37 『さあ、魔法学園へ』
三人(実質アクアとクレア)が和解したところで、朝食の時間は終了となり、それぞれが魔法学園に向けての身支度を宿の部屋で行うこととなった。
ちなみにクレアは外に出る際に着替えていたので、準備は二人よりも少なく済んでいた。
「ティーナ、私の鞄どこ?」
アクアはキョロキョロしながら、自身の荷物がぎっしり詰まっている鞄を探している。
そんなアクアにティーナは静かにベッドの下を指差した。
「アクアの鞄は、確かクレアのベッドの下にあるよ。クレアのはウェアスさんの部屋だね」
「あー、どおりで見当たらないと思ったわ」
「いや、クレアはいいとして……なんで私の鞄なのに私のベッドの下にないのよ」
すると、ティーナは頭を抱えながら、クレアに視線を向けた。
「夜に荷物を運び込んだんだけど、寝ぼけたクレアがアクアの鞄に抱きついて離れなかったの」
「私が原因なんだ!?」
「はぁ……やっぱりか」
「やっぱりって何!? アクアの私に対しての評価はそんなに低いの!?」
朝から賑やかな部屋である。
そんな部屋に近づく肩幅の広い一つの影。
「おう、随分と楽しそうだな」
「父さん。おはよ……って、早くない?」
「ふっ、3分だ。3分で食べてきた!」
そんな様子をいつから覗いていたのやら、ウェアスが扉越しに顔だけこちらに出して、微笑ましそうな顔で笑っている。
クレア達よりも遅く起きてきたウェアスは三人が朝食を食べ終わり、フードコートを出ようとしたところをすれ違ったのだ。
それが、つい五分前ということで、ウェアスはとてつもない早さで食事をしたということだ。それは今ここに来ていることからも絵空事ではないと理解することが可能だ。
そして、自称、3分で朝食を食べたことらしい。そう堂々と公表して、顔は偉そうに目を瞑っている。
流石の早さに三人の目は少し引いているようなもので、それに気付いたウェアスも気まずそうにそっぽを向いた。
母さんの料理食べるときはべた褒めしながら食べて、毎回30分くらいかけるくせに、こういうとこのは食べるの早いんだ……。
「父さん……」
許容できないその残念加減に発音もだんだん小さくなる。
その起因を薄っすらと察し、ウェアスは肩を落とした。
「なんか名前を呼ばれただけなのに悲しくなるのは、俺がおかしいのか?」
「いや、まあ……」
「えっと……」
流れるように言葉を出すウェアスに誰一人として、同情の篭った言葉は送らない。
「はぁ……まあいい。用事はこれだからな」
そんな状態が心苦しくなったのか、ウェアスは一つの鞄を手からぶら下げた。
「あっ、私の鞄!」
「俺の部屋に置いてあったから持ってきた」
「ありがとう!」
「じゃ、出るときは呼ぶから、準備終わったらゆっくりしててな」
まだ眠いのか、大きな欠伸をしながら手をひらひらと振って自分の部屋へと帰っていった。
平生を装っていたが、ウェアスの心はズタズタだろう。
しかし、すぐにその場から離れたのはそれだけではなく、ウェアスには、三人をこの場所に送り届ける他にやることがあったからである。
三人が試験をしている間にその用事を済ませる。そのための下準備も並行して進めなければいけないウェアスはより忙しかったのである。
「ウェアスさん、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないの。父さんはあれでいて結構心強いし」
娘であるクレアはウェアスのことについて何も心配はいらないと断言した。実際、大丈夫であり、娘であるクレアとティーナやアクアとでは、理解度は比類できるはずがない。
「まあ、クレアが言うんなら大丈夫だよ」
「おっ、アクアは分かってるねー! まあ、大丈夫というだけでダメージは確実に負っているだろうけど」
「それは本当に大丈夫と言えるの……?」
アクアの言葉に調子を増長させたクレアだが、後ろにちょっと付け加えることで、自分の発言に保険をかけた。
そんな感じに微妙な空気が溢れていながら、試験前の準備を三人は着々と進めるのだった。
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よし、準備完了!
「二人とも大丈夫?」
服もバッチリ着替え、顔も洗い、鞄の紐も肩に下げた。
クレアは後ろに立つアクアとティーナに顔を向けて、そう問いかける。
「私も準備できたよ」
「問題ないわ」
揺るぎない声色が二つクレアの耳に情報を知らせ、それを確認し、クレアは街中の喧噪を味わうように目を瞑った。
試験に向けて、なんの危惧もない。
あとは自分たちのベストを尽くすのみ。なにも心配はいらない。
「よし、なら早速行こうか!」
「うん、望むところだ!」
「二人とも頑張ろうね」
熾烈な倍率が待っていようとも、三人の心情を揺するようなことはない。
決意に満ち満ちた足取りはしっかりと地を踏みしめ、確実な一歩を刻み続ける。
本日より、三人の挑戦が始まった。
学園に歴史を残す、三人は……地図を頼りに歩き出すのだった……地図を頼りに。
「いってらー」
そして、後ろからは娘と二人を見送るウェアスが口元に手を当てて、それなりに大きな声で三人を激励するのだった。




