33 『救出作戦』
何もしないということは、必ず後になって後悔する。
人生とはそういうものであり、細かいことの積み重ねを大切にしなければならない。
例で言えば、勉強や魔法特訓。
一日怠れば、その分を取り返すことはできない。
人助けだってそうである。
目の前で困っている人がいれば、それに手を差し伸べるということは、その時にしかできない大切なこと。
それがたとえ、リアルな人命救助であったとしても同じことだ。
「フラン、もっとスピード出ない?」
魔法により、身体能力を上げたクレアとフランは必死になって走っていた。
前方に走っている男も身体強化の魔法を使っていて、容易に落ち着かないというのが現状。
クレア先行、その後ろを苦しそうな顔でついて行っているのがフランだ。
「ちょ……速すぎる。……入学前の人間が出せる速度じゃないでしょ!」
文句を言いながらも、ちゃっかりスピードを上げ、クレアの隣に並ぶフラン。
速度を抑えていたようであるが、このままではクレアについていけないどころか誘拐犯を逃すと判断して、本気を出している。
「これくらい普通だよ。一緒に来ている二人もこれくらいなら容易いし」
「それはもう、貴女達が異常なだけよ……」
「いやぁ、そんなに褒めないでよ」
「褒め言葉に聞こえるってことは、既に末期みたいね……。まあいいわ、これから奴をどうやって捕らえる?」
クレアの反応やどのような性格をしているのかなどを大方理解したフランは男の背中を指差して、その話を断ち切った。
その様子を真近で見ていたクレアはニヤリと口角を上げた。
「フランさんは、かなり魔法が得意なんでしょ」
「まあ、そこら辺のやつらとはひと味もふた味も違うというくらいの自信はあるわ」
「なら取り敢えず、あの男に全力魔法を直撃させるっていうのは?」
斬新……というよりも恐ろしい考えを持っているクレアがなんてことないといった顔でそれを口にした。しかし、フランは当然否定する。
「私の場合は致命傷に至らせる魔法しかないから無理、というか走りながらだと加減が難しいのよ」
現在二人は身体強化の魔法を使っている。
その上で別の魔法を発動させ、なおかつ威力を調整するというのは、思いのほか難しいのだ。
「そっかあ……」
「クレアは? 力加減して魔法撃ち込んだりとかは可能?」
「可能……いや、どうだろう。昨日も加減失敗してこっ酷く叱られたばかりだしなぁ」
「ここで、魔法をやつに撃ち込むとして、万が一にも殺してしまえば私たちが罪に問われる可能性もある……」
つまり、フランはその不完全な状態で撃つ覚悟があるのかとクレアに遠回しながら尋ねていた。
「いや、別の方法でやろう」
流石に犯罪者となる度胸はクレアにはないため、一つ目の案はボツとなった。
そこまでのリスクを背負う必要は今はまだない。
取り敢えず、クレアは速度を上げて、男にさらなる接近を試みる。
その様子を冷静に分析したフランは忠告するのように口を尖らせる。
「あんまり近付くと気付かれるわよ」
「ごめん、なら手遅れ」
申し訳なさそうに指を指すと、チラリと男がこちらに視線を向けているところであった。
どうやら、そういうことらしい。
男は大通りをひたすら走っていたが、急に方向転換、入り組んだ裏道へと進んでいった。
「気付かれたなら、仕方ないわね。クレア……まだ速度上げることは可能?」
「もちろん! まだまだ全然本気じゃないよ」
「ふっ、貴女みたいな化け物には初めて出会ったわ。よし、ならあの男を先回りして足止めすることは可能かしら?」
「屋根を飛び越えていければ、実質直線を走ることになるから余裕で抜かせる」
親指を立てて、余裕と豪語したクレアに「ならお願い」とフランが言うと、任されたとばかりに空中へと大ジャンプした。
「さてさて、やりますか!」
手をかざし、糸のようなものを放射、数十メートル離れている建物の壁に貼り付けて、一気に加速した。
「よいしょっ! 次はこっち!」
入り組んだ街を自由に飛び回る。
糸を一度切断し、また別の糸を違う建物に向けて発射。方向転換をうまくこなしてクレアはくるくると回転しながら、移動を続けた。
「……んっ、ここでいいんだよね」
糸の繋がる建物の近くには、一本道がある。
まるで空中を高速で飛行しているかのようなクレアはあっという間に男の行き先と思われる道まで先回りをした。
言われた通りにその場所に着地。
クレアの軽い体が地面についた途端にその勢いで少し砂埃が舞い上がった。
「よし、楽勝」
クレアがあっという間に目的の場所に辿り着いたのを遠目から確認したフランは魔法などを建物に当てて、道を塞いだり音をだしたりして、クレアのいる地点まで男を誘導。
「はっ!」
凄まじい爆音と共に、建物の壁には大きな凹みができる。それを確認した誘拐犯は、右に曲がる。
そう、こうやってフランの計画通りに誘拐犯は進路変更をするのだ。
「せやぁっ!」
「ちっ、しつこいぞ!」
フランの猛攻に痺れを切らした誘拐犯は悪態をついて、フランめがけて石のようなものを投げつけた。
しかし、それはフランに衝突する数センチ手前で粉々に消失。フランの防衛魔法によるものであった。
「そんなものが、効くはずないでしょう」
そうして、走っていた男はフランにばかり気を取られて気付いていなかった。
いつの間にか、追っ手が一人減っていることに……。
「こんにちは。おじさん」
「お、お前は……!」
目の前には先程まで先頭で自身を追尾していたクレアがいた。あり得ない、そんな考えが男の頭を過ぎる。
「ふっ、掛かりましたわね!」
「……んなっ……くそが!」
一本道の前方には、腕を組み大きな態度で立ち尽くすクレア、後方からは、魔法を片手に準備したフラン。
まんまと嵌められた誘拐犯は、交互に二人を見ながら、その中心で立ち止まった。
誘拐したであろう小さなその体を地面に放り捨てると、たちまち臨戦態勢へと移行した。
「いやぁ、予定通りだね!」
「ええ、私の完璧な誘導に抜かりはありませんのよ」
二人の優秀な魔法師。
対するは、魔法を使うことができる太った誘拐犯。
華麗なる二人の拉致被害者救出作戦がまさに今、開始されようとしていた。




