39 『生徒会役員の雑談』
魔法学園、生徒会室の扉の前に二人の男女はゆっくりと向かっていた。
女性の頭には猫耳、男性はいかにも人間ですよと言った感じに特に個性的な部位はない。
男性よりも女性の方が背丈が高いという逆転現象を起こしながら、そんなことも気にせずにずんずんと進む。
「アルファ、なんで今日が入試って教えてくれなかったの」
「聞かれなかったからな」
静かな声で女性はそう尋ねると、俄然といった面持ちで男は目を瞑った。
爽快に髪をかきあげながら、猫耳の女性は「ふーん」と感嘆の声を口を開けずに出した。
小脇に資料のような紙の束を抱え、男はそのまま歩くペースを少し上げた。
「はぁ……寡黙なのね」
「昔からそうだろ……」
二人の間には沈黙が流れる。
しかし、二人は長い付き合い。その沈黙さえ特に苦とした様子もなく平然と足を進める。
軽快な風が校舎の窓から吹き込み、女性の髪をゆらゆらと揺らす。
「今日は風が気持ちいいわね」
「シャロン、髪を切ったらどうだ?」
「気に入らないの?」
「髪が広範囲に広がって、幽霊みたいに見えるぞ」
そう口にしながら、アルファは小脇に抱えていた資料を持ち直して、紙の話から遠ざかるように見入った。
「そのうち切るわ」
「そうか……」
そうして二人は視界に扉を捉えると怪訝な顔をした。
「それにしても、今日は一体なんの用事なのかしら」
「あの生徒会長だ。ロクでもない案件に決まっている」
「その心は?」
「あの人が生徒会長になって、生徒会は無法地帯になった。それだけだよ……」
アルファは生徒会長という人物に対して、かなりの嫌悪感を抱いているようである。顔が歪み、見るからに嫌そうな態度を出していた。
「あら、会長のことが嫌いなの?」
「別に……ちょっと苦手なだけだ」
「それは、遠回しに肯定しているという意味になるのよ」
シャロンのその言葉に頷くアルファ。
「なるほど、勉強になるな」
「会長の前で言わないでよ。泣きつかれるのは困るわ」
「善処する……」
最後にそう告げた二人は、扉の前に足を止めて、シャロンが扉に手をかけた。
開く扉、生徒会室の中は閑散とした空間。
小綺麗に片付いているその部屋には、生徒会長役員が座るであろう椅子と個人用の机が数個置いてある。
そして、最奥にある立派な机には生徒会長というプレートが付けられていた。
「失礼しま……す?」
「どうした、シャロン」
「誰もいないわ。というか、会長がいないのはどうかと思うけど」
「いつものことだろ。待っていればそのうち来るさ」
アルファはいつものことだとそれとなく示唆して、ドカドカと部屋に入り込む。
会長のことを苦手としているアルファだが、秀才ゆえに身近な人物の行動パターンもよく理解している。もっとも生徒会長が自由奔放であると考えているのはアルファだけでなく、生徒会メンバー全員である。
アルファはこの状況を把握しているものの、会長の自由な行動は周知の事実であり、その考えはよく浸透していた。
「生徒会長という自覚をもう少し持って欲しいわね」
「なら、お前が指導してやれよ。俺はやらんがな」
迷いなく、一つの席に座るアルファ。
会長の机の左隣にあるところで、その付近の壁には黒板が取り付けられている。
「冗談でも、そういうことはやめてちょうだい。頭がクラクラするわ」
シャロンもそれに従って、会長席の右隣にある椅子に腰を掛けた。こめかみを抑えるようなシャロンはいかにも思い悩んでいる雰囲気を醸し出した。
「まあ、ゆっくり待つべきだろうな」
「それもそうね。当分は来なさそうな雰囲気……」
「……おい、変なこと言うんじゃない。実際に起こりそうじゃないか」
全てに感情の籠っていないような言葉を返すアルファ。しかし、その顔には冷や汗が。
それは過去に呼び出しをくらい、予定時刻に生徒会室に来たのに対し、数時間待たされたと言う悪夢のような経験からくるものだった。
「ああ、そういえばアルファはかなり長い時間、待たされたことがあったんだっけ?」
「ああ、何もすることがない上に数時間待たされるというのは苦痛以外の何物でもなかった……」
「あらら……」
シャロンの頭にはその光景がよく浮かんできた。
自身の席に座り続けて、そのまま数時間……かといって、帰るわけにもいかず、結局会長が来るまでひたすら耐久。
まさに地獄だ。もし実際にそれが起こるとなると震撼する。
「今回はそうならないといいけどな」
「不吉なこと言わないで」
「お前が話の発端だろうが……まあ、いいや。取り敢えず、コーヒーでも飲むか?」
「じゃあ、ちょうだい。砂糖は二つね」
「はいよ……」
怠そうに部屋に置いてあるポットに手を伸ばす。
アルファは、ポット内の水を加熱するために魔法を使用して、やがて満足出来たのか、その手を離した。
カップにお湯を流し込み、二人分作る。砂糖も忘れずに二つ入れ、片方をシャロンの机に優しく置いた。
「ほら」
「ありがと……苦い。ちゃんと砂糖入れたんでしょうね?」
舌を出しながらシャロンは睨みつけるようにアルファを見る。
「作ってるとこ見てたろうが……」
ちびちびとコーヒーを啜るアルファはシャロンのことを特に気にもしないで、窓の外を眺めた。
二階に位置している生徒会室。
下の様子がよく伺える。
「にしても、やっぱ人が多いな。入試ってのはこんな大騒ぎするもんなのか?」
「さあ? 私は推薦で入ったから、分からないわ」
「今年は推薦制度も消えたから、今年は楽には入学出来ないんだろうな。……まあ、俺たちには関係のないことだ」
「冷めてるわね」
「一般論だ。俺が冷めてる訳じゃないだろ」
アルファの言い方はまさに他人事のように冷めていた。
興味本位の視線だけで、同情の感情はその多くには注がれない。
「まあ、実力者が入学するというのがこの学園の決まり。推薦があろうとなかろうと、そう変わるものじゃないでしょうね」
「……どうだか」
会長を待ち続け二人は温かなコーヒーを飲みながら、入試前の風景を落ち着いた顔で見つめるのだった。




