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36 『限りなき後悔』

 例えば、さっきまで隣のベッドで「おはよう!」などと言っていた友達が突如として、消えたらどう思うだろうか?

 思いがけないことから、大慌てになった私はきっとまともな感性を持っている。


 例えば、その友達が数時間後に服にちょっぴり汚れを付けて何事も無いような顔で外から帰ってきたらどう思うだろうか?

 飄々とした顔をみて、心配して損した感じと、心配させやがってという怒りが込み上げてくる私はきっと正しい気がする。




 ……さて、こうやって私たちを心配させたクレアには、『きつーい』お仕置きが必要みたいだね。




===


 

 もっと早くに帰ってくるべきだった。


 15の若い少女は何度も何度も自信が起こした過ちを悔いた。

 

 何故、私はあんなことに巻き込まれたのだろう。完全にやらかした……。

 少女を助けたことを後悔しているわけではない。あそこでアレを見逃していたとしたら、私は一生後悔していた。

 しかし、その後に事後処理の対応が遅れたのが、後悔していること。


 そして、そもそも朝起きた時に可笑しなことを考えなければよかった。


 クレアは、足を止めて、強張る顔を無理やり笑顔に見せかけて強がる。

 しかし、目の前に立つ人物は顔色ひとつ変えず、それが逆にクレアの恐怖心を拡大させていく。


 ああ、今度こそ死んだ。


 自分の最期を想像して、クレアは涙目になりながらも仕方なくそちらへ足を動かす。

 恐怖心が一段、また一段と上昇を見せる中、立ち尽くす青い髪の少女の顔も段々と恐ろしいものへと変貌する。


 ああ……もし、時間が巻き戻せるとしたら……。








「ク〜レ〜ア〜〜〜。いったい、どこに行っていたのよ!!」


 今度は間違いなく宿の外に出たりはしないだろう!




 そんな『もしも』の考えをしても意味はない。

 目の前では、爆発寸前、火山の如く燃え上がるような怒りを見せているアクアが宿の入り口に仁王立ちで構えていた。


「ご、ごめんなさーい!!」


「駄目、朝っぱらからこんな騒ぎ起こして、反省しなさい!」


 迷子になったクレアは改めて自分の行動が浅はかであると反省して、精一杯の気持ちを込めて謝罪をした。

 そんなクレアに顔を背けて、本当に怒っている様子のアクアである。


「あはは。クレア、お帰りなさい……」


 後ろにいるティーナは、寝間着のままその様子を苦笑いのまま静観していたが。

 クレアを探すのを手伝っていたようで、微かに魔法を使った跡が宿のいたるところに見受けられた。




 アクアの説教をくらい、そのまま朝食の席にまでその話は続く。


「もう、クレアには自覚が足りないんだよ」


「自覚と言われても……そもそも、私が起こしたのに二人とも起きなかったじゃん」


 私にも言い分はある。

 クレアはその不満をぶつけてみたのだが……。


「へっ? 何の話?」


「えぇ……覚えてないのかい」


 アクアには、朝の出来事の自覚……というより、記憶がなかった。

 次にクレアはティーナの方を見るが、こちらはしっかり記憶があるようで、手を合わせて、片目を瞑って、軽く謝るような仕草を見せた。


「ティーナ、謝らなくていいから」


「いや、一応……ね」


 静かにパンを頬張るティーナと違って、豪快にスープをすくって食べるアクアはジト目でクレアを見つめながら!そう言った。

 クレアはチビチビとパンを口にするが、視線は下にずっと落ちている状態である。


「いやぁ、もっと早く帰ってこれる予定だったんだけど……」


「クレアはどうせ、街に探検に! とか言って、勝手に迷子になったとか、そういう感じでしょ」


 うわぁ……的確に当ててきてる。


「まあ、迷子になったのは事実だけど……」


「アクア凄い……当たってるよ」


 ティーナは本当に尊敬するような眼差しをアクアに向けた。

 刹那、アクアはまさか当たるとは……なんて顔をした後、動揺を隠すように瞠目して、咳払いをした。


「ほ、ほら。やっぱ迷子じゃん。というか、迷子なら周りに助けを求めなよ」


「朝は人通りが少ないんだよぉ〜」


「何故外に出たんだ……」


「深く考えてなかった……みたいな!?」


 アクアは顔に手を当てて、あっちゃーみたいな感じでテーブルの上に顔を伏した。


「まあ、クレアは直感で動くみたいなところあるし」


「直感で動かれると困る時があるんだよね……」


「分からなくは無いけど」


 いつのまにかティーナは食事を終え、優雅に水を飲んでいた。クレアはアクアが伏せている間に急いでパンとスープを口に押し込んでいる。

 リスのように膨らんだ両頬に手を置きながら、クレアはさらに話の路線を戻そうと口を開いた。


「うぇも、ほほあほはふへてほらっはんばお(でも、その後助けてもらったんだよ)」


「ちょっ、何言っているか分からないから、飲み込んでから喋ってよ!」


 しかし、予想通り口に物を含んだまま、喋るというのは困難なことだった。


「アクア、クレアはね。『でも、その後助けてもらったんだよ』って言ってるよ」


「ティーナ、よく分かったね」


「読唇術を本で読んで勉強したから、偶然だよ」


 一人、意外な方法でクレアの言葉を理解していたが……ティーナは秀才なので、そこら辺は例外として考えなければならない。

 クレアは口の中にある物を水で流し込み、満を持して再び説明を再開した。


「えっと……迷子だったけど、フランって人に助けてもらったんだ」


「へー、フランさんねぇ……」


 顔が信じてないんだよなぁ……。


「本当だって、その人も魔法学園の試験を受けるらしくて……えっと、なんやかんやで道案内してくれたんだよ」


 アクアはその言葉を聞きながら、最後にデザートの果物を口に入れ、飲み込んだ。


「それで、その人に案内されて帰ってきたと……」


「いや、それだったらもっと早くに帰ってこれてたよ!」


 必死にそう訴えるも、アクアの視線は懐疑的である。

 雄弁さに欠ける説明は、どんなにしても意味がない。

 ティーナまでも何かを誤魔化している子供を仕方ないなあといったような顔で見ている母親っぽい悟り的オーラを出していた。


 ダメだ。絶対信じてないでしょ……。


「で? 仮にもっと早く帰ってこれたとして、結果、なんでこんな時間に帰ってきたの?」


「いや、それは……」


 言えない。

 宿に向かおうとしたら、目の前で女の子が誘拐されて、それを助けるためにフランさんと協力して、見事にその誘拐犯を確保。そして、フランの友人である竜人好きであるリュースさんが登場してその後の対応をしてくれた。

 それら一通りのことを終えて、急いで宿に戻ったら、有無も言わせないような顔でアクアが腕組んで立ってた……なんて、言えない。


 内容が壮絶過ぎて、絶対信じてもらえない!!


 大方、クレアの頭の中では、『そんなことあるわけないでしょ。もっとマシな嘘をつきなさいよ』とアクアに言われそうだと感じていた。

 そして、実際に言ったとしても、そういうことになるのである。


「いや……いいです。迷子になって、路頭に迷って、困って、フランさんに助けてもらいました。これで全てです」


「なんで急に丁寧語……?」


 アクアの前にクレア撃沈。

 ティーナはその言い方に少し笑い。結局、全面的にクレアがいけないという結論に至った。


 クレア、そもそも勝ち目がなかったのだ。


「まったく……もうすぐ試験なんだから、ちゃんとしてよね?」


「二人とも迷惑かけてごめんなさい……」


 二度目の謝罪にて、ようやくこの話に終止符が打たれたのだった。


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