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30 『未来への期待』

 暗い夜道で、立ち話をする二人。


 向かっていたはずの宿屋に向けて、足を踏み出すことをせず、ただただその場所に留まり続ける。

 時は止まったようで、ウェアスの顔の表情筋も完全に硬直状態。強張った顔が中々夜の街とマッチしており、明らかに怪しい男……みたいな顔となっている。


 ティーナと合わさる視線は、一度も逸れることはなく、ただ一つ動いているものといったら、ウェアスの肩に抱かれ、寝返りをうとうと暴れているクレアくらいだろう(アクアは大人しい)。


「魔人を……殺ったのか」


 驚きとあり得ないという心が浮き彫りになっているその顔にティーナは動じずに頷く。

 それがさも、当然のようにティーナの顔色は少しも変わらない。だから、返事もまったく素の声でする。

 

「はい。だからさっきからそうだって……ウェアスさん、何か驚くところがありましたか?」


 むしろ、彼女は何に驚いているのか全く理解していなかった。

 優秀なティーナだ。ウェアスはてっきり魔人を倒すことイコール物凄い偉業であるという認識くらいは持ち合わせていると思っていた。

 なんでも知っていると、勝手に思い込んでいた。

 しかし、そんな自身の考えは甘く、クレアやアクアを含め、三人の驚異的な魔法を持ってすればそれくらい容易いのだという認識をティーナは抱いていた。それに疑問を持つことすらあり得ないといった顔で。


 そして、その考えは正しいことであり、結局のところ三人の力を見誤っていたのはウェアスである。

 いや、ウェアスでなくとも見誤ることだろう。

 15歳の少女が凶悪な魔人をいとも簡単に葬れるなど、考えたりするだろうか?



 結論、そんな考えを持つ者はほぼ皆無に等しい。



 ウェアスは思う。目の前に立つ小さな少女は、想像以上に物凄い力を秘めていると。そして、その力は既に現代の戦争で通用してしまうような代物であるということ。

 

 ……なんて日だ!!


 そう思えてきた時、ウェアスは何故こんなところに来たのだろうかと、一瞬頭を真っ白にしてしまった。

 三人を強くして、この残酷な世界で強く生きてもらうため。

 だからこそ、魔法学園で学ぶことは必要だ。



 ……それは、本当に必要なのか?



 やがてウェアスの脳内には一つの疑問が芽生えた。

 ここまでの力を持っている。ならば、これ以上に学ぶことが学園であるのだろうか?

 そう考えると、先のことが霧に隠れたようにぼんやりと見えなくなった。


「……ウェアスさん?」


 思考を止め、視線を下げると心配そうな顔をしたティーナがウェアスを上目遣いで覗き込んでいた。


「あ、ああ……すまない。ちょっと考え事だ。気にしなくていい」


「そうですか……なんだか思い詰めたような顔をしていたので、少し心配しました」


「いや、本当になんでもないんだ。宿に向かおうか」

 

「そうですね」


 視線をティーナから離し、ウェアスは宿のある方向へと向けた。

 一寸先は闇。未来は何一つとして分からない。ウェアスには三人の今後のことが何も分からないように、まるでそれを表しているかのような暗がりがずっと続いていた。

 そうして、一歩、ウェアスは足を踏み出す。


「あっ、待ってください」


 小走りでその後ろをティーナが追いかけて、また二人は宿に向けて歩み始めた。

 無言で歩く二人。

 静かに過ぎていく時がとても不思議に感じられる。


 

 途中、何度か世間話のようなものを二人はしていたが、会話は上手く続かずに言葉を二、三個繋げるとすぐに沈黙に、またそれを何度も繰り返した。

 しかし、無言の時間は気不味いということもなく。

 ウェアスの肩で寝心地が悪いのか、時折唸るアクアとクレアを気にしては、控えめに笑いあったり、特別楽しいものでもないのに、そんなやりとりが続いた。


 今は……俺の勝手な考えを深める時じゃないな。


 この時、入学試験を間近に控えた三人のことを考え、ウェアスは自身の愚かさを反省した。

 入学が必要か必要じゃないか?

 そんなもの今は関係ない。

 わざわざここまでやってきて、三人はこの日のために頑張って、自分たちが応援すべきことなんだ。


「ティーナ嬢ちゃん」


「はい?」


「明日は頑張れよ」


 しっかりとした足取りを続けるウェアスは後ろを振り向かず、ただその一言だけを彼女に与えた。

 無愛想な風を装っているが、その優しさにティーナはクスリと笑い。歩くスピードを上げて、ウェアスの目の前に躍り出た。


「そういうのは、明日アクアやクレアを含めた三人の時に言ってください」


「……んんっ、アクア……魔法は食べれないよ〜」


 ティーナがそう優しげな言葉をかけた時、ちょうどクレアが寝言で変なことを口走った。

 仕方がないなぁというような雰囲気に包まれたが、とそれはとても穏やかなもので、ウェアスもティーナもクレアの寝顔を拝みながら苦笑いしていた。

 

「全く、変な夢見やがって」


「でも、なんだか賑やかな夢って感じがしますね」


 夜道をそのまま歩き、無事、宿に到着することができた。そうしてウェアスとティーナは短いようで長かった15分間を終えたのだった。

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