸い……吸って……さらに吸い!


「ゲホゲホッ!」


「吐きなさいよ!!」


 盛大にむせていた。


「けほっ……だ、だって、いつ吐き出せばいいのか分からなくなっちゃったんだもん……」


 空気を吸い過ぎ、まだ呼吸がままならないままにクレアは口に手を当てながらそう言った。


「考えれば分かることでしょ……」


 しかし、クレアが不安であるということは、三人とも不安であるということに相違ない。

 三人とも、未踏の地に足を踏み入れるのと同じだからである。村にあった参考書の知識を網羅したティーナであってもそれは例外ではない。


「……」


 常に非常を想定して、最悪を想定して動く。

 そんなことを考えて、常に行動をしているティーナとしては、三人とも不合格というビジョンも選択肢として見えていた。

 無口になるのも、そのことを深く考えてのことだ。


「ティーナも不安そうな顔だね」


 先頭で堂々と立っているティーナの横顔は微動だにしていないが、それを見ていたクレアがポツリと呟いた。

 そのことを言われ、図星を突かれたティーナは二人の方を向いて、少々弱気な顔になる。


「うん、実は私も凄い不安……大丈夫だとは思うけど、もしかしたらって考えちゃう」


「クレアが不安ならティーナが不安になるのも当然か……ティーナはすごく繊細だもんね」


「ねぇ、それだと私は繊細じゃないって聞こえるんだけど?」


 目を細めて、話の矛先をアクアに傾けたクレアは手を腰に置いた。


「えっ、クレアは大雑把な感じでしょ? 繊細さの欠片もないと思ってたよ」


「アクア酷い! 差別だ、差別!」


「差別じゃなくて区別だよ!」


「なんていう詭弁だ!?」


 言い合いはなんとも幼稚なレベル。

 声は流石に公共の場ということで抑えてあるものの、それなりに周りからは白い視線を受けていた。


「二人とも元気そうだね……はは」


 乾いた笑いを出すティーナ。

 しかし、沸点の低いこの醜い争いのお陰で、意図せずに三人の緊張は解れて、いつも通りの平常運転へと軌道修正が完了した。



「とにかく、私が言いたいのは、クレアにそういう不安そうな顔は似合わないってこと!」


「アクア?」


 さっきまでのアクアの雰囲気が一気に変わった。

 それを察したクレアはなりを潜め、鬼気迫る感じを失い、ぽけっとした顔になった。


「クレアはどんな時でも笑っていて、堂々としていればいいの。分かった?」


「アクア……」


 この言葉には流石のクレアも盛大に感動した。

 そして、クレアはこのときのアクアの言葉に過去のことを想起した。


 思えば、色々と迷惑をかけた。

 熊狩りに巻き込んだ。

 ティーナを連れ戻した時も、急にしたことでとても驚かれた(故意である)。

 アクアの大切な本をうっかり燃やした時もあったし、森で巨大な蛇に追いかけられた時は、アクアの方に向かって、一緒に逃げた記憶もあったりする。

 足を踏み違えて池に落ちそうになった時には、手を差し伸べてくれた。……で、二人で川に落ちてずぶ濡れになった。




 あれれ? これまでのことを見ていると、私が全面的に悪いみたいな……。んんっ? 変だなぁ、何でだろ?




 目線を上にして、長考するクレアにそっぽを向いたアクアは、何か話さねばと思い、口を開いた。


「クレア……色々と迷惑掛けられることも多いけど、クレアのお陰で私たちは案外楽しんでるんだよ。だから、今回も自身たっぷりのいつものクレアでいてよ」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうな顔のアクア。

 滅多に見せないその表情に不覚にも、クレアはきゅんときてしまった。


 アクア……なんて、いい子なんだ。

 あっ、もしかして、これは……!?


 同時に、この時クレアは思った。

 普段はちゃんとしなさいと怒っているアクアであるが、こういう大事な時に優しい言葉をかけてくれる。そんな優しいアクアは普段は現れず、ごく稀にしか拝むことができない。



 ということは。アクアってもしかして……。


 ツンデレ?

「ツンデレ?」


 しかし、この時クレアは思ったことをつい口からも出してしまっていた。考えていたことが口から出てしまうことほど恐ろしいものはない。


 その瞬間に時間が止まったように空気が凍り付いた。

 アクアの顔からは次第に優しさは消え去り、普段から見せているクレアが問題を起こした時のあの感じを漂わせた。

 

「は? ちょっと何言ってるか分かんない。ティーナ、やっぱりクレアは病院に連れて行くべきだと思う。ほら、入試は棄権してさっさと病院に行こ?」


「お、落ち着いてアクア。ほら、クレアの首元に手を掛けようとしないで……」


 地雷を見事に踏み抜いたクレアは、アクアの琴線に触れてしまったようで、アクアの顔は笑顔ながらも、目が笑っていない。ティーナはそんなアクアをなだめようと必死である。

 

「いやぁ……悪気はなかったんだよ。いい意味で……ツンデレ!」


「クレア、それは墓穴掘ってるだけだよ……」


 アシストのつもりの発言は結果的にアクアの恐怖的オーラを増強させただけ。

 これだけのオーラがあれば、魔法実技はなんとかなるのではなかろうか。という心境がクレアとティーナに芽生えていたが、あまり変なことを言うとまた気に障るかもしれないということから、そのことを口にすることはなかった。


「とりあえず、病院はいいけど……入試終わったら、ゆっくり話し合おうね?」


「ティーナぁ……私、入学を前にして帰らぬ人になるのかなぁ。村中に訃報が流れて、盛大な葬儀になると思う?」


 縋るクレアの頭を撫でながら、

「大丈夫。クレアのことは多分誰も殺せないし、アクアにはちょっとお説教されるだけで終わると思うよ。……うん、多分そう。きっと、恐らく、ちょっとだけ……ね」


 そうとだけ言ったティーナの顔は、クレアに向いておらず、明後日の方向に向いていた。


「な、なんで顔背けるの!? ティーナ聞いてる!?」




 その後三人は無事に会場に入ることができた。

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