4 『アクアは断らない』
咄嗟に出た言葉。
苦し紛れの一言。
それが例え自身の思っていることと違っていても、その言葉の意味は良くも悪くも相手に正しい意味で伝わることがある。
というのも、クレアは先日の一件で空気を悪くしてしまったことで、咄嗟に熊狩りなどと支離滅裂なことを口にしてしまった。
あれだけ暗い表情のウェアスはまるであの話がなかったかのように目をキラキラさせて、盛大に同意を示してきた。
さらに言えば、「アクアちゃんと一緒に行きたい!」なんてことを口走ってしまったせいか、クレアはアクアの家まで行ってお誘いをして来なければならなくなった。
アクアちゃん……大変申し訳ございません。
私の一言により、連行しなきゃいけなくなっちゃった。
……てへっ!
朝方、クレアはアクアの家に向かうと伝え、家を出て、ちょうどあと5分程度というところで、しみじみと自身の失態を省みているところであった。
勿論、あの場でウェアスが魔法師だ、とかの話を続けたりしていたらもっと良くない空気が蔓延して、家に居づらくなりかねなかった。
そこら辺を考慮したというのは間違っていなかった。
いや、寧ろそういう意味では、最善の選択と言えなくもない。
ただ、もうちょっとマシな話題は無かったのか……。
焦って、考えた末に出てきた一言が熊狩りって、どこの民族なのよ……。古代人じゃないんだから、ショッピングとか魔法教えてとか、お家で遊んでとか色々と選択の幅はあったでしょうに!
「あーあ、結局お父さんとお母さんについては分からないし、なんかよく分からない状況になるし……はぁ」
ため息一つ、それを吐いた時、ちょうどアクアの家が視界に入ってくる。
アクアの家庭は私のところの農家とは違う。
彼女の父はこの地一帯を取り締まる土地管理者。
いわゆる土地を収める貴族的な感じである。
と言っても貴族とは違って、権力を奮って税金を搾り取ったらりだとかはしていない。
そもそもこの地自体が人間の国と竜人の国の境目くらいにあるためにそういう偉い人の息がかかっていないのだ。
かつて人間と竜人は争っていたのに、この土地では人間と竜人が共に暮らしている。
辺境の地……という言葉がぴったりな場所なのだ。
そんな人が暮らしている家がアクアちゃんの家なんだ……。
私の家とそこまで変わりはないが、若干こっちの方が土地面積も建物の高さある。財力の差が目に見えて分かる気がするわ……。
どんどんと歩くとアクアの家がみるみるうちに大きく見えてくる。
気乗りしないけど……仕方ないか。取り敢えずアクアちゃんには謝って一緒に熊狩りに参加してもらおう。
一呼吸置き、クレアはシャキリと覚悟を決めた。
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「えっ、熊狩り? 行く行く!」
と、覚悟を決めてアクアちゃんを呼び出し、玄関先で対面、したのは良かった……。
彼女は熊狩りの話題を出したら予想以上に食いついてきたのだ。
「アクアちゃん、いいの?」
「うん、前回は一年くらい前だっけ? あの時は川に落ちたりとか色々あったけど、クレアちゃんと森を駆け回るのとっても楽しかったんだよ!
だから、全然いいよ! むしろ久々にクレアちゃんの本気の魔法が見たい!」
否定されると思っていた提案がむしろ喜ばれるという事態にクレアはかなり困惑していた。
否定してくれれば、その流れでこの可笑しなイベントも水に流そうかと思ってたのに……。
「本気……? 熊狩りだよ?」
「クレアちゃんが言い出したのに、どうして疑問形?」
クレアの言葉に首を傾げて、思案するアクア。
「いや、普通の女の子はそういう野蛮なのは嫌かなって……」
「別に普通じゃない? 環境が環境だし、そういうの慣れてるし」
まあ言われてみれば、この地で野生動物が住宅地に侵入してきたとか割と多い気がする。
夜も木をガリガリしている音がうるさい時だってあるし。
「……確かにそうかも」
「うん、そうだよ。それに熊とか意外と美味しいじゃん。キル熊だっけ、お肉がすっごく柔らかいよ!」
キル熊というこの地に多くいる熊の話で盛り上がるアクア。
実はこのキル熊、相当危ない熊なのだが、クレアとアクアはそのことに関してまったく知らない。
そんな重要事項を認識していないまま、クレアは話を続けた。
「じゃあ、本当に熊狩りは嫌じゃないんだ」
「だからそう言ってるじゃん。むしろ楽しみだよ! 何時から始めるの?」
ノリノリだよ……。
「お昼頃から、お父さんと私とアクアちゃんの三人かな」
「よし、じゃあ時間になったらクレアちゃんの家の前まで行くから!」
嬉しそうにパタパタ軽やかな足取りでアクアは家の中へと消えていった。
これ、誘えたんだ……意外。
まあ、簡単に誘えたから……そこら辺はよしとしようか。
本当は「嫌だ」って一言貰えればそれで良かったんだけどなぁ……。
心の中でそう思いつつ、クレアは再び来た道を逆に戻るのであった。
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